なぜ、哺乳類を食ってはいけないか
その1

ヒトに近縁の動物の血肉や乳汁にはヒトのものと全く同じホルモンが含まれている。ひと頃「環境ホルモン」あるいは「外因性内分泌撹乱化学物質(environmental endocrine disruptor)」と呼ばれる環境汚染物質が話題を集めた。環境ホルモンは、最初、野生動物にたまたま発見された生殖行動あるいは生殖器官の異常の原因ではないかという仮説によってメデイアを賑わせた。さらに、1992年、デンマークのCarlsenら(1)がヒトの精子数が1940-1990年の50年間にほぼ半減した(113x10*6 → 66x10*6/ml)という報告を行ってから、環境ホルモンのヒト精子に与える影響が大きな関心を集めた。その後も、同様の精子減少がフランス(2)、スコットランド(3)、アメリカ(4)の研究者からあいついで報告された。これらの研究の著者はいずれも、男性の胎児期からの環境ホルモン曝露が精子数の減少を引き起こした可能性を暗に指摘している。その一方で、精子数は減少していないという調査報告もある。

近年、日本で生まれる子供の数が減っている。日本の合計特殊出生率*は1950(昭和25)年には3.65(出生数234万)であった。1975(昭和50)年に始めて2を割りこみ1.95(出生190万)、1993(平成5)年に1.46(出生119万)となった。1999(平成11)年の合計特殊出生率は1.34(出生118万)にまで低下したこれが少子化である。日本の将来に暗い影を投げかけているこの少子化現象をすべて女性の社会進出・経済的自立による晩婚化などの文化・経済的変化に求めることはできない。ヒトの動物としての生殖能力の低下あるいは性行動の変化(内分泌撹乱作用という)にも注目すべきであろう。

    *ある年の15歳から49歳の女性の年齢別出生率を合計したものをいう。その出生率で女性が子どもを産んだ場合の、一人の女性が一生の間に産む平均子ども数となる。生まれる子どもの半数が女性である。したがって、この出生率が2であれば、一人の女性が産む次代の母親となる女性は1人ということになる。生まれた女の子の一部は死亡するから、長期にわたって合計特殊出生率が2以下であれば将来人口は確実に減少する。

ヒトの精子が本当に減少しているかという事実関係が明らかではない現在、環境ホルモンがヒト精子数減少の原因であると決めつけることはできない。現在、ヒトが体内に取り込んでいる環境ホルモンに精子数を減少させるほどの力があるだろうか。Safe(5)によると、estradiol-17b等量で表わした環境ホルモンの1日当たりの摂取量は0.0025 ngであるという。

戦後、日本で消費量が増大した肉類とミルク・ミルク製品には内因性の性ホルモン(エストロゲンとプロゲストロン)が含まれている。それに加えて、アメリカおよびカナダ産の牛肉には飼料効率を高めるために与えられた6種類の性ホルモン(estrradiol-17b、testosterone、progesterone、trenbolone、zeranol、melengesterol)が残留している(このためにEUはアメリカとカナダ産の牛肉の輸入を禁止しているが、日本は輸入している)。このようなホルモン処理をしなくても、哺乳類の肉、乳汁には、人間と全く同じ性ホルモンが含まれている。

日本人が本格的に肉や牛乳を生活の中に取り入れたのは1960(昭和35)年以降のことに過ぎない。40年(1世代)という短期間の間に急激に摂取量の増えた肉あるいはミルク中の動物由来のエストロゲン(estradiol-17b、estrone、estriol)が日本人の疾病構造のみならず、生殖機能、性的発育、性行動(脳の性的分化)に影響(すなわち、内分泌撹乱作用)を与える可能性がある。長い年月にわたって肉・乳食に慣れ親しんできた欧米とは異なり、日本ではとくに肉あるいはミルクの内分泌撹乱作用に注目する必要がある。

女性ホルモンは卵、肉、ミルクに含まれている(6)。このうち、日本ではとくにミルクに含まれる女性ホルモンが問題と思われる。第一に、女性ホルモンは妊娠動物の体内に多く含まれている。妊娠した動物を食肉用に屠殺することは稀であるが、現在のミルクは妊娠牛から搾乳されている。しかも、女性ホルモン濃度が上昇する妊娠後半の乳牛(7-9)からも搾乳されている。第二に、日本では、前思春期(7-14歳)のミルク消費量が突出している(学校給食でミルクが供されるためと思われる)(図1)。

前思春期はヒトの精巣発育にとって重要な時期であり(10)、内分泌撹乱作用を最も受けやすい(11)。秦らの測定によると、市販ミルクの乳漿(ホエー)中にestrone = 352.4+/-59.8 pg/ml、estradiol-17b = 54.7+/-6.2 pg/ml、estriol = 39.2+/-7.2 pg/mlが含まれていた(12)。牛乳には抱合型(硫酸あるいはグルクロン酸抱合)が主要エストロゲンとして存在する。経口的に与えられた遊離(未抱合体)のestradiolやestroneの生物活性は比較的低い。しかし、口から入ったestroneの硫酸抱合体(estrone sulfate)の生物活性は高い(11)。

牛乳に存在するestroneの90%は抱合型である。1日のミルク摂取量を300 mlと仮定すると(日本人児童の平均摂取量)、現在の日本人児童は1日に100 ng程度の抱合型estroneを摂取していることになる。この量は、先に述べた環境ホルモン摂取量(0.0025 ng)の実に40,000倍である。水替わりに牛乳を1日1リットル飲む少年は300-400 ngの抱合型estroneを摂取している。「前思春期のミルク飲用は日本人に生殖能力の低下と性行動の変容をもたらすか」というテーマは早急に検証すべき仮説である。

ヒトは、離乳後にもミルクを飲用する唯一の哺乳動物である。わたくし達の仮説に対して、地球上には欧米人のように数1,000年以上にわたってミルクを飲用して繁栄している民族がいるではないかという反論があろう(5913)。しかし、現在われわれが飲用しているミルクは100年前のミルクとは大きく異なっている。かつて放牧によって牧草で飼育している乳牛は妊娠後半にはミルクを産生しなかった。たとえば、モンゴルで放牧されている古来の乳牛は7-8月に自然交配によって妊娠し、4-5月に出産する。モンゴルで子牛用のミルクを横取りする(搾乳する)のは6-10月の5ヵ月である(搾乳期間150日)(14)。妊娠前半のミルクしか人間用に用いていない。しかも、搾乳量はよくて5 L、通常は1-3 Lである。ある遊牧民は語った。「ミルクは子牛のものだ。われわれが妊娠中の乳牛からあまり沢山のミルクを横取りしてしまうと、よい子牛が生まれない。ミルクを搾ろうにも妊娠の後半にはミルクが出ない」。

200年ほど前には欧米も同様な状態にあったらしい。R. D. Hurt(15)はその著書「American Agriculture: A Brief History」において、18世紀中頃のアメリカのミルク生産量が非常に少なかったことを「1日に1ガロン(約3.8 L)のミルクを搾れる牛はよくミルクを出す牛と考えられていた。しかし、1日1クォート(約1 L)が一般的であった」と述べている。しかし、品種が改良され、穀物と蛋白質からなる配合飼料で濃厚飼育されている現在の乳牛(たとえばホルスタイン)は分娩3ヶ月後に人工授精で妊娠し、妊娠後半にも産乳する。搾乳しないのは分娩前の2ヶ月のみである(したがって搾乳期間は305日)。平均1日当たりの搾乳量は24 Lに達している。この牛乳生産量の増大は、牛に穀物あるいは肉骨粉を与えるようになったからだというのは前述の通りである。モンゴルもかつて白黒斑のホルスタイン種の牛を導入した。しかし、マイナス30度になる厳冬期、枯れ草しかないモンゴルの草原ではこの牛はミルクを出すどころか、飢えと寒気によって全滅してしまった。モンゴルではふたたびその地に適応した古来の牛が飼われている。

後に述べるモンゴル訪問の際に遊牧民からモンゴル牛のミルクをもらいうけた。妊娠しているかと訊ねたが判らないということであった(モンゴル牛の妊娠は7-8月)。出産は4-5月が普通なので出産後2-3ヵ月経った牛である。年齢は6歳から12歳であった。通常、日本では6歳を過ぎた乳牛は産乳量が減るので屠殺され肉になり、ヨーロッパでは30ヵ月(妊娠2回)を過ぎると屠殺される(狂牛病のため、乳牛は早めに屠殺されている)。モンゴルで12歳の牛からミルクを搾るというのは驚きであった。この牛乳を冷凍して持ち帰って分析した。モンゴル牛乳のエストロゲンとプロゲストロン含有量は日本で市販されている牛乳に比べると、それぞれ1/2と1/10であった。日本で売られている妊娠乳牛から搾られた牛乳の女性ホルモン含有量はこのように高い。モンゴル牛乳に話しが及んだ機会に、頭を休めるためにモンゴルの遊牧民について述べてみる。

参考文献
1. Carlsen E, Giwercman A, Keiding N, Skakkebaek NE. Evidence for decreasing quality of semen during past 50 years. BMJ 305: 609-613, 1992.

2. Auger J, Kunstmann JM, Czyglik F, Jouannet P. Decline in semen quality among fertile men in Paris during the past 20 years. N Engl J Med 332: 281-285, 1995.

3. Irvine S, Cawood E, Richardson D, MacDonald E, Aitken J. Evidence of deteriorating semen quality in the United Kingdom: birth cohort study in 577 men in Scotland over 11 years. BMJ. 312: 467-471, 1996.

4. Swan SH, Elkin EP, Fenster L. Have sperm densities declined? A reanalysis of global trend data. Environ Health Perspect 105: 1228-1232, 1997.

5. Safe SH. Environmental and dietary estrogens and human health: is there a problem? Environ Health Perspect 103: 346-351, 1995.

6. Hartmann S, Lacorn M, Steinhart H. Natural occurrence of steroid hormones in food. Food Chem 62: 7-20, 1998.

7. Erb RE, Chew BP. Keller HF. Relative concentrations of estrogen and progesterone in milk and blood, and excretion of estrogen in urine. J Animal Sci 45: 617-626, 1977.

8. Gyawu P, Pope GS. Oestrogens in milk. J Steroid Biochem 19: 877-882, 1983.

9. Heap RB, Hamon M. Oestrone sulphate in milk as an indicator of a viable conceptus in cows. Br VeterJ 135: 355-363, 1979.

10. Cortes D, Muller J, Skakkebaek NE. Proliferation of Sertoli cells during development of the human testis assessed by stereological methods. Int J Androl 10: 589-596, 1987.

11. Andersson AM, Skakkebaek NE. Exposure to exogenous estrogens in food: possible impact on human development and health. Eur J Endocrinol 140: 477-485, 1999.

12. 秦 立強、金子 誉、王 培玉、ガンマ・ダバサンブ、佐藤章夫.牛乳中のエストロゲン. 第71回日本衛生学会、2001年4月、福島

13. Gurr MI. Male sexual development in メa sea of oestrogenモ. Lancet 342: 125-126, 1993.

14. Ganmaa D, Wang PY, Qin LQ, Hoshi K, Sato A. Is milk responsible for male reproductive disorders? Medical Hypothesis 57: 510-514, 2001.

15. Hurt RD. American Agriculture: A Brief History. p 53, Ames, Iowa State University Press, 1994.

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