牛乳カルシウムの真実

牛乳・乳製品が心筋梗塞を招く

1. ミルクは赤ん坊の飲みもの

前述のように、哺乳類は生まれたときの体重がほぼ3倍になるまで母乳で育つように設計されている。だから、3kg強で生まれたひとの子は母乳だけで1年かけて体重が3倍の10kgほどになる。誕生日を過ぎれば母乳を必要としない。ウシは40〜50kgで生まれ、3ヵ月で3倍の120〜150kgに育つ。その後、子ウシは親ウシと同じように草を食って12〜14ヵ月で妊娠可能なほどに育つ。母ウシが子ウシの哺育用に分泌する体液が牛乳である。乳飲みの子ウシは速やかに生長する(1日に1kgも体重が増える!)から、乳液は大量のカルシウムを含む(120mg/100mlで、含有量は母乳のほぼ4倍)。一旦離乳してしまえば、哺乳類は多量のカルシウムを含むミルクを必要としないのである。

2005年の栄養摂取基準で、カルシウム摂取量の目標量(30〜69歳)は1日600mgということになった。この日本の数字はどのように得られているのか。日本でのカルシウム所要量の決め方に触れておく。カルシウムの吸収量([尿中排泄量+経皮的損失量+体内蓄積量])を計算し、これを吸収効率(=[摂取量−糞中排泄量]/[摂取量])で割った数値を必要摂取量としている。しかし、[体内蓄積量]は測定できないから、実際には現実のカルシウム摂取量に約2割を加えた数値が摂取基準となっている。要するに前述のゼロバランス(zero calcium balance)に安全(?)量を加えて必要摂取量を定めているのである。

吸収されたカルシウムの行き先([尿中排泄+経皮的損失+体内蓄積])で、成人で最も大きなのは尿中排泄である。肉や乳製品を大量に食べる欧米人は大量のカルシウムを尿中に排泄することは先に述べた。アメリカ人は毎日およそ200mgのカルシウムを尿中に排泄することでカルシウム平衡を維持している。摂取されたカルシウムの大半は吸収されずに糞中に排泄されるが、たとえ吸収されても尿中に捨てられるだけである。日本の成人のカルシウム摂取量は400〜500mgで十分である。日本人はすでに1日546mgものカルシウムを摂っている(2005年度国民健康・栄養調査)。60代の日本人はなんと597mgも摂っている。「骨粗鬆症の予防のためにカルシウムを摂りましょう(=牛乳を飲みましょう)」という宣伝が行きわたっているためである。高齢者にヨーグルトを勧めるお医者さんや栄養士さんがいる。牛乳を飲めない日本人(腹痛や下痢を起こす)でもヨーグルト(発酵乳)は飲めるからである。昨今の日本人はカルシウムを摂り過ぎる!

2. カルシウムは沈着しやすい

カルシウムは筋収縮や神経伝達に必須な元素で、その細胞内濃度は血漿中濃度の1/1000に厳密に調整されていることは上述した。血液中のカルシウム濃度も8・6〜10・1mg/dlの一定範囲に調整されている。牛乳を介して大量のカルシウムを日常的に摂取すればどうなるか。たとえ吸収されても、腎臓が余分なカルシウムを尿中に排泄するから、血液中のカルシウムが9mg/dl前後の一定範囲に保たれている(ホメオスタシス)。ところが、この過程で血液中のカルシウムは身体の軟部組織に沈着する。とくに傷ついた組織あるいは異物の付着した組織に沈着しやすい。動脈硬化という傷をもつ血管は、カルシウム沈着の格好の標的となる。血液中にあふれるカルシウムはとくに血管内膜へのコレステロールなどの侵入によって形成される肥厚斑(プラーク)の周辺部に好んで沈着する。心臓を養う血管(冠動脈)のプラークにさらなるカルシウム沈着が起こって次第に管腔が狭まる[]。これが虚血性心疾患の始まりである。冠動脈の血流が途絶えると心筋梗塞を起こす。

骨粗鬆症の多い国々(欧米)では心筋梗塞が多い。骨粗鬆症の女性は心筋梗塞になりやすいことが知られている[2]。骨粗鬆症と心筋梗塞を結びつけているのは動物性食品(獣肉と乳・乳製品)である。骨から離脱したカルシウムが冠動脈に沈着して高度の冠動脈硬化を起こすからである。

カルシウムがいかに沈着しやすい元素であるかは、歯石を例にとればわかりやすい。みなさんの中には歯周病の予防のために半年に一回は歯科医院に歯石をとってもらっている方がいらっしゃるだろう。あの歯石は磨き残した食べ物のカスに細菌が巣くって生じた歯垢に唾液中のカルシウムが沈着してできる石のように硬い付着物である。普通の歯ブラシで取り除くことはできない。毎日歯を磨きつづけても歯石は少しずつ増える。歯石の表面は凹凸しているからさらにここに歯垢がたまり、歯肉を刺激して歯周病を誘発・悪化させる。

3. なぜ欧米に心筋梗塞が多いのか:カルシウムが冠動脈に沈着する

国際的に眺めると、日本人に比べて、欧米では圧倒的に多数の人々が虚血性心疾患(心筋梗塞)で死亡している。国連人口統計年鑑(Demographic Yearbook 2000)によると、虚血性心疾患の死亡率(人口10万対)は日本で56・9(1997年)であるが、最も高いスウェーデンは260・8(1996年)、第二位のフィンランドは253・1(1996年)、次いでイギリスの235・5(1998年)、ドイツの217・9(1998年)と続いている(図9)。アメリカの死亡率173・9(1997年)は北欧諸国の死亡率より低いが、それでも日本の3倍を超えている。なぜ、欧米にはこんなに心筋梗塞が多いのだろうか。

アメリカには心筋梗塞が多い。アメリカの若者には冠動脈硬化が高率に発生する。今でも語り継がれている有名な話に、朝鮮戦争で戦死したアメリカ軍兵士の剖検報告がある[,]。若い韓国兵には皆無であったが、アメリカ兵戦死者300名(平均年齢22歳)の77%に何らかの動脈硬化の病変がみられ、39%にプラーク(内膜の斑状肥厚性病変)による冠動脈の狭窄がみられた。戦争という極限状態にあった兵士の剖検記録であるから多少割り引いて考えなければならないが、アメリカ軍兵士の幼いころからの食事が冠動脈の硬化をもたらしたと考えられる。

最近、冠動脈硬化・心筋梗塞の診断と予後判定に有効な手段としてEBCT(Electron-Beam Computed Tomography;電子ビームコンピュータ断層撮影)が用いられるようになった[]。心筋梗塞がアメリカほど深刻ではないこともあってか、日本ではEBCTによる冠動脈石灰化のスクリーニングはあまり行われなかったが、最近は注目されるようになっている[6]

40歳代の日本人男性100名と、同じく40歳代のアメリカ人男性100名の冠状動脈へのカルシウム沈着を測定した報告がある[]。これによると、冠動脈硬化・心筋梗塞の危険因子とされる血圧・総コレステロール・LDL-コレステロール(悪玉コレステロール)・血糖値・喫煙率はすべて日本人の方がアメリカ人より高いのに、日本人の冠動脈の石灰化はアメリカ人よりはるかに低かった(図10)。どうして、日本人とアメリカ人でこんなに違うのか。私は、日本とアメリカで乳・乳製品の摂取量(=カルシウム摂取量)が大きく異なるからであると考えている。しかし、この研究の報告者は、虚血性心疾患による日本人の死亡がアメリカ人よりずっと少ないのは、日本人がn-3系脂肪酸(EPA、DHAなど)を多量に含む魚介類をたくさん食べるからだと推論し、カルシウム摂取量の差異には一顧だにしない[8]。この方々は、まさか、カルシウムのような優れたミネラルが心臓に悪さをしているなどとは思いもしなかったのだろう。

かつて、胃潰瘍の治療に、アメリカの内科医シッピー(Sippy BW)が考案した、患者に大量の牛乳を飲ませるというシッピー療法が用いられたことがある。胃酸を中和するために重炭酸ソーダを飲ませ、2時間後から牛乳と乳脂の混合液を摂取させるというものであった。牛乳が保護膜を作って胃壁を守ると考えたのである。1950年代に、このシッピー療法を受けた胃潰瘍患者に心筋梗塞が多発することが問題になった。ブリッグス(Briggs RD)[9]はアメリカとイギリスの病院における1940〜1959年の剖検記録から胃潰瘍でシッピー療法を受けたことのある剖検例(アメリカで97例、イギリスで95例)、胃潰瘍になったがシッピー療法を受けなかった剖検例(アメリカで97例、イギリスで95例)を集めて、シッピー療法と心筋梗塞の関係を調査した。同時に、それぞれの国で、胃潰瘍でない患者の剖検記録から年齢、人種、死亡時期の近い症例を胃潰瘍症例と同数(アメリカ194例、イギリス190例)選び出して対照群とした。

その結果、アメリカでシッピー療法を受けた胃潰瘍患者(97例)のうち35例(36%)が心筋梗塞で死亡したが、シッピー療法を受けなかった胃潰瘍患者(97例)に発生した心筋梗塞は15例(15%)で、シッピー療法を受けた患者には明らかに心筋梗塞が高率に発生していた(図11左)。イギリスでも同様で、シッピー療法を受けた胃潰瘍患者(97例)では17例(18%)に心筋梗塞が発生し、シッピー療法を受けなかった胃潰瘍患者(97例)に発生した心筋梗塞は3例(3%)に過ぎなかった(図11右)。

この調査結果が報告されてから、胃潰瘍に対するシッピー療法は行われなくなった。当時(1960年代)は牛乳・クリームで心筋梗塞が起こるのは牛乳やクリームに含まれている乳脂肪(飽和脂肪)が冠動脈に動脈硬化を起こすことが原因であると考えられていた。上で述べてきた話を総合すると、牛乳中の飽和脂肪はたしかに肥厚性病変(プラーク)の形成に一役買っていたであろうが、この病変にカルシウムが沈着して高度のプラークとなり、心筋梗塞を起こしたと考えるのが妥当である。

乳・乳製品を多量に摂取するスウェーデン、フィンランド、ノルウェイ、デンマークなどの北欧諸国は虚血性心疾患の死亡率が高い。先に掲げた「世界各国の虚血性心疾患(心筋梗塞)の死亡率(図9)」に収載されている30ヵ国の虚血性心疾患の死亡率と牛乳・乳製品の摂取量の間には高度の相関関係(r=0・78)が認められる(図12[10]。近年は増えているが、欧米人に比べると日本人の乳・乳製品の消費量は少ない。したがって、今後とも、日本の心筋梗塞が欧米並にになることはないだろう。しかし、日本では脳梗塞が増えている。日本人の動脈硬化は冠動脈よりも脳動脈に発生しやすい。日本人の脳動脈硬化の最大の危険因子は高血圧であるが、カルシウムの沈着もこの硬化の増悪に一役買っているのかもしれない。

文献

1. Schmermund A, Molenkamp S, Erbel R. Coronary artery calcium and its relationship to coronary artery disease. Cardiology Clinics 71: 521-534, 2003.

2. Tanko LB, Christiancen C, Cox DA, Geiger MJ, McNabb MA, Cummings SR. Relationship between osteoporosis and cardiovascular disease in postmenopausal woman. Journal of Bone and Mineral Research 20: 1912-1920, 2005.

3. Enos WF, Holmes RH, Beyer J. Coronary disease among United States soldiers killed in action in Korea; preliminary report. Journal of American Medical Association 152: 1090-1093, 1953.

4. Enos WF Jr, Beyer JC, Holmes RH. Pathogenesis of coronary disease in American soldiers killed in Korea. Journal of American Medical Association 158: 912-914, 1955.

5. O'Rourke RA, Brundage BH, Froelicher VF, et al. American College of Cardiology/American Heart Association Expert Consensus document on electron-beam computed tomography for the diagnosis and prognosis of coronary artery disease. Joirnal of American College of Cardiology 36: 326-340, 2000.

6. 関川暁、岡村智教、門脇崇、他.潜在的動脈硬化所見の早期発見とその公衆衛生学的意義.米国における電子ビームコンピュータ断層撮影を用いた虚血性心疾患初回発症予防の取り組み.日本公衆衛生学雑誌 2003; 50: 183-93.

7. Sekikawa A, Ueshima H, Zaky WR, Kadowaki T, Edmundowicz D, Okamura T, Sutton-Tyrrell K, Nakamura Y, Egawa K, Kanda H, Kashiwagi A, Kita Y, Maegawa H, Mitsunami K, Murata K, Nishio Y, Tamaki S, Ueno Y, Kuller LH. Much lower prevalence of coronary calcium detected by electron-beam computed tomography among men aged 40-49 in Japan than in the US, despite a less favorable profile of major risk factors. International Journal of Epidemiology 34:173-179, 2005.

8. Sekikawa A, Curb JD, Ueshima H, El-Saed A, Kadowaki T, Abbott RD, Evans RW, Rodriguez BL, Okamura T, Sutton-Tyrrell K, Nakamura Y, Masaki K, Edmundowicz D, Kashiwagi A, Willcox BJ, Takamiya T, Mitsunami K, Seto TB, Murata K, White RL, Kuller LH; ERA JUMP (Electron-Beam Tomography, Risk Factor Assessment Among Japanese and U.S. Men in the Post-World War II Birth Cohort) Study Group. Marine-derived n-3 fatty acids and atherosclerosis in Japanese, Japanese-American, and white men: a cross-sectional study. Journal of American College of Cardiology 52:417-24, 2008.

9. Briggs RD, Rubenberg ML, O'Neal RM, Thomas WA, Hartroft WS. Myocardial infarction in patients treated with Sippy and other high-milk diets: an autopsy study of 15 hospitals in the USA and Great Britain. Circulation 21: 538-542, 1960.

10. Ganmaa D, Sato A. Mortality from ischemic heart disease in relation to world dietary practices (未発表資料).


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