乳・乳製品の女性ホルモンは人間に確たる影響を与える

2006年8月18日の毎日新聞夕刊が「乳・乳製品中の女性ホルモン」を一面トップに取り上げた。この記事を受けて、9月16日に日本経済新聞も「牛乳論争」を取り上げた。両紙の記事に対する反論は本ホームページの「牛乳と日本の少子化」に「乳・乳製品の女性ホルモンは「微々たるもの」ではない」という一文を付記したが、場所柄見にくいというご意見をいただいたので、文章を改定してトップに搭載する。

まず、毎日新聞の記事全文を紹介しよう。

毎日新聞・夕刊2006年(平成18年)8月18日
「牛乳有害」って本当? 栄養学的には少数派
・卵巣がんリスク上昇 ・子牛用飲むの不自然 ・工業化飼育法に問題

「健康飲料の代名詞的存在の牛乳を「有害」とする説が書籍やネットで取り上げられ、波紋を広げている。一方で「有益」とする考え方は、栄養学の世界で今も多数派だ。主な論点を知っておきたい。【小島正美】

端緒となったのは、昨年出版されてベストセラーとなった「病気にならない生き方」(サンマーク出版)だ。著者の新谷弘実氏は米国在住の著名な胃腸内視鏡外科医。長年の臨床経験から導き出した食生活の改善法をまとめた本だが、このうち牛乳に関する記述が特に注目された。さらに今年、環境ホルモンの観点からの有害説も登場し、すそ野が広がった。

牛乳に多く含まれるカルシウム。摂取源として牛乳は有益なのか。有益でないとする根拠の一つが骨粗しょう症と牛乳との関係だ。

日本人が1年間に飲む牛乳は1人平均約35リットル。デンマークやオランダなどは優に100リットルを超える。その差は4倍前後にもなる。しかし、高齢者の大腿骨頸部(太ももの付け根)の骨折率は北欧諸国の方が日本より高い。このため「防止策にならない」との指摘がある。

これに対して近畿大医学部の伊木雅之教授は「平均的な骨の密度は北欧人の方が高く、体形の問題が大きい」とみる。同教授によると、背骨の骨折率は日本人の方が高いが、大腿骨では逆転する。「西欧人の大腿骨頸部の骨は斜めに斜めに長く伸びているため、お尻が大きくて体重が重い西欧人は転倒などで骨折しやすい。北欧人の牛乳摂取量が少なかったら、骨折はもっと増えるはずだ」という。

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子牛の成長を促す牛乳には、硫酸エストロンなどの女性ホルモンが含まれている。佐藤章夫・山梨医科大学名誉教授はこの視点から、今年6月の環境ホルモン学会で「硫酸エストロンはビスフェノールAなどの環境ホルモン(内分泌かく乱物質)よりも強い」との説を発表し、注目された。

同名誉教授は、雌ラットに発がん物質と同時に牛乳や水などを与えた実験結果から、牛乳に乳腺腫瘍を促進させる作用があったとして「牛乳を大量に飲み続けると卵巣がんなどのリスクが高まる」との仮説を提起した。

これに対し、山口大農学部の中尾敏彦教授(獣医学)は「牛乳中のホルモンを摂取しても、女性の体内を流れているホルモンの量に比べれば微々たるもの」と影響に疑問を呈す。一方、新潟大医学部の中村和利助教授(公衆衛生学)は「牛乳とがんとの関係はまだ仮設の域を出ておらず、冷静な議論が必要だ」と話す。

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ネットで取り上げられることが多い有害説の論拠の一つが「牛乳は子牛が飲むもの。人が他のほ乳動物の乳を飲むのは不自然」との考え方だ。

これについて岐阜大学応用生物科学部の金丸義敬教授(食品機能化学)は「野菜や肉、魚なども人間のために存在しているわけではなく、牛乳も数ある食材の一つ。必要な栄養素を牛乳からとってもおかしくない」と話す。

飼育法の問題を指摘する声もある。いま、酪農家たちは大量の乳を出すスーパーカウ育成を目指しており、酪農学園大大学院の中野益男教授(環境生化学)は「飼育法が工業化され、牛の生理に合わなくなっている問題は確かにある」と言う。「ただ、だからといって牛乳自体が有害というわけではなく、牛乳と飼育法の問題は分けて考えるべきだ」と話す。【引用おわり】

この毎日新聞の記事は、「日本で市販されている牛乳の7割は妊娠した牛から搾られている」という現代酪農の最も重要な影に一言も触れていない。つまり、この新聞記事はこの事実を隠蔽したのである。デスクが小島さんの原稿に手をいれたのだろう(小島さんは6月の環境ホルモン学会で私の講演を聴いてこの酪農の実態を知っている)。

金丸教授のいうように、人間は空飛ぶものは飛行機以外、脚あるものは机以外何でも食材にしてきた。たしかに必要な栄養素を牛乳からとってもおかしくない。しかし、100年ほど前から先進国の酪農が変わってしまった。乳を搾りながら牛を妊娠させ、胎仔を宿している妊娠牛からも搾乳するようになったのである。

山口大学の中尾敏彦教授は「牛乳中のホルモンを摂取しても、女性の体内を流れているホルモンの量に比べれば微々たるもの」というコメントを寄せている。毎日新聞は牛乳による乳腺腫瘍の発生促進だけを取り上げたが、牛乳中の性ホルモンがもつ深刻な問題は前思春期の男の子に対する影響である。牛乳によって骨粗しょう症になったり、前立腺がん(男)や乳がん・卵巣がん(女)になっても、その人一代限りのことであるが、男の子に対する影響は次世代までおよぶ。

現在の牛乳は「妊娠動物の白い血液」であり、牛乳中女性ホルモン濃度は妊娠牛の血液中ホルモン濃度と同等あるいはそれ以上である。中尾教授は、牛乳中のホルモンの量を成熟女性の体内に存在するホルモン量と比べるという誤りをおかしている。人間で最も女性ホルモンが低いのは前思春期の男の子である。妊娠牛から搾ったホルモン入り牛乳が男の子の将来に与える影響が牛乳ホルモン問題の核心にある。

最近出版された論文[]に基づいてこの問題を論じてみる。

自然界に存在する女性ホルモンの一つであるエストロゲン(卵胞ホルモン)は外因性内分泌撹乱物質(環境ホルモン)よりホルモン活性が少なくとも1万倍は高い。乳・乳製品に含まれている女性ホルモンは人間の性発達に与える影響が大きい。乳・乳製品に由来するエストロゲン、プロゲステロン(黄体ホルモン)は人間のものと同一である。

米国食品医薬品局(FDA)は、女性ホルモン濃度が最も低い前思春期の男の子の体内産生量の1%を外から摂取する性ステロイドホルモンの安全摂取量と定めている(http://www.fda.gov)。エストロゲンの一つであるエストラジオールを例にとってみよう。

FDAは前思春期男子のエストラジオールの体内産生量として6・5マイクログラム(マイクログラム=1000分の1グラム)という数値を採用している。したがって、6・5マイクログラムの1%である65ナノグラム(ナノグラム=10億分の1グラム)がエストラジオールの一日許容摂取量(ADI:Acceptable Daily Intake)となる。FDAの数値は「食品添加物に関するFAO/WHOの共同専門委員会(JECFA)の数値[]を借用したのである。しかし、その算出根拠となった前思春期の男の子のエストロゲンの体内生産量は極めて疑わしい数値で、この一日許容摂取量には多くの疑問が寄せられている[3-5]。

あるホルモンの体内産生量はそのホルモンの24時間代謝クリアランス(MCR:Metabolic Clearance Rate=ホルモンが血液中から代謝によって除去される速度で、除去されたホルモン量を含む血液量または血漿量で表す)とそのホルモンの血漿濃度から次式で求められる。

    体内産生量(マイクログラム/日)=血漿濃度(マイクロ
    グラム/ミリリットル)x MCR (ミリリットル/日)

JECFAとFDAは、前思春期の子どものエストラジオール産生量の計算に、1)古い方法で測定した著しく高い前思春期の子どもの血漿エストラジオール濃度を用い、2)前思春期の男の子に比べて大きい成人女性の代謝クリアランスを用いた。したがって、JECFAとFDAが計算した前思春期男子のエストラジオールの体内産生量は実際の数値に比べて100-200倍も高い[]。つまるところ、100-200倍も高い値が安全量として定められているのである。

Kleinら[]の新しい測定値に基づいて計算しなおすと、前思春期男子のエストラジオールの体内産生量は0・04-0・1マイクログラム(40-100ナノグラム)になる[]。体内生産量0・04マイクログラムから計算した一日許容摂取量は0・4ナノグラム(0・04マイクログラムの1%)である。仮に体内産生量を0・1マイクログラムとしても一日許容摂取量は1ナノグラム(0・1マイクログラムの1%)である。

前思春期の子どものエストラジオール産生量に関して完全に意見の一致がみられているわけではないが、最近の研究はすべて前思春期のホルモンレベルがかつて信じられていたよりもずっと低いことを明らかにしている。Kleinら[]は、10年間の測定経験から前思春期の少年の血清中エストラジオール濃度が1ミリリットルあたり0・4ピコグラム(ピコグラム=1兆分の1グラム)であることを確認している。

因みに現在の日本の子どもは平均して1日320グラムの乳・乳製品を摂っており1日当りのエストロン摂取量は100ナノグラムに達する。すなわち、エストロンだけで計算しても、現在の日本の男の子は体内産生量とほぼ等量の女性ホルモンを乳・乳製品から毎日摂りつづけているのである。

1960-70年代に乳児用調整粉乳で子どもを育てることが流行した。この粉乳の原料の70%は牛乳であった。今となっては測ることができないが、この調整粉乳にも相当量の女性ホルモンが含まれていたに違いない。この頃に生まれた日本人(団塊ジュニア)の相当数は乳児用粉ミルクで育てられただろう。そしてその後も保育園・幼稚園・小学校・中学校で牛乳を半強制的に飲まされた。この子たち(とくに男の子)はまともに育っただろうか。

つづいて2006年9月16日の日経新聞に、「牛乳論争は妥当か」という記事が掲載された。この記事も私の主張に関係があるので全文を紹介する。

日本経済新聞2006年(平成18年)9月16日
「牛乳論争」は妥当か 
「骨は強くならない」  専門家らは反論
「性ホルモンが心配」  リスク判断不能
「牛乳は太りやすい」  逆の実験結果も

牛乳がにわかに論争の的になっている。書籍なので「牛乳は健康によくないのでは」との説が取り上げられ、話題になったからだ。栄養価に優れる優等生的な食品というイメージが強い牛乳だが、今回の牛乳論争に学ぶものはあるだろうか。専門家の意見を聞いてみた。

【疑問1 牛乳を飲んでも骨は強くならない?】 書籍などを通して広がったのは「牛乳をたくさんとる米国や北欧で股(こ)関節骨折が多く、牛乳は骨粗しょう症予防に役立たない」とする仮説だ。

社団法人日本酪農乳業協会の「牛乳の知識」によれば、スウェーデンやデンマークの飲用牛乳類の消費量は、一人が年間140キログラムで日本の三倍以上だが、「多くの研究データが西欧諸国の人たちの大腿骨けい部の骨折が日本人の二-六倍あることを示している」(辻学園栄養専門学校中央研究室の広田孝子教授)。

しかし骨粗しょう症予防に取り組む研究者からは、牛乳が骨を強くしないとの説に異論が出ている。近畿大医学部の伊木雅之教授(公衆衛生学)は「北欧の人たちの方が日本人より骨密度は一-二割程度高い。大腿骨けい部骨折が多いのは足(ママ)が長く、体重が重いといった体格差が出ているためだ」と説明する。

先の広田教授も実は異論を唱える一人だ。「牛乳を飲む人ほどカルシウムが骨に貯蔵され、骨量が増えるという説がデータの九五%を占めている」と指摘し「一日に約八百ミリグラムのカルシウムを牛乳や乳製品でとる北欧の人たちに対し、百二十ミリグラムにとどまる日本人の背骨の骨折率は、北欧の人より高い」と反論する。

【疑問2 牛乳に含まれるホルモンが心配】 牛乳がもともと子牛の成長を促す分泌液で、人が飲むのは実は適さないとの説が出ている。牛乳中に含まれる性ホルモンが働き、大量に飲むと健康を害するのではないかとの仮説も不安視されている。さらに「乳牛が抗生物質や成長ホルモンを与えられて育っているため、それが人に悪影響を与えるのではないか」と心配する声もある。

こうした疑問について専門家はどんな見解を示すだろう。信州大の細野明義名誉教授(畜産物利用学)は「牛乳の性ホルモンを本格的に調査したデータはなく、確かにまったく害がないとは言い切れない」と指摘した。ただし「牛乳工場で加熱処理をすれば牛乳中の性ホルモンは活力を失うはず」だという。

成長ホルモンについてはどうか。農林水産省安全管理課はまず「国内での使用は承認されていない」と説明した。細菌性の病気にかかった乳牛に抗生物質を与える場合は、搾乳を開始するまで十二時間以上時間を置くよう定めているため「牛乳中に基準値を超えて成分が残留することはない」との見解だった。

【疑問3 牛乳は太りやすい?】 日本食品成分表によると、普通牛乳のエネルギーは、百グラム当たり六十七キロカロリー。脂質は三・八グラム含まれている。水や茶飲料代わりに飲むと確かに体重は増えるだろう。だが辻学園の広田教授のように、牛乳の豊富なミネラル分に目をつけ、これを効率の良い減量に利用しようという発想の研究者もいて、見解が対立している。

広田教授は、女子学生の協力を得て調査をしていた。低脂肪乳二百ミリリットルを食前に飲み、軽い運動をしたグループは、牛乳を定期的に飲まなかった女子学生のグループに比べ体脂肪量の減少が大きかった。同時に「牛乳を飲んだグループは体脂肪は減っても、筋肉量が増えた」こともわかった。「牛乳は減量につきものの空腹感を制御するのに効果的なので、筋肉を落とさずに減量したいと思う人にすすめられる」と広田教授は話す。

牛乳をめぐる論争が起きていることについて、日本酪農乳業協会の本田浩次会長は「牛乳の食品としての機能性については、研究者が科学的実証を積み上げてきている。今後も消費者にそのよさをアピールしていきたい」と強調する。興味本位ではない冷静な判断が必要だろう。【引用おわり】

辻学園の広田孝子教授によると「牛乳を飲む人ほどカルシウムが骨に貯蔵され、骨量が増えるという説がデータの95%を占めている」そうだが、私は「牛乳が骨粗しょう症を予防する」と主張する論文で酪農業界から資金提供を受けていない研究者の論文はただの1編も読んだことがない。広田先生、「牛乳を飲んだ女子学生では体脂肪が減った」という研究が業界から資金提供を受けていないお仕事でしたら、別刷りを1部ご恵与いただけると幸いです。メールをいただけませんか。広田先生のお知り合いの方は、是非、私の要望を広田先生にお伝えください。

記事の中で信州大学・細野明義名誉教授は「牛乳の性ホルモンを本格的に調査したデータはなく、確かにまったくリスクがないとは言い切れない」「ただし、牛乳工場で加熱処理をすれば牛乳中の性ホルモンは活力を失うはず」と述べている。細野名誉教授は牛乳に含まれている性ホルモンがステロイドホルモンであることをご存知ないようだ。ステロイド骨格の性ホルモンは125-130度・数秒間の高熱滅菌では壊れないことはすでに実証済みである。日本で市販されている牛乳がホルモン作用を示すことはすでに実験的に検証されている[]。日経新聞の疑問に関してはすべて「食に関する一日一話(1)」を参照していただきたい。

日経の記事は最後に日本酪農乳業協会本田浩次会長の「牛乳の食品としての機能性については、研究者が科学的実証を積み上げてきている。今後も消費者にそのよさをアピールしていきたい」という言葉を引用し、ご丁寧にも「興味本位ではない冷静な判断が必要だろう」と結んでいる。そう、まさしく今こそ「冷静な判断」が必要なのである。

牛乳飲用の歴史がわずか55年ほどの日本で「欧米人が飲んでいるからよいものにちがいない」と牛乳・乳製品を勧める大学関係者は無知(無恥)か脳天気の単なる業界の御用学者である。科学的実証など全くないが、商売だから酪農乳業協会が牛乳の効用を宣伝するのは当然である。しかし、天下の公器たる一般新聞が特定の業界の提灯持ちであってはならない。肩入れするのは業界新聞である。業界の動きに敏感に反応する日本経済新聞でなければこのような記事は掲載できないだろう。日経に比べると毎日の記事はそれなりに中立であった。


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