牛乳カルシウムの真実

牛乳と骨粗鬆症

1. 骨粗鬆症は牛乳をたくさん飲む欧米諸国に多い

もう一つの牛乳の売りは「骨を丈夫にし、骨粗鬆症を予防する」である。それでは、乳・乳製品をたくさん摂る西洋人には骨粗鬆症や骨折が少ないだろうか。大方の予想に反して、西洋人は日本人に比べて大腿骨頚部骨折(原因は骨粗鬆症)を起こしやすい[1-5]。例えば、35歳以上の女性の大腿骨頚部骨折の発生率はイギリスのオックスフォードで人口10万対202であるが、鳥取県の同年齢の女性の発生率は半分以下の90である[2]

カルシウム摂取量の多い国ほど骨粗鬆症が多いというカルシウム・パラドックスを初めて報告したのはハーバード大学のヘグステッド(Hegsted DM)である[]。彼が取り上げた国は10カ国に過ぎないが、アメリカやニュージーランド、スウェーデンなどのカルシウム摂取量の多い国(=乳・乳製品の消費量が多い国)では、シンガポールや香港などの摂取量の少ない国に比べて大腿骨頚部骨折が非常に多い(図7)。

つづいてアベロウ(Abelow BJ)[4]は、16カ国の動物性タンパク質およびカルシウムの摂取量と50歳以上の女性の骨折発生率との関係を調べた。その結果、カルシウムの摂取量および動物性タンパク質の摂取量と骨折の間に強い正の相関関係が認められた(図8には動物性タンパク質の摂取量と骨粗鬆症の関係を示した)。つまり、肉や乳・乳製品をたくさん摂取している国ほど骨折が多かったのである。アベロウは、カルシウムをたくさん摂取しても、動物性タンパク質の摂取量が多いと酸・塩基平衡が酸性側に傾き、骨のカルシウムが溶け出して尿中に排泄されてしまうから骨粗鬆症になるのだと考えた(これについては再述する)。

イギリスと日本で骨量と骨折(大腿骨頚部骨折)を比較した疫学研究[5]にも触れておく。この研究は、ハートフォードシャーの男172人および女143人と和歌山県太地の男86人および女90人について、体格、骨量(大腿骨頚部と腰椎)、生活習慣(飲酒、喫煙、カルシウム摂取量、屋外活動)などを比較したものである。イギリスでは4年後、日本では3年後に再検査して加齢による骨量変化を比較した。初回測定の骨量は男女ともにイギリス人の方が多かったが、骨量の1年当たりの減少率は男女ともにイギリス人の方が大きかった。つまり、イギリス人の骨量は、日本人に比べて、加齢とともに急速に減少したのである。この傾向はとくにイギリス人女性で顕著にみられた。この調査では、男女とも、体格(BMI)はイギリス人の方が大きく、屋外運動量もイギリス人の方が多かった。体格が大きく、運動量が多いということは骨量減少の予防に役立つことである。それにもかかわらず、加齢に伴う骨量の減少はイギリス人の方がより急速であった。牛乳の飲める西洋人(乳糖分解酵素活性持続症)においても、牛乳は骨粗鬆症を予防できないのである。

牛乳を飲んでも骨粗鬆症の予防にならないことはアメリカで行われた大規模疫学調査[6,7]においても確認されている。そのためアメリカでは、1998年から、「骨粗鬆症の予防に牛乳を」というコマーシャルがメデイアから消えた。日本でも2003年から骨粗鬆症に絡めた牛乳の宣伝が行われなくなったことにお気付きの方もおられるであろう。ただ、日本の場合は理由が明らかでない。5年遅れでアメリカに追随したことになるが、おそらく厚生労働省が酪農業界と乳製品業界に自粛を要請したのだろう。

牛乳を飲まないということはカルシウム摂取量が少ないことと同義に扱われるが、牛乳を飲まない日本人の方が牛乳を多量に飲む欧米人より骨量の減少が少ないというカルシウム・パラドックスをどのように解釈したらよいのだろうか。

2. 牛乳は予防にならないどころか骨粗鬆症をかえって助長する

なぜ、牛乳や乳製品のカルシウムが骨粗鬆症の予防にならないのか。前項で、動物性タンパク質・カルシウムの摂取量の多い国ほど骨粗鬆症による骨折が多いというアベロウの研究[4]を紹介した。アベロウはその理由を次のように説明している。牛乳消費量の多い国では牛乳に加えて肉・チーズなどの高タンパク食品の摂取も多い。タンパク質を構成するアミノ酸の中に、メチオニン・システインなどの含硫アミノ酸がある。動物性タンパク質は植物性タンパク質に比べてこれらの含硫アミノ酸を多く含む。含硫アミノ酸は分解されて最終的に硫酸イオンとなり、体液の酸・塩基平衡を酸性側に傾ける。酸性になった体液をアルカリで中和して酸・塩基平衡を保たなければならない。中和に用いられるアルカリ源はカルシウムである。体内のカルシウムの99%は骨に存在する。中和にはもっぱら骨のカルシウムが使われる。実際、動物性であれ植物性であれ、タンパク質の摂取量が増えると尿中に排泄されるカルシウムが増えることは、1970年代に行われた代謝実験でよく知られた事実となっている[8-12]

アメリカの骨・ミネラル学会は、1997年、「高タンパク食の骨代謝に与える影響」をめぐってシンポジウムを開催した。このシンポジウムで、アルバート・アインシュタイン医学校のバーゼル(Barzel US)とワシントン大学のマッセイ(Massey LK)は「必要以上にタンパク質を摂ると骨量が減る」ことを強調し、骨粗鬆症の予防のためにはタンパク質摂取を少なくし、野菜や果物(ともにカリウムが多い)を多く摂ることを勧めている[13]。一方、クレイトン大学のヒーニー(Heaney RP)は、高タンパク食がカルシウムの尿中喪失を促すことは間違いないが、失われる以上にたくさんのカルシウムを摂れば骨量の減少を防ぐことができると述べた[14]。カルシウム摂取量が少ないときにたくさんのタンパク質を摂ることは問題であるが、摂取量が多ければタンパク質を多く摂っても問題はないというのである。タンパク質摂取量が50gであれば1000mgのカルシウム摂取が必要であり、75gのタンパク質には1500mgのカルシウムが必要というのだ(因みに、ヒーニー氏は全米酪農評議会と国際乳製品協会の医学顧問をつとめ、アメリカとカナダにおけるカルシウム摂取量の勧告案を起草した)。これはとんでもない数値であるが、困ったことに、アメリカの食品・栄養委員会は1997年にこの数値を勧告している(どういう人たちがアメリカのカルシウム摂取基準を定めているのか想像できるだろう)。牛乳はタンパク質が固形成分のほぼ20%を占める高タンパク質食品である(牛乳は水分90%の液体であることを想起してほしい)。今はやりの低脂肪乳はさらにタンパク質の占める割合が増える(脂肪分が2%、1%になれば、タンパク質はそれぞれ25、30%に増える)。

乳糖分解酵素活性持続症(牛乳が飲める)の欧米人でさえ牛乳中のカルシウムは骨粗鬆症の予防に役立たない。役立たないどころか、牛乳は骨粗鬆症を助長しているのだ。まして、牛乳が飲めない(正常である!)日本人が牛乳を飲んでもカルシウムは吸収されない。腸管内の水分だけでなく、腸上皮細胞内の水分も取り込んで、腸管内を下ってしまう。日本人に対する牛乳の効能は便を柔らかくする以上のなにものでもない。

日本人が骨を丈夫に保つ方法はいろいろある。まずは運動である。日光のもとで歩く(自分の体重を運ぶ)などの身体活動で脱カルシウムを予防できる。尿中へのカルシウム排泄を少なくするために、齢をとったらタンパク質の過剰摂取を避けることが重要である。たしかに、骨のモデルチェンジには骨形成細胞(骨芽細胞)が利用できるカルシウムが必要であるが、骨を丈夫に保つには200mgも吸収されれば十分である。多ければ多いほどよいなどというものではないことは当然である。

3. タンパク質の摂り過ぎが骨粗鬆症を招く

1960年以前の日本人のタンパク質の摂取量は少なかった(欧米でも平均的な西洋人のタンパク質摂取量が急増したのは第一次世界大戦後のことである)。タンパク質は生命維持に必須であるが、成長したひとの身体は栄養学者が言うほどには多量のタンパク質を必要としない。19歳から51歳の成人に対するアメリカのタンパク質摂取量の勧告値は0・75g/kgである。これに従うと、体重60kgの人は1日に45gでよいことになる。WHOは成人のタンパク質摂取量は1日当たり0・6g/kgでよいという。60kgの人は36gでよい。日本人の食事摂取基準におけるタンパク質の1日摂取推奨量は50歳以上の男性でなんと60g、女性で55gである。現在の日本人のタンパク質摂取量は総カロリーの16%にも達している。2005年の国民健康・栄養調査によると、60〜69歳の日本人は平均して75・8gものタンパク質を摂取している(うち、動物性タンパク質が40・0gで52・8%を占める)。日本人の身体が悲鳴をあげている。「タンパク質が多すぎる!

炭水化物の最終分解産物は炭酸ガスと水であるが、窒素という元素を含むタンパク質は尿素(=タンパク質の主たる最終分解産物)として腎臓から排泄される。人間の腎臓は多量のタンパク質の処理には不向きにできている。日本では現在、慢性腎臓病(CKD)が急増している(日本腎臓学会編、CKD診療ガイド、2007年5月)。2005年の透析患者は25万人を超え、さらに毎年1万人以上も増え続けている。昨今のCKDの急増がタンパク質の過剰摂取によるものかどうか判らないが、ひとたび腎不全になってしまったら、タンパク質摂取を厳しく制限しなければならない[15]
植物が炭酸ガスと水から炭水化物をつくる。このとき植物が利用するエネルギーは太陽光である(光合成)。炭水化物は体内で燃焼して炭酸ガスと水になる。つまり、炭水化物のエネルギーは太陽光エネルギーに匹敵するクリーンエネルギーである。

日本の栄養学は、ドイツ伝来の栄養素栄養学(タンパク質・ビタミン・ミネラルなどの栄養素を強調する栄養学)で、なかでも異常なまでにタンパク質に固執し、常に「タンパク質が足りない」と日本人を洗脳してきた。あらゆる場面で「良質なタンパク質=動物性タンパク質」を推奨してきた。そのせいだろう、今でも「最近、あまり肉を食わないから、スタミナが落ちた」などという若者がいる。いまどき「良質なタンパク質」などという言葉を発する医師・栄養士がいたら、その人は擬(まが)いものである。「良好なタンパク質を!」を唱える医師・栄養士は無知(無恥)であろうが、その背後に商業主義が顔を覗かせている。前にも述べたことだが、肉や乳製品を食べなくても、「穀物+大豆+野菜」で十分量のタンパク質が摂れることを再度強調しておきたい。

もう一度、カルシウムの話題に戻る。牛乳を飲まないで本当に十分量のカルシウムが摂れるのか。この問いには「象を見よ、象は牛乳を飲んでいますか」と答えよう。アフリカ象の巨大な骨格、2メートルにおよぶ立派な牙。あれはみな草や木の葉に含まれているカルシウムから作られたのだ。大地に根を張る植物は土壌のカルシウムを吸収して葉や茎に保有する。陸上の巨大な草食動物はみなこのカルシウムによってあのような巨体になった。

牛乳(=カルシウム)やタンパク質をたくさん摂っている国ほど骨粗鬆症による骨折が多いというカルシウム・パラドックスに対して全米酪農評議会の科学顧問を務めるヒーニー氏はつぎのように反論する[16]。「ヨーロッパ系白人の大腿骨頸部骨折がアジア人に比べて多いのは、股関節の形状が両人種で異なっているからである。ヨーロッパ人の大腿骨は股関節軸(頸部)が長いために解剖学的に折れやすい構造になっている。また、アフリカの黒人はヨーロッパ人よりカルシウムの利用効率に優れており、カルシウム摂取量が少なくても骨の健康度が良好で骨折を起こしにくい。」 つまり、ヒーニー氏は、ヨーロッパ人はカルシウムの利用効率に劣りかつ解剖学的に骨折を起こしやすいのでカルシウムをたくさん摂らなければならないと言うのである。彼の言説に従えば、欧米のカルシウム摂取基準はアジア人にはあてはまらないということになる。

文献
1. Ross PD, Norimatsu H, Davis JW, Yano K, Wasnich RD, Fujiwara S, Hosoda Y, Melton LJ 3rd. A comparison of hip fracture incidence among native Japanese, Japanese Americans, and American Caucasians. American Journal of Epidemiology 133 :801-809, 1991.

2. Yamamoto K, Nakamura T, Kishimoto H, Hagino H, Nose T. Risk factors for hip fracture in elderly Japanese women in Tottori Prefecture, Japan. Osteoporosis International 3 (Suppl 1):48-50, 1993.

3. Hegsted DM. Calcium and osteoporosis. Journal of Nutrrition 116: 2316-2319, 1986.

4. Abelow BJ, Holford TR, Insogna KL. Cross-cultural association between dietary animal protein and hip fracture: a hypothesis. Calcified Tissue International 50: 14-18, 1992.

5. Dennison E, Yoshimura N, Hashimoto T, Cooper C. Bone loss in Great Britain and Japan: a comparative longitudinal study. Bone 23:379-82, 1998.

6. Owusu W, Willett WC, Feskanixh D, Ascherio A, Spiegelman D, Colditz GA. Calcium intake and the incidence of forearm and hip fractures among men. Journal of Nutrition 127: 1782-1787, 1997.

7. Feskanich D, Willett WC, Stampfer MJ, Golditz GA. Milk, dietary calcium and bone fractures in women: a 12-year prospective study. American Journal of Public Health 87: 992-997, 1997.

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10. Anand CR, Linkswiler HM. Effect of protein intake on calcium balance of young men given 500 mg calcium daily. Journal of Nutrition 104: 695-700, 1974.

11. Margen S, Chu JY, Kaufmann NA, Calloway DH. Studies in calcium metabolism. I. The calciuretic effect of dietary protein. American Journal of Clinical Nutrition 27: 584-589, 1974.

12. Chu JY, Margen S, Costa FM. Studies in calcium metabolism. II. Effects of low calcium and variable protein intake on human calcium metabolism. American Journal of Clinical Nutrition 28: 1028-1035, 1975.

13. Barzel US, Massey LK. Excess dietary protein can adversely affect bone. Journal of Nutrition 128: 1051-1053, 1998.

14. Heaney RP. Excess dietary protein may not adversely affect bone. Journal of Nutrition. 128: 1054-1057, 1998.

15. Ideura T, Shimazui M, Morita H, Yoshimura A. Protein intake of more than 0.5 g/kg BW/day is not effective in suppressing the progression of chronic renal failure. Contrib Nephrol 155:40-49, 2007.

16. Heaney RP. Calcium, dairy products and osteioporosis. Joural of American College of Nutrition 2000; 19: 83S-99S.


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