牛乳、ホルモン、健康に関するワークショップ
2006年10月23-25日
ボストン、ハーバードクラブ
Milk, Hormones, and Human Health
October 23 to 25, 2006
The Harvard Club, Boston, MA

 去る10月23ー25日の3日間、ハーバード大学のクラブハウスで「牛乳、ホルモン、健康」に関するワークショップが行われました。私も招かれて「牛乳中女性ホルモンの健康影響」と題する講演を行ってきました。この講演内容を紹介します。

スライド1:牛乳中女性ホルモンの健康影響 ー基本的な考えー
 お招きいただきありがとうございます。まず最初に、牛乳に関する私の基本的立場を説明いたします。
 私たち日本人は第2次世界大戦が終わるまで「牛乳文化」を持ち合わせておりませんでした。明治時代(1968年)以降、少数の日本人が牛乳や乳製品を口にしていましたが、一般の日本人が牛乳を飲み乳製品を食べるようになったのは戦争が終わってアメリカ文化が大量に流れ込むようになった1945年以後のことです。
 それまでの日本人の日常の食生活は「穀物、大豆、野菜」を中心にしたものでした。時々は魚も食べましたが、日本人は数百年にわたって一種のベジタリアンとも言える食生活を送ってきました。普通の日本人 ーほとんど農民ですー が牛乳を飲み、チーズやバターを食べるということはなかったのです。
 欧米の方々は数百年以上にわたって牛乳と乳製品を愛用してきましたが、アジア人が牛乳を飲み始めたのはわずか60年前のことで、たかだか2世代の経験しかありません。
 牛乳はおそらくあなた方にとっては優れた食品だったことでしょう。しかしアジア人にとっては決して好ましい食品ではありませんでした。そもそも、ほとんどのアジア人は乳糖不耐症でしたから。
 あなた方欧米人にとっても現在の牛乳はよいものではありません。それは乳搾りの技術が1920年頃(80-90年ほど前)を境に大きく変わってしまったからです。酪農技術の最も大きな変化は妊娠後半のメス牛から牛乳を搾るようになったということです。遺伝的に改良され、濃厚飼料で育てられるようになった牛は妊娠後半になってもミルクを出すようになりました。
 ご存知のように、妊娠中には母牛の体内に女性ホルモン ー卵胞ホルモン(エストロジェン)と黄体ホルモン(プロジェストロン)ー が増えます。したがって妊娠した牛から搾った牛乳には血液と同程度あるいはそれ以上の女性ホルモンが含まれることになります。言い換えれば、現在の牛乳は「妊娠動物の濃縮された白い血漿」に他なりません。これらの点に関しましては、私どもの論文「Ganmaa D, Wang P-Y, Qin L-Q, Hoshi K, Sato A. Is milk responsible for male reproductive disorders? Medical Hypothesis 57: 510-4, 2001」に詳しく書きましたので、ご希望の方には後ほどこの論文をお頒けいたします。
 ではこれから、「現在の牛乳は現代人にさまざまな悪い影響をもたらしている」という私の仮説をお話いたします。みなさんが疫学的にあるいは実験的にこの仮説を検証してくださるよう念願しています。


スライド2: ーなぜ牛乳は人間の健康に悪いのかー
 私が「現在の牛乳は人間にとって不適切なものである」と考える理由は2つあります。
 一つは、前述のように牛乳は多量の女性ホルモンを含んでいること、二つめは牛乳には大量のカルシウムを含まれているということです。
 母乳のカルシウム含有量は多くて100mlあたり30mgに過ぎませんが、牛乳は100mlあたり125mgものカルシウムを含んでいます。牛乳のカルシウムは母乳の4倍以上です。哺乳類は生まれたときの体重がほぼ3倍になるまで母親のミルクで育ちます。人間は3・5kgほどで生まれ1年かかって3倍の10kgになりますが、40-50kgで生まれた牛の子どもはわずか3ヵ月で3倍の120-150kgに育ちます。牛の子どもは人間に比べて極めて速く生長します。だから、牛乳はこんなにたくさんのカルシウムを含んでいるのです。
 今日のワークショップの主題は「牛乳、ホルモン、健康」ですから、カルシウムの話はしません。牛乳中の女性ホルモンに焦点をあててお話します。

スライド3: ー伝統的な乳搾りと現代の酪農ー
 伝統的な乳搾りの代表例としてモンゴルの遊牧を取り上げます。

スライド4: ーモンゴルの遊牧1ー

 私は1999年にモンゴルの遊牧民を訪ねました。遠くから眺めたモンゴルの草原は緑がどこまでも続くきれいな草原ですが、近くで見れば弱々しい草がまばらに生えているだけの半砂漠ともいえる草原です。
 モンゴルの牛は家畜というより野生の牛です。遊牧民は牛に対して特別な世話をしません。牛は好きなときに好きなところへ出かけて草を食べます。秋になると草が枯れ始めますが、遊牧民は草刈りをして牛用の干し草を集めるということはしません。冬になって雪が降っても牛は自分の鼻面で雪をかき分け、枯れ草とその根っこを探し出して食べるのです。
 モンゴルの遊牧民は子牛を鉄製の囲いの中に確保(2本の棒をひもを渡し、そのひもに子牛をつないでおくという方法もあります)することによって、親牛をコントロールしています。4、5月になって子どもが生まれるとメス牛は子牛用にミルクを出します。草原のどこかで草を食べて乳房が張ると、子牛に乳を吸い出してもらうために子牛のいるところに朝・晩2回帰ってきます。遊牧民はその機会をとらえてまず母牛をフェンスに結びつけます。

スライド5: ーモンゴルの遊牧2ー

 続いて遊牧民は囲いの一部を開けて1頭の子牛を出します。跳び出した子牛は誤ることなく自分の母親に駆けよってその乳首に吸いつきます。頭で乳房を押上げ押上げしながら数分間ミルクを飲みます。その間に遊牧民は母牛のうしろ脚を縛ります。脚を縛るのは乳を搾るとき蹴られないようにするためです。

スライド6: ーモンゴルの遊牧3ー

それから子牛を母牛から引き離し、今度は子を柵に結びつけます。そして両脚の間にミルク桶を抱えこんで、両手を器用に操って牛乳を搾ります。人間用にある程度搾ったら、残りミルクを子牛に飲ませます。スライドの母牛は明らかに高齢ですね。14歳(牛の一生は20年、14歳はすでに高齢です)で、今までに10頭の子牛を産んだということでした。

スライド7: ーモンゴルの遊牧4ー

 スライドのミルク桶は20リットルの容器です。搾った牛乳量は1-2リットルでしょう。「この牛はミルクの出が悪い。あまり搾ると子牛が育たない」ということでした。

スライド8:ーモンゴルの遊牧5ー

 草だけ食べているモンゴルの牛から妊娠の後半になってミルクを搾ることはできません。ミルクが出ないのです。
 モンゴルの牛は4月か5月に出産します。産まれた子牛は母牛のミルクで育ちます。母牛は7月から8月にかけて自然交配によって妊娠します。妊娠するとミルクの分泌が悪くなりが、それでも遊牧民は10月まで出産後5ヵ月あるいは6ヵ月間乳搾りを行います。したがって妊娠した牛からミルクを搾るのは遅くても妊娠3月までです。1頭から搾るミルクの量は多くて1日5リットルです。

スライド9:現代の酪農
 ついで現代の酪農についてお話します。先進国の酪農はまさしく牛乳生産工場です。

スライド10:搾乳器(ミルカー)

 
酪農家が手でミルクを搾るなどということはしておりません。搾乳器(ミルカー)で搾ります。
 産まれた子牛は直ちに母親から引き離されて隔離されます。出産直後に母牛が出すミルクは初乳といって子牛の発育に欠かせないものですが、これも酪農家がミルカーで搾り、哺乳ビンで子牛に与えます。

スライド11:日本の酪農(1)

 日本の酪農についてお話します。おそらく他の先進国の酪農も同じようなものであろうと思います。
 乳牛は生後14ヵ月(1歳2ヵ月)ほどで人工授精によって妊娠させられます。肉牛も同様ですが、乳牛が自然の交尾行動によって妊娠するということはありません。
 牛の妊娠期間は人間と同じく平均して280日です。子牛が産まれるとミルクが出るようになります。
 最初の5日間の初乳は酪農家が搾乳器で搾って子牛に与えますが、出産6日後は300日間、人間用に搾乳器で搾乳します。日本の乳牛は年間(300日)で7000リットル以上のミルクを生産しますが、300日で10000リットルを越える牛乳を出す乳牛(スーパーカウ)も珍しくありません。
 搾乳期間中の出産2-3ヵ月後に人工授精で種付けを行います。うまく種付けに成功すれば酪農家は大喜びですが、最近の牛は妊娠しないものが多く、1年1産はなかなか実現しません。妊娠と泌乳は正反対の生理現象ですから、大量のミルクを搾りながら妊娠させることは非常に困難です。
 妊娠に成功しますと(ミルクは搾り続けます)、妊娠末期(60日)は乾乳といってミルクを搾りません。乾乳期を設けるのは、仔牛は体内で40-50kgに育ちますから、最後の最後まで大量のミルクを搾っていては仔牛が育たないからです。乳牛の1年は、「初乳搾乳の5日+人間用に搾乳する300日+乾乳60日=365日」ということになります。このうち280日が妊娠期間です。
 かつては4-6回の妊娠・出産を経て廃牛(肉用に屠殺)となりましたが、現在は2-3回の妊娠・出産が多いようです。日本の肉用牛(和牛)の肉は高価ですから、一般の日本人が食べるのは輸入ビーフを除くとほとんどが乳牛の肉ということになります。
 乳牛は一度も自然交尾を行うことなく、産んだ子牛に自らの乳首をふくませることもなく、ほとんど毎日ミルカーで搾乳され、4-5年で屠殺されて肉となります。したがって「乳牛は、地球上で最も過酷な労働を強いられている動物」という人もいます。

スライド12:日本の酪農(2)

 現代の酪農では妊娠の後半からもミルクが搾られます。およそ妊娠中の7-8ヵ月はミルクを搾られています。

スライド13:牛乳中の女性ホルモン
 それでは牛乳中の女性ホルモンについてお話します。牛乳に含まれている女性ホルモンは人間の女性ホルモンと全く同じステロイド骨格のホルモンです。

スライド14:牛乳中の女性ホルモン
 牛乳中に含まれるエストロジェン(卵胞ホルモン)は主として硫酸エストロンという形で存在しています。硫酸エストロンのホルモン活性については後述します。
 HeapとHamon(1979)によりますと、妊娠していない牛乳のホエイ(註:カゼインを分離した後に残る牛乳の液状部分で、日本語で乳清あるいは乳漿という)には1ミリリットル当たり30ピコグラム(pg)の硫酸エストロンが含まれています、妊娠の経過とともに高くなり、妊娠41-60日(妊娠1-2月)で150pgとなります。妊娠末期の220-240日(妊娠7-8月)には1000pgという高い値を示すようになります。

スライド15:硫酸エストロンのホルモン作用
 エストロンは口から入って女性ホルモン作用を示します。体に入ると、速やかにエストロンあるいはエストラジオール-17bに変換されてホルモン作用を発揮すると考えられています。
 更年期症状の緩和治療(ホルモン代替療法、HRT)にプレマリン(premarin)という経口エストロジェンが用いられております。このホルモンはもともと妊娠牝馬(pregnant mare)の尿から抽出されたもので、その主成分は硫酸エストロンです。名称の由来からみても、硫酸エストロンがホルモン作用を示す物質であることがお分かりいただけると思います。

スライド16:市販牛乳中の女性ホルモン(1)
 日本で市販されている牛乳とモンゴルから持ち帰ったモンゴル牛乳の女性ホルモンを測定しました。測定方法の詳細は私どもの論文(Qin LQ, Xu JY, Wang PW, Ganmaa D, Li J, Wang J, Kaneko T, Hoshi K, Shirai T, Sato A. Low-fat milk promotes the development of 7,12-dimethylbenz(a)anthracene (DMBA)-induced mmammary tumors in rats. International Journal of Cancer 110:491-6, 2004)に記載されています。この論文をご希望の方には後ほどお頒けします。
 このスライドのホルスタイン牛乳は130度で2秒、ジャージー牛乳は125度で2秒間高温滅菌されていますが、モンゴル牛乳は搾りたてのものをそのまま冷凍した生乳です。
 高温で滅菌したホルスタイン乳にもジャージー乳にも相当量の遊離エストロンと結合型エストロン(ほとんど硫酸エストロン)が含まれていることが分かります。市販牛乳はモンゴル乳よりも有意に多くのエストロンを含んでいます。重要なことは125度あるいは130度という高温でも、ステロイド骨格の女性ホルモンは分解・破壊されないということです。

スライド17:市販牛乳中の女性ホルモン(2)
 牛乳はもう一つの女性ホルモン ー黄体ホルモン、プロゲステロン(progesteronee)ー が含まれています。牛乳(全乳)1ミリリットル当たり10000pg、バター1グラムには300000pgもの黄体ホルモンが含まれていることが知られています。すなわち、牛乳中の黄体ホルモン濃度はエストロジェンの数十倍も高いのです。ピコグラム(pg)では数字が大き過ぎますのでナノグラム(ng)で表すことにします。1ng=1000pgですから、今まで報告されている牛乳の黄体ホルモン濃度は10ng/ml、バターの黄体ホルモン濃度は300ng/gということになります。
 私たちも牛乳の黄体ホルモンを測定しました。日本で市販されている牛乳(高温滅菌牛乳)にはモンゴル牛乳(加熱していない生乳)に有意に多量の黄体ホルモンが含まれています。
 種付けした乳牛が妊娠したかどうかの判定に牛乳の黄体ホルモン濃度の測定が用いられます。全乳中の黄体ホルモン濃度が8ng/mlを越えると妊娠と判定されます。このスライドからお分かりのように日本で市販されている牛乳は妊娠した乳牛から搾乳されたものですが、モンゴルの牛乳は非妊娠牛から搾られたものであることが判ります。
 さらに、注目していただきたいのは全乳に比べて乳脂肪に含まれる黄体ホルモンが圧倒的に多いということです。バターやクリームは女性ホルモンの宝庫であるということを忘れないでください。
 卵胞ホルモンと黄体ホルモンの比率をみると、妊娠牛から搾った牛乳は低用量経口避妊ピル(OC)に似ています。ただし、避妊ピルには35-40マイクログラム(ug)の卵胞ホルモン、150-1000ugの黄体ホルモンが含まれています(1ug=1000ng)。1日500mlの牛乳を飲むとして体内に取り込まれる硫酸エストロンは0・2ug、黄体ホルモンは10ug程度です。したがって、経口避妊ピルに比べると牛乳に含まれている女性ホルモンは圧倒的に低いということになります。

スライド18:牛乳中の女性ホルモンにはホルモン作用があるか

 それでは、この牛乳に生物学的効果(ホルモン作用)がないのでしょうか。この問いに答えるために、卵巣を摘出した若い成熟ラットと性未成熟メスラットを用いて子宮肥大試験を行いました。性未成熟ラットの子宮は細い糸のようなものですし、成熟ラットでも卵巣を摘出して1週間もすると子宮は萎縮して糸のように細くなってしまいます。これらのラットに牛乳を飲ませて子宮が肥大するかどうかを観察するのが子宮肥大試験です。この試験法はいろいろな物質のエストロジェン作用の有無を見分けるために使われています。
 この研究の詳細は論文(Ganmaa D, Tezuka H, Enkhmaa D, Hoshi K, Sato A. Commercial cowsユ milk has uterotrophic activity on the uteri of ovariectomized rats and immature rats. International Journal of Cancer 118: 2363-5, 2006)になっていますので、必要な方には後ほどお頒けいたします。

スライド19:実験に用いた市販牛乳のエストロジェン濃度
 この実験に用いた低脂肪牛乳のエストロジェン濃度をスライドに示しました。牛乳の総エストロジェン濃度(エストロン+エストラジオール-17b+エストリオール)は約700pg/mlでした。このうちエストロンの結合型(ほとんどが硫酸エストロン)が約380pg/mlと半分以上を占めていました。

スライド20:卵巣を摘出した成熟ラットを用いた子宮肥大試験

 実験の内容を少し詳しくお話します。卵巣摘出ラットを用いた実験、性未成熟ラットを用いた実験にそれぞれ36匹のラットを使いました。卵巣摘出ラットは卵巣を摘出してから1週間経過して子宮が十分萎縮したところで実験に用いました。性未成熟ラットは生後17日のメスラットを用いました。36匹を3群に分け(1群12匹)、それぞれにラット用粉末飼料と3種類の液体のうちの一つを飲料水の代わりに飲ませました。
 3種類の液体の一つは低脂肪牛乳(これが実験群となります)、二つめは人工乳で、カロリーと栄養素の組成を低脂肪牛乳と同じにしました。この人工乳を飲んだラットが陰性対照群ということになります。三つめの液体は、この人工乳に1ミリリットル当たり100ngの硫酸エストロン(表にはESと略記しています)を加えたもので、人工乳+ESを飲んだラットが陽性対照群となります。「粉末飼料+液体」で1週間飼育したのちに、屠殺・剖検してラットの子宮重量を測定しました。
 このスライドは卵巣摘出ラットの子宮重量を示しています。体重には3群間に差はありません。牛乳を飲ませた実験群の子宮は人工乳を飲ませた陰性対照群に比べて明らかに大きくなっています。子宮重量だけでなく、子宮の体重比でも実験群>陰性対照群でした。すなわち、牛乳の子宮肥大試験は陽性であったことを示しています。「人工乳+ES」の陽性対照群も人工乳群に比べて子宮が大きくなりました。このことは牛乳で子宮が大きくなるのは牛乳中の硫酸エストロンによるものであることを示しています。「人工乳+ES」群の子宮は牛乳群よりも大きくなりましたが、統計学的に有意な差ではありませんでした。

スライド21:性未成熟ラットを用いた子宮肥大試験

 このスライドは未成熟ラットを用いた子宮肥大試験の結果を表示しています。牛乳群の子宮が人工乳群に比べて明らかに大きくなっています。子宮の体重比でみても、牛乳が未成熟ラットの子宮を大きくすることは明らかです。
 一方、「人工乳+ES」群の子宮は人工乳群に比べて大きくなっているだけでなく、牛乳群に比べても大きくなっています。このことは硫酸エストロン(ES)の未成熟ラットの子宮に対する影響が成熟ラットの子宮に対する影響よりも大きいことを示しています。前のスライドと比較していただきますと、未成熟ラットの子宮に対する牛乳の影響は卵巣摘出成熟ラットに対する影響よりも大きいことがご理解いただけると思います。性未成熟ラットでは実験最終日(屠殺日)にも性サイクル(人間でいう初潮)が始まっておりませんでした。ということは、このラット実験から類推すると、牛乳は前思春期の子どもに対して成人よりも大きなホルモン影響をもたらすのかもしれません。
講演者註:生理的には、卵胞ホルモンと黄体ホルモンはそれぞれ脳下垂体から分泌される卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体化ホルモン(LH)の指令で分泌されています。卵胞ホルモンや黄体ホルモンの大量投与は脳下垂体の働きを抑えて卵巣からの卵胞ホルモンと黄体ホルモンの分泌を止めてしまいます。したがって大量のホルモンは本来のホルモン作用と逆の作用を示すことがあります。ホルモンは、非常に少量で本来のホルモン作用を示すのです>

スライド22:日本人の生殖能力
 これから、最近の日本人の生殖能力が落ちているのではないかという話をします。戦前は夫婦が4-5人の子どもを産み育てるというのは当たり前のことでした。しかし最近の日本では子どもが生まれません。もちろん、女性の社会進出に伴う非婚、晩婚、晩産が日本の少子化の主因でしょうが、その根底に日本人、とくに男性の生殖能力の低下が潜んでいるように思われます。

スライド23:日本人の食生活の変化

 日本人の生活様式は戦後著しい変貌を遂げました。とくに食生活の変化は劇的でした。スライドの図は1950年の食品消費量を1としてその後の消費量の変化率を示したものです。戦後になって消費量が最も増えたのは牛乳および乳製品で過去50年間に20倍以上に増えました。1954年に学校給食法が制定され、生徒(小学生と中学生)は昼食に200mlの牛乳を強制的に飲まされました。牛乳を提供しない食事は学校給食と見なされませんからまさしく強制です。学校の先生も「牛乳は完全栄養食だ。牛乳を飲みおわるまで外に遊びに出てはならない」とおっしゃいましたから、牛乳の飲めない子どもでも泣き泣き牛乳を飲んだものでした。
 1964年に東京でオリンピックが開かれました。これを機会に日本は、高度経済成長に突入し名実ともに先進国の仲間入りを果たしました。1960年代後半の牛乳・乳製品の消費量の増加は目を見張るばかりです。

スライド24:年齢別にみた乳・乳製品の消費量

 学校給食法の当然の帰結として、7-14歳の前思春期に相当する少年少女の乳・乳製品の消費量が突出しています。この年代の乳・乳製品の消費量は平均して320グラムに達しています。
 前思春期は人間の一生のうちで最も穏やかな安定した時期です。男の子の男性ホルモンと女性ホルモンの濃度は一生のうちで最低です。したがって、外部から与えられた女性ホルモンはこの時期の男の子の精巣発育に大きな影響を与えます。
 欧米人に比べれば日本人の牛乳飲用の歴史ははるかに短いわずか2世代(60年)に過ぎません。もし現代の牛乳に悪影響があるとすればその影響は日本人により強く現われるでしょう。実際、アジア人は欧米人に比べて精巣が小さく、精巣当たりセルトリ細胞が少なく、その機能も低く、外来のホルモンによって障害を受けやすいと言われています。
 前に述べましたように、日本の市販牛乳は1ミリリットル当たり380pgの硫酸エストロンを含んでいます。1日に300mlに相当する乳・乳製品を摂る少年はおよそ100ngの硫酸エストロンを体内に毎日取り込むことになります。また、少年の中には1日に1リットル(1000ミリリットル)の牛乳を飲む子どもも珍しくありません。先生や親が「牛乳は完全栄養食品だ。喉が渇いたら水の替わりに冷蔵庫の牛乳を飲みなさい」とおっしゃるからです。1リットルの牛乳を飲めば380ngの硫酸エストロンが体に入ることになります。
 デンマークのAnderssonとSkakkebaekの報告によると、前思春期の子どもが1日に産生する女性ホルモン(エストラジオール)は40から100ngだということです。日本の少年が1日に摂取する100-380ngの硫酸エストロンは少年の体内で生理的につくられている女性ホルモン量に匹敵します。

スライド25:日本の合計特殊出生率
 日本の人口が縮小し始めました。生まれる子どもの数より死ぬ人が多くなったからです。
 日本では戦後の1947年から1949年にたくさんの子どもが生まれました。この第一次ベビーブームに生まれた世代を作家の堺屋太一氏が「団塊の世代(dankai no sedai)(baby-boomer generation)と名付けました。この世代が戦後の高度経済成長を担ったのです。1971-74年にかけて、この団塊の世代からたくさんの子どもが生まれました(第二次ベビーブーム)。この1970年代前半に生まれた子どもたちは団塊世代の子どもということで団塊ジュニアと呼ばれています。団塊ジュニアは1990年頃から子どもを産む年齢に達したのですが、この人たちが子どもを産まなくなってしまったのです。団塊ジュニアは生まれる前(母親を通して)から牛乳を飲み続けた日本で最初の世代です。
 合計特殊出生率 (1人の女性が生涯に産む子どもの数) は1970年に2.16でしたが、1974年から減り始め、2005年には1.25と最低になりました。団塊ジュニアが子どもを産まないからです。合計特殊出生率の低落は独り日本だけのことではありません。豊かになったアジア諸国では合計特殊出生率が押し並べて低くなっています。韓国は1.08、シンガポールは1.24です。
 
スライド26:日本女性の妊娠
 1973年には15-45歳の妊娠可能な女性が約3000万人おり、約210万人の子どもが生まれました。生まれた子どもが団塊ジュニアです。この年には約70万件の妊娠中絶が行われましたから、合わせて280万人の女性が妊娠したことになります。妊娠可能年齢にある女性1000人当たりの妊娠数は93件でした。
 しかし、それから30年たった2004年には妊娠可能年齢の女性は少し減って2837万人(1973年の94・5%)になりましたが、妊娠件数(出産+妊娠中絶)は141万件と1973年のほぼ半分になってしまいました。妊娠可能年齢にある女性1000人対の妊娠率も50と1973年に比べてほぼ半減してしまいました。
 日本では1999年に低用量経口避妊ピル(OC)が解禁されましたので、これが日本で妊娠する女性が減った原因だという人がいます。しかし、ピルを用いるには医師の処方箋が必要です。またピルのいろいろな副作用が取りざたされています。データはありませんが、日本女性のピルを使用する割合は欧米の女性に比べてずっと低いと考えられます。
 妊娠・出産にいたる女性が少ないことは他のデータからも明らかです。日本では7組に1組のカップルが不妊といわれています。さらに46万組のカップルが不妊治療を受けています。不妊の最大の原因は婚姻年齢が上がったことにあるでしょうが、男性の生殖能力の劣化も不妊要因の一つになっているのでしょう。

スライド27:日本人男性の精子
 過去半世紀の間に精子が半減したという報告が最初(1992年)に行われてすでに15年経ちました。現時点では、精子数には地域差があるものの精子数の減少に関しては間違いないという結論に落ち着いています。この件に関するSkakkebaek博士の論文(Skakkebaek NE, Jorgensen N, Main KM, Meyts ER-D, Leffers H, Andersson A-M, Juul A, Carlsen E, Mortensen GK, Jensen TK, Toppari J. Is human fecundity declining? International Journal of Andrology 29: 2-11, 2006)のコピーを持ってきておりますので、お読みになりたい方には後ほどお頒けしいたします。
 今まではコペンハーゲン在住のデンマーク人の精子が質・量ともに世界で最悪といわれていました。最近、コペンハーゲン、パリ(フランス)、エジンバラ(イギリス)、トウルク(フィンランド)と判定基準を同じにして行われた川崎・横浜在住の日本人男性の精子の観察結果が報告されました。それによると、日本人の精子は質・量ともにデンマーク人に劣るということです。総精子数はデンマーク人の83%、正常形態精子もデンマーク人の85%に過ぎません。Skakkebaek博士によると、デンマークの青年の67%が「subfertileである」(生殖能力が劣っている)ということです。そのデンマーク人よりも日本人の精子が劣悪であるということですから、日本人男性の生殖能力は相当劣化していると判断せざるを得ません。

スライド28:精巣発育異常症候群

 過去50年来、世界的に精巣がんの発生増加とともに精子の質と量が悪化していることが報告されてきました。Skakkebaek博士は2001年、尿道下裂、停留精巣、精子形成異常、精巣がんが50年ほどの短期間で世界的に増加していることから、これら4つの男性生殖器異常の発生には共通の環境因子が働いているのではないかという仮説「精巣発育異常症候群 Testicular Dysgenesis Syndrome、TDS」を提唱しました。Skakkebaek博士は共通の環境因子として外因性内分泌撹乱化学物質を想定していますが、私はTDSの要因として妊娠した乳牛から搾っている牛乳とそれを原料とする乳製品が原因であると考えています。欧米の方々も昔から今のように大量の乳・乳製品を召し上がっていたわけではありません。欧米先進国で乳製品の消費量が多くなったのは1940年代から1950年代に始まったことなのです。
 精巣発育異常症候群の中で比較的詳しいデータがそろっている精巣悪性腫瘍(精巣がん)を取り上げて牛乳・乳製品との関係を検討してみました。

スライド29:精巣がんと乳・乳製品の関係(1)

 世界42カ国において各国の食品摂取量とその国の精巣がん発生率との関係を調べました。食品摂取量は国連の食糧農業機関(FAO)のデータを用い、精巣がんの発生率は国際がん研究機関(IARC)の1990年のがん登録データを用いました。
 ほとんどの国で精巣がんが多発する年齢は20-39歳でした。そこで1990年における20-39歳の精巣がん発生率を20-30年前に相当する1961-1970年の食品摂取量との関係を調べたところ、精巣がんの発生と最も関係が深い食品はチーズでした(相関係数r=0.804)。

スライド30:精巣がんと乳・乳製品の関係(2)

 精巣がん発生率を従属変数、各食品の摂取量を独立変数として重回帰分析を行いました。精巣がんの発生に寄与している食品として選択されたのは「チーズと牛乳」でした。食糧農業機関(FAO)の統計では、チーズと牛乳(=バターを除く牛乳・乳製品)の摂取量に高度の相関がありますので、それぞれを独立変数として重回帰分析を行うことができません。そこでやむなく、チーズと牛乳をまとめて計算しました。スライド29の相関表と併せ考えると、精巣がんの発生に最も関係が深い食品はチーズであると考えてまず間違いない
しょう。
 精巣がんの発生には出生コホート効果があるということはよく知られた事実です(註:出生コホート効果:暦年よりも出生年によって発生率が異なるということ)。このことは若年期(胎児期-前思春期)に曝露した環境因子が精巣がんの発生に関与していることを意味します。
 地球上で哺乳期を過ぎてミルクを飲む動物は人間だけですし、ましてや妊娠したメスが乳・乳製品を食べるなどという動物は人間以外にありません。妊娠している女性が食べたチーズ、あるいは前思春期に食べたチーズが精巣に影響するものと考えられますが、チーズの何が精巣がんの発生と関連しているのか現在のところわかりません。

スライド31:デンマークとフィンランド(1)

 デンマークとフィンランドはともに北欧の酪農国ですが、精巣がんを含めた精巣発育異常症候群はいずれもデンマークに高く、フィンランドに低いことが知られています。このスライドの精巣がんと乳・乳製品の摂取量の関係をみても、デンマークは精巣がんも乳製品摂取量も多く、フィンランドは精巣がんも乳製品摂取量も少ないという大きな違いがお分かりいただけると思います。

スライド32:デンマークとフィンランド(2)

 このスライドは1961年から1999年までのデンマークとフィンランドにおけるチーズ消費量の推移を示しております。フィンランドのチーズ消費量は1960年代と70年代にはデンマークに比べて少なかったのですが、1980年代に急増し、1990年代に入るとデンマークの消費量に近づいています。2000年代にはフィンランドのチーズ消費量がデンマークを少し上回るようになったと言われています。これに伴って最近ではフィンランドの精巣がんが上昇傾向にあるようですから、あと20-30年もすればデンマークの発生率に追いつくのではないかと考えております。

スライド33:牛乳とホルモン依存性がん ー前立腺がんと乳がんー
 次の話題は典型的なホルモン依存性のがんである前立腺がんと乳がんに対する牛乳の影響です。

スライド34:日本の前立腺がん死亡率

 日本の前立腺がんは欧米諸国に比べると非常に少ないのですが、それでも過去50年で前立腺がんによる死亡は25倍になりました。

スライド35:牛乳と前立腺がん(1)

 世界42カ国で前立腺がんの発生率(1988-92年のがん登録データ)および死亡率(2000年のデータ)と食品摂取量(1961-97年の平均値)の関係を調べたところ、発生率と死亡率のいずれについても最も関係の深い食品は牛乳・乳製品でした。食品摂取量として1961-97年の平均値を用いたのは前立腺がんの発生率や死亡率には出生コホートの影響が見られないからです。

スライド36:牛乳と前立腺がん(2)

 前立腺がんの発生率と死亡率を従属変数、各食品の摂取量を独立変数として重回帰分析を行いました。発生率と死亡率のいずれについても前立腺がんの増加を説明する要因として選択された食品は「牛乳+チーズ」でした。

スライド37:アメリカと日本の前立腺がん

 アメリカと日本の前立腺がんの発生率を比較しました。50代前半で前立腺がんになる日本人は非常に少ないのですが、アメリカでは45歳ごろから前立腺がんが発生しています。現在日本は世界最速で前立腺がんが増えていると言われていますが、アメリカと比較すると日本の前立腺がんは10分の1以下に過ぎません。アメリカと日本はなぜこんなに違うのでしょうか。
講演者註:前立腺がんが最も多い年齢は80歳前後です。このデータは1990年のものですから、1990年に80歳の人は1910年生まれで、牛乳を飲み始めたのは50歳を過ぎてからでしょう。今、日本の前立腺がんが世界一の速さで増えているのは子どものときから牛乳を飲んだ人たち(戦後生まれ)が大挙して60代に突入しているからでしょう>

スライド38:アメリカと日本の乳・乳製品の消費量

 私は、アメリカの男性が日本人の10倍も前立腺がんに罹りやすいのは、この図で明らかなように、アメリカの乳・乳製品の消費量が日本に比べて圧倒的に多いからではないかと考えています。日本人は1日平均300グラムほどですが、アメリカの方々は毎日平均して1000グラム以上の乳・乳製品を召し上がっています。

スライド39:乳がんの国際比較

 世界42カ国における乳がんの発生率・死亡率と食品摂取量の関係を重回帰分析で解析したところ、乳がんの発生に最も寄与している食品は肉、乳がんによる死亡に最も寄与している食品は「牛乳+チーズ」という結果になりました。なぜ、乳がんの発生に肉の関与が大きいという結果になったのか分かりません。乳・乳製品の消費量の多い国の人々は肉もたくさん食べるからなのかも知れません。
 女性ホルモンを体内(耳)に埋め込まれて肥育された肉牛の肉にはホルモンが残留していますが、これは世界中どこでも行われている飼育法ではありません。ホルモンは血流に運ばれて標的細胞に達しますから、ホルモンは本来血液に多いのです(したがってミルク中濃度が高い)。通常、屠畜するときに放血しますから食肉に残留するホルモンはそんなに多くありません。
 乳がん死亡に乳・乳製品の関与が大きいという結果は、死にいたるような乳がん(悪性度の高い乳がん)の発生に乳・乳製品の影響が大きいという解釈も可能です。

スライド40:アメリカと日本の乳がん

 この図は1990年のがん登録データを用いてアメリカと日本の乳がん発生率を比較したものです。日本人の乳がんは40代までは年齢による増加がアメリカと類似していますが、50代以降(更年期後)の乳がんはアメリカに比べると圧倒的に少なくなっています。それにしてもアメリカにおける更年期後の乳がんの発生には凄まじいものがあります。更年期症状の緩和にホルモン補充療法(HRT)を受けるアメリカ女性が多いと聞いていますので、HRTがアメリカ女性の更年期後乳がんに関係しているのかも知れません。女性の乳がんが75-80歳でピークに達するのは男性の前立腺がんと似ています(スライド37)。男性はHRTを受けませんから、アメリカ女性に更年期後乳がんが多いのはHRTではなくやはり乳・乳製品の摂取量が多いからでしょう(スライド38)。
 先にお話したように、更年期前の乳がんの年齢別発生率はアメリカと日本で似ています。1990年に40-50歳であった人は1940-50年生まれです。この人たちは学校で牛乳を飲まされ、日本中が牛乳普及運動に熱中した時代に思春期を迎えました。1960年以降に生まれた女性(生まれたときから牛乳を飲んで育った世代)が70-80歳に達する2030-40年ごろに日本女性の乳がん発生はどうなっているでしょうか。
 乳・乳製品はみなさん方欧米の人々にとっては伝統的な食生活を支える基本的な食品ですが、日本人にとってはあくまで嗜好品に過ぎません。乳・乳製品の消費量からみて、日本人の乳がん発生率がアメリカ並みになることはないと思いますが、数十年後には今より大部増えているだろうと思います。
 乳がんと乳・乳製品に関して数多くの疫学研究が行われていますが、結果は必ずしも一致しておりません。それは当然です。個人の乳・乳製品の摂取量を正確に把握するのが非常に難しいからです。欧米の方々はいろいろな料理に乳・乳製品を使います。私はバターあるいはクリームの香りのする料理を洋風料理と呼んでいます。パン、ドーナツ、アイスクリーム、ケーキ、クッキーなど、欧米では乳・乳製品を全く含まない食品・料理を探す方が難しいでしょう。
 また、多数の人々を対象とする大規模疫学調査における栄養調査は食品摂取頻度法という自己申告の調査に頼らざるを得ません。乳がんの調査対象となる女性は自分の食品摂取量を過少申告しがちであることが知られています。とくに多少とも乳がんの知識がある女性は脂肪の多いといわれる乳・乳製品の摂取量を過少に申告する傾向があります。
講演者註:いろいろな食品のリストを掲げて、一定期間における平均的な摂取頻度を記入してもらい、その回答から食品群や栄養素の摂取量を計算する栄養調査法>
 乳がんと乳・乳製品の関係を疫学的に調査なさるおつもりなら、厳格なビーガン(vegan:一切の動物性食品を食べない)と卵と乳・乳製品は食べるが他の動物性食品を避ける乳卵ベジタリアン(lacto-ovo-vegetarian)の乳がん発生率を比較する以外にないでしょう。

スライド41:牛乳によるDMBA乳腺腫瘍の発生促進(ラット)
 牛乳が乳がん発生に関係があることを実験的に証明するために化学発がん物質のDMBAをラットに与えて発がんさせ、その腫瘍の発生経過が牛乳を飲ませることによってどうなるかということを観察しました。
 ラットに飲ませた牛乳は日本で市販されている脂肪1%の低脂肪牛乳で、スライド18の子宮肥大試験で用いたのと製造ロットが同じ牛乳です。牛乳による腫瘍の増殖が脂肪によるものではないことを証明するために、あえて低脂肪牛乳を用いました。この研究結果は私どもの論文(Qin LQ, Xu JY, Wang PW, Ganmaa D, Li J, Wang J, Kaneko T, Hoshi K, Shirai T, Sato A. Low-fat milk promotes the development of 7,12-dimethylbenz(a)anthracene (DMBA)-induced mmammary tumors in rats. International Journal of Cancer 110:491-6, 2004)に詳しく述べられていますので、ご希望の方には後ほどお頒けいたします。
講演者註:精巣がん、前立腺がん、乳がんの発生に牛乳・乳製品に含まれる女性ホルモンが関与すると述べてきましたが、これは必ずしも女性ホルモンに発がん性があるということを意味するものではありません。例えば精巣がんでは、将来精巣がんとなる細胞がすでに胎児期にできていることが知られています(がん細胞に特徴的な変化が起こっているが、浸潤性を示すことなく上皮に留まっており、上皮内がんーcarcinoma in situ, CISーという)。これが20-30年経って増殖を始め腫瘤となって精巣がんになるのです。牛乳にはこの増殖を促進する作用があるということです。乳がんや前立腺がんについても同様で、牛乳中の女性ホルモンはすでにがん化した細胞(上皮内がんであることもあります)の増殖を強く刺激してその進行を早めるのです。私の講演課題が「女性ホルモン」でしたので、今まで触れなかったのですが、牛乳には女性ホルモン以外にさらに強力な細胞増殖作用を示すインスリン様成長因子(insulin-like growth factor、IGF)が含まれています。私以外の講演者はほとんどの方がIGFの話をしていました>
 
スライド42:DMBAについて

 DMBAはこの図に示したような化学構造の発がん物質です。メスラットに与えると、高率に乳腺腫瘍(乳腺がん=乳がん)が発生します。この乳腺がんの発生はホルモン依存性で、ヒト乳がんモデルとしてよく用いられています。つまり、このDMBAによる乳がんの発生経過が牛乳によってどのような影響を受けるか観察したわけです。

ライド43:DMBAー乳がんの実験デザイン

 まず、80匹の6週齢のメスラットのすべてにコーン油に溶かした5mgのDMBAを経口的に与えました。翌日ラットを4群に分け、それぞれにラット用粉末飼料と水替わりに飲ませる4種類の液体の一つを与えて20週間飼育しました。
 4種類の液体とは、1)低脂肪乳、2)人工低脂肪乳、3)硫酸エストロン(ES)水溶液(ESを100ng/mlの割合で含む水)、4)水、のことです。人工低脂肪乳はタンパク質、脂肪、糖質、ビタミン、ミネラルなどの成分を栄養学的に低脂肪乳と等しくなるように調製した液体です。
 低脂肪乳を水替わりに飲ませたラットが実験群です。実験群におけるDMBA乳がんの発生が人工低脂肪乳を飲ませたラット(対照群)より多ければ、牛乳に乳がんの発生促進作用があるということになります。ES水溶液を飲ませたラットは陽性対照群で、この群のDMBA乳がんの発生が水を飲ませた陰性対照群より多ければ、硫酸エストロン(ES)が乳がんの発生促進をもたらす原因物質であるということになります。
 乳腺腫瘍は1週間に1度の割合で触診して発生経過を観察しました。DMBAを与えてから20週後に屠殺・剖検を行いました。

スライド44:DMBAー乳がんの実験結果(1)

 まず、体重の推移です。低脂肪乳群(実験群)と人工低脂肪乳群(対照群)、ES水溶液群(陽性対照群)と水群(陰性対照群)の間には体重に有意の差は認められませんでした。低脂肪乳群・人工低脂肪乳群の体重がES水溶液群・水群より多いのはカロリー摂取量が多いからです。このことは、実験が成功したことを意味しています。

スライド45:DMBAー乳がんの実験結果(2)

 この図はDMBA乳がんの累積発生率を示しています。牛乳群は人工牛乳群に比べて有意に発生率が高くなっています。つまり、低脂肪乳はDMBA乳がんの発生を促進するという結果が得られました。ES水溶液群の乳がん発生率は水群より高くなっていますが統計学的に有意な差ではありませんでした。

スライド46:DMBAー乳がんの実験結果(3)

 この図はDMBA乳がんの累積発生数を示しています。牛乳群には対照群(人工牛乳群)に比べて明らかに多数の腫瘍が発生しました。ES水溶液群の乳がん発生数は水群より多くなっています(統計学的に有意)。硫酸エストロン(ES)によってDMBA乳がんの発生数が増えることが分かりました。すなわち、エストロジェンには明らかにDMBA乳がんの発生促進作用がありました。

スライド47:DMBAー乳がんの実験結果(4)

 牛乳群(実験群)とES水溶液群(陽性対照群)に発生した乳がんはそれぞれ人工牛乳群(対照群)と水群(陰性対照群)に比べてサイズも大きく数も多いという結果でした。剖検時に全乳腺腫瘍を提出して重量を測定した結果でも、牛乳群=ES水溶液群>人工牛乳群=水群、でした。

スライド48:DMBAー乳がんの実験結果(5)

 この図はとくに重要な実験結果を示しています。剖検時に測定した血清中のエストロン濃度とIGF−1濃度です。市販の低脂肪乳を飲むことによって、血清中のエストロン濃度だけでなくIGF−1濃度も高くなりました。100ng/mlの硫酸エスロトン水溶液では血清中のエストロン濃度は高くなりましたが、IGF−1濃度には変化がありませんでした。
 牛乳をラットに飲ませるとIGF−1濃度が高くなるという事実は重要です。牛乳群とES水溶液群を比べると統計学的に有意ではないものの、腫瘍の発生率、発生した腫瘍数、腫瘍のサイズのいずれも牛乳群>ES水溶液群でした。日本で市販されている低脂肪牛乳には100ng/mlの硫酸エストロンを凌ぐDMBA乳がんの発生促進作用があります。これはおそらく、牛乳はエストロジェンを含んでいるだけではなく、体内のIGF−1濃度を高める作用があるからでしょう。
 牛乳には多量のIGF−1が含まれています。このIGF−1が直接吸収されるのかどうか現時点では明らかではありませんが、人を対象とした介入実験で、牛乳飲用が血液中のIGF−1濃度を高めることが知られています。

スライド49:DMBAー乳がん実験のまとめ

 牛乳は女性ホルモンとインスリン樣成長因子(IGF−1)の協同作用によってDMBAー乳がんの発生を促進します。

スライド50:牛海綿状脳症(狂牛病)

 最後に、「牛乳、ホルモン、健康」とい本ワークショップの主題とは直接の関係はありませんが、牛海綿状脳症(狂牛病)に関して一言述べることをお許しいただきたいと存じます。この話をしませんと、次に述べる私の提案の趣旨が伝わらないと思うからです。
 牛海綿状脳症は俗に狂牛病(Mad Cow Disease)と呼ばれるように、乳牛(cow)の病気です。
 日本で発生した牛海綿状脳症は9月28日現在で29頭です。そのうち28頭はホルスタイン種の乳牛でした。1頭は10頭の肉用子牛を産んだ14歳のメス牛でした。牛海綿状脳症は現代酪農技術が生み出した病気といってもよいでしょう。
講演者註:農林水産省は11月13日、北海道千歳市で飼育されていた雌の乳牛(5歳4か月のホルスタイン)がBSE(牛海綿状脳症)に感染していたと発表しました。これで国内で確認された感染牛は30頭目となり、うち29頭が乳牛種ホルスタインということになります。今回感染が判明した牛は、BSEの感染原因とみられる肉骨粉が餌として禁止される前の2001年6月に生まれたということです> 

スライド51:提案

 自然の営為から遠く離れたしまった現代の酪農を立て直すために提案があります。それは、世界の酪農家が妊娠していない乳牛から搾った牛乳を消費者に提供することです。

スライド52:妊娠していない牛から搾ったミルク

 非妊娠牛から牛乳(MILK FROM NON-PREGNANT COWS)は1リットル10ドル(1000円)で売れるでしょう。チーズも、バターも、アイスクリームもすべてこの妊娠していない牛から搾った牛乳から作るのです。一方、妊娠している牛から搾った牛乳(MILK FROM PREGNANT COWS)は1リットル1ドル(100円)ぐらいで店頭に並ぶことになるでしょう。この妊娠ミルクには「あなたの健康を損なうおそれがありますので飲み過ぎに注意しましょう」というラベルが必要です。
講演者註:アメリカのスーパーでは牛乳は1ガロン(3.8リットル)入りのポリ容器で売られていました。値段は3ドル。1度に3カートンも買っている人がいました。どうやって11.4リットルもの牛乳をわずか1週間で飲むのでしょう、きっと水替わりに飲むのでしょうね>

スライド53:おわりに

 
牛乳・乳製品はみなさまが長い時間をかけて築き上げた食生活の伝統の過程で生まれた食品です。この食文化に対してあれこれ申すのは失礼と思いますが、今や欧米の文化が世界を席巻しています。異文化に生きる私の主張に耳を傾けていただいたことに深く感謝いたします。

おわり


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