日本人は炭水化物(糖質)を制限してはならない

File written by Adobe Photoshopィ 4.0 昨今の「糖質カット・糖質オフ・糖質ゼロ」ブームに乗って、糖尿病患者に低糖質食を薦める医師が相次いで書物を出版した。悪名高いアトキンス・ダイエットの糖尿病版である。驚いたことに、このような食事を薦める普通のお医者さんまで現れた。「人間は糖質ゼロの食事なんて続けられないよ。一時的なブームだ。そんなものはそのうちに消えてなくなる」などといって看過することはできない。ひとの命にかかわることだからだ。

「糖質制限食のすすめ」は、(1)エスキモーは、糖質を食べなかったのに、数千年も生き延びた、(2)400万年の歴史をもつ人類は、本来肉食(たんぱく質と脂肪)で、糖質を食べるようになったのは農耕が始まった1万年前からのことに過ぎない、(3)人類の本来のエネルギー源はケトン体で、糖質(ブドウ糖)は万が一の危機に備えるためのサブのエネルギー源である(真実はブドウ糖が本来のエネルギー源でケトン体は危機のエネルギー)、という極めて粗雑な根拠に基づくものである。

こんないい加減な理論に反論を加える人が今まで皆無であったのはまことに不思議だが、糖尿病の専門家がこの「糖質制限食」を完全に無視するのはそれなりの理由があってのことだろう。こんな粗末な理論に正面から反撃を加えることは専門家の沽券にかかわるし、こんなことを声高に叫ぶ人たちに反論を加えたところで彼らの宣伝材料に使われるだけだ。だから、じっと我慢して消え去るのを待つのが無難なのである。

糖質制限食を薦める人たちの主張は、人間が健康に生きるためには、今食べているすべての穀物を家畜の餌にしてその肉を食へと言っているに等しい。こんな無茶苦茶な話に穀物(米)を作っている人たちすら何の声も上げないのはまことに不思議である。

「低糖質食のすすめ」を具体的に眺めてみよう。『文藝春秋』2008年3月号の「名医に問う:糖尿病50問50答、千六百万人患者へ」に登場する「名医」は「悪いのは炭水化物である。糖尿病患者はできるだけ炭水化物の少ない食事にすべきだ」とおっしゃる。

「名医」は「糖尿病になりやすい人の特徴は?」と問われて「私の経験では、甘みが好き。ごはんなどの炭水化物が好きな人、おもしろいことに、酒飲みはそんなにいません」と答えている。「ごはんの好きな人は糖尿病になりやすい」なんて、何ということをおっしゃる「名医」だろうか。

さらに「食事で気をつけるべきことは?」という問いに、「名医」は「<前略>食後に血糖値を測ると、ステーキや豚肉、スクランブルエッグを食べても血糖値は上がらない。むしろざるそば一枚で軽く血糖値200を超えるんです。要するに、タンパク質や脂肪は血糖値を上げない。上げるのはパンやご飯といった炭水化物です。<後略>」と答える。血糖を上げないことだけが糖尿病に対処する方法ではない。糖尿病対策の眼目は、糖尿病腎症、網膜症、神経障害、虚血性心疾患などの合併症を予防することである。食後の高血糖を防いだところで、動脈硬化を促進してしまったら元も子もない。

そのうえ、「お酒は飲んでもいいんですか。飲むとしたらどのアルコール?」に対する「名医」の答えは「アルコールは血糖を上げないので、飲みすぎなければいいんですよ。ただ、ビールはちょっと炭水化物が多い。350ccでカーボ(炭水化物)量13グラムです。白ワイン(120ccで1グラム)より赤ワイン(120ccで3グラム)のほうが若干多い。焼酎やウィスキーは蒸留酒だからゼロですね」。これでは、「名医」ならぬ「迷医」である。

「名医」は、糖尿病の原因から結果まですべてを炭水化物のせいにする。「名医」によると、炭水化物はまるで悪の権化だ。とんでもない。古来、人間が「日々の糧(かて)」としてきたものは米であり麦であった。人間の糧は本来、炭水化物を主成分とする食品である。エネルギーを供給したあとは炭酸ガスと水になって排泄される炭水化物は身体にやさしい栄養源なのだ。「できるだけ炭水化物を減らせ」などという糖尿病治療食を強要するのは「糖尿病になったら人間であることを止めよ」と言っているようなものである。「名医」は、「炭水化物の多い食事は血糖を上げる、炭水化物が少なければ血糖が上がらない」という単純思考で、低炭水化物食を推奨する。「名医」の迷説に従って肉と脂肪ばかりを食べている真面目な糖尿病患者は、そのうちに、腎不全に陥って人工透析が必要になるだろう。さらには、動脈硬化が進行して心筋梗塞にもなりかねない。

「名医」の「迷説」とは反対に、穀物中心の食事(=タンパク質と脂肪が少なく炭水化物の多い食事)をしていると、身体のインスリン感受性(インスリンの働き)が格段によくなるために、炭水化物を摂っても血糖はあまり上がらないのである(ヒムスワースの発見)。

穀物(炭水化物)中心の食事はインスリンをたくさん必要としない食事である。1000年以上も炭水化物中心の食生活を続けてきた日本人はインスリンの分泌能力が低い。かつての日本に糖尿病が少なかったのは、日本人がインスリンをあまり必要としない穀物中心の食生活を送ってきたからである。食生活が欧米流の炭水化物の少ない食事(=たくさんのインスリンを必要とする食事)に変わると、日本人のような民族は糖尿病になりやすくなる。現在の日本で糖尿病が急増しているのは、日本人が米(炭水化物)を食べなくなったからである。

2010年7月に刊行された『米と糖尿病ー日本人は炭水化物(糖質)を制限してはならない』(径書房)が「糖質制限食」を薦めるおかしな人たちに厳しい反論を加えている。どちらが正しいかは『米と糖尿病』と『糖質制限食のすすめ』を読み比べてみれば一読で判然とする。中国で糖尿病が急激に増えているのは、豊かになった中国人がかつて大量に食べていた穀物を家畜に与えてその肉を食べるようになったからだ。つまり、彼の国でも、炭水化物(糖質)の摂取量が減ったために糖尿病が急増しているのである。

糖尿病に関心をお持ちの人々と穀物(とくに米)を作っておいでの人々に『米と糖尿病』の一読を薦める。

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