糖質の制限は危険です!

糖質(炭水化物)の制限は絶食と同じ

最近、炭水化物を摂らないと、糖尿病がよくなるとかダイエット効果が大きいなどと主張する人がいます。このような主張に同調者が多いのは「炭水化物(ごはん、パン、うどん、そば、いも)を食べなければ何を食べても構わない、アルコール(蒸留酒)も飲み放題」ということにあります。だれでも簡単に挑戦できますが、超人以外は長続きしません。身体が危険を察知して炭水化物を要求するからです。

ある講演会で「炭水化物制限食は危険だ」という話をしたところ、2週間で体重が10キロ減ったという医師が「嘘だと思うならやってみろ」と色をなして反論しました。私は「嘘だとは思いません。炭水化物を摂らないということは絶食と同じですから、体重が減るのは当然です」と応えました。炭水化物を摂らなければ、蛋白質や脂肪をたくさん摂っても体重が減るのです。 

まだ、20年、30年と続けた人がいないので、炭水化物制限食の長期的な影響(がんや心臓血管障害)についてはっきりしたことは言えませんが、数週間〜数ヶ月という短期間でも大きな弊害が起こります。低血糖でフラフラして転倒したとか階段から落ちたという話はよく聞きますが、それだけではないのです。

炭水化物の制限には大きな危険が待ち構えています。それは、脂肪肝→脂肪肝炎→肝硬変→肝がんに進展する危険性が高まるということです。活性酸素が発生して肝臓が酸化ストレスに陥るからです。後で詳しくお話しますが、「炭水化物を制限すると肝障害が起こる」ことは動物実験(ラット)で確認されています。

現在、ナッシュ(NASH)と呼ばれる脂肪肝炎が新しい国民病といわれるほどに増えています。単なる脂肪肝ではなく、自覚症状がないまま肝硬変に進展してしまうこともある肝臓病です。病態はアルコール性脂肪肝炎に似ていますが、お酒のみでもない人に発生するので、非アルコール性脂肪肝炎という名がつきました。ナッシュ(NASH)はnon-alcoholic hepatitisの頭文字です。最近のナッシュの蔓延に炭水化物の制限が関係している可能性があります。 

とくに、炭水化物を制限しながら酒を飲むのは大変危険です。このような人にはアルコール性肝障害(脂肪肝→脂肪性肝炎→肝硬変)が起こりやすくなります。このことは後ほど詳しくお話ししますが、アルコール研究の第一人者であるチャールス・リーバー(Charles S. Lieber)が1964年に初めて、「炭水化物制限食+アルコール」によって脂肪肝炎、さらには肝硬変が起こることを発見したのです。

「ヒトは大きなラットではない」という意見もあるでしょうが、ラットで起こることは同じ哺乳動物のヒトでも起こるのです。今、日本で炭水化物制限ブームが起こっています。ということは、現在、炭水化物と肝臓に関する壮大な人体実験が行われているということでもあります。炭水化物制限を実践なさっている方は是非、定期的に肝機能検査を受けてその結果を発信してください。

これから、1)炭水化物制限と薬物(化学物質)の代謝 2)炭水化物制限とアルコール性肝障害 の順に話を進めます。炭水化物の制限によって活性酸素産生酵素である薬物代謝酵素が誘導されることがキーポイントです。最初は少し面倒な話になりますが、命に関わる問題ですから炭水化物制限食に関心をお持ちの方は我慢してお読みください。

吸収された薬物は水溶性の物質に代謝されて排泄される

細胞膜は基本的に脂質の2重膜ですから、身体に吸収される薬物(化学物質)は脂溶性です。いったん吸収されると脂溶性のままでは腎臓から尿中に排泄されません。排泄されるためには水溶性の物質に代謝(脂溶性→水溶性の化学変化)を受けなければなりません。この代謝に係わる酵素がシトクロムP450(CYP)です。日本語では薬物代謝酵素と呼ばれています。薬物代謝酵素の薬物は‘くすり’のことではなく、くすりを含む広い意味での化学物質のことです。この酵素にはいくつもの分子種がありますが、代表的なものにアルコールの代謝や解熱鎮痛剤としてよく用いられるアセトアミノフェンの代謝に関与するCYP2E1があります。

CYP2E1は、腎臓や皮膚などにもありますが、とくに肝臓にたくさん存在しています。口から入って小腸で吸収された物質は必ず肝臓を通りますから、飲み薬やアルコールはまず肝臓で代謝を受けることになります。 

代謝によって薬効や毒性が低くなりますが(解毒)、ときにはその過程で反応性の高い中間代謝物質が発生して強い毒性を発揮することがあります。このような化学変化は代謝活性化と呼ばれています。アセトアミノフェンもアルコールもそのままでは毒性がありませんが、代謝活性化によって肝臓に障害をもたらします。

薬物の代謝活性化

その昔、ドライクリーニングの溶剤にも用いられていた四塩化炭素という物質を例にして代謝活性化について説明します。四塩化炭素は、そのままの形では麻酔作用しかありませんが、代謝によって極めて反応性の高い中間代謝物に変換されるために非常に強い肝障害を起こします。コップ1杯の四塩化炭素を飲めば肝臓組織が崩壊し、七転八倒の苦しみのうちに死にいたります。

四塩化炭素が肝臓でCYP2E1によって代謝される際に、中間代謝物としてトリクロロメチルラジカルが発生します。下図をご覧ください。

この代謝物は、四塩化炭素から塩素が電子を一つ持ったまま飛び出したために生じるもので、不対電子を抱えた、フリーラジカルと呼ばれる極めて不安定な物質です。近くの分子からすぐさま電子(水素)を引き抜いて安定化しようとします。水素を引き抜かれた分子も不対電子になりますから、直ちに近くから水素を奪います。奪われるとさらに隣から電子を奪う・・・。かくしてこれらの連鎖反応が線香花火のように広がって、肝臓は大きな障害を受けることになります。四塩化炭素がCYP2E1で代謝されることを別の言葉で表現すると、電子のやりとりで活性酸素が大量に発生しているということでもあります。 

絶食によって激しい四塩化炭素の肝毒性が起こる

私は、医学部を卒業して入学した大学院で「四塩化炭素の肝毒性に影響を与える環境因子」という研究テーマを与えられました。「四塩化炭素をモデル物質として、栄養によって薬物の代謝と毒性がどのように変化するか」について研究するようにと言われたのです。 

研究室に入って右も左も判らないままに、ラット(白ネズミ)に四塩化炭素の蒸気を吸わせて、曝露濃度と毒性の量―影響関係を調べておりました。どのくらいの濃度の四塩化炭素を吸入したらどの程度の肝毒性が起こるかという毒性学の基本的なことを調べていたのです。ラットにいろいろの濃度の四塩化炭素を吸わせて24時間後に血液中のGPT*とGOT*を測り、肝臓と腎臓を調べるという単純な実験でした。 
*地域・職域の健康診断でおなじみの肝機能検査。GPT(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ)、GOT(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ)は肝臓などの細胞が破壊されたときに血液中に漏れだしてくる酵素で、その濃度の測定によって肝障害の程度を知ることができる。最近では、GPTとGOTはそれぞれ、ALT(アラニン・アミノトランスフェラーゼ)とAST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーセ)と呼ばれている。 

 あるとき、複数のラットに400ppmの四塩化炭素を吸入させたところ、そのうちの1匹に他のラットとはけた違いに激しい肝障害が起こりました。どうしたことかと調べたところ、実験前の夜間にそのラットの給水ビンが床に落ちていたのです。実験動物のラットは固形飼料で飼育します。飼料を餌箱に入れ、飲料水は給水ビンで別口に与えます。ラットは飼料をかじっては給水ビンの吸い口から水を飲むのです。そのラットが吸い口を突ついているうちにビンが落ちてしまったのでしょう。このラット体重は5%も減っていました。

ラットは水を飲まないと餌が食べられません。このことは、餌を一晩*食べていない(=絶食)ラットが四塩化炭素を吸入すると激しい肝障害が起こるということを示すものでした。四塩化炭素をラットに吸入で与えましたから、絶食で肝毒性が強くなったのは胃が空っぽで吸収量が増えたからではありません。絶食によって四塩化炭素の毒性に関わる何か基本的なところに変化が起こったのです。
*ラットは夜行性の動物ですから摂食行動は夜間だけである。一般に、午後4時頃から食べはじめ昼間は背を丸めて眠っている。したがって、ここで一晩の絶食と言うのは1日の絶食のことである。

四塩化炭素を吸入したラットの肝臓の顕微鏡写真を見てみましょう。普通に餌を食べていたラットの肝臓では細胞の中に脂肪滴が入りこんで著しい脂肪変性が起こっていますが、細胞構築が保たれており、それほど高度の障害(細胞壊死)は起こっておりません。

これに対して一晩の絶食後に四塩化炭素を吸入したラットでは細胞構造が消え、重篤な肝障害(細胞壊死)が起こっていることが判ります。つまり、同じ濃度の四塩化炭素によって、餌を一晩食べなかったラットでは食べていたラットに比べて激しい肝障害が起こったのです。 

先ほどお話したように、四塩化炭素の肝障害はCYP2E1による代謝活性化によって起こります。したがって、1日の絶食によってCYP2E1の活性亢進(酵素誘導)が起こったのではないかと考えるのが順当です。絶食とは何も食べないということですから、どの栄養素の欠落が四塩化炭素の毒性増強(=CYP2E1の活性亢進)をもたらすのか追求が必要でした。 

絶食によって肝薬物代謝酵素の活性が亢進する

まず事始めに、肝臓における四塩化炭素の代謝速度を測定しなければなりませんでした。詳しいことは省略しますが、ラットの肝臓をすりつぶして超遠心機にかけて得られるミクロソーム分画を酵素源として四塩化炭素の代謝速度を測定する方法を開発しました*。この手法は、ガスクロマトグラフという分析器があれば、どんな揮発性炭化水素の代謝速度でも簡単に測定できる非常に便利な測定法です。私はこの測定方法をバイアル-平衡法と名づけました。 
*Sato A, Nakajima T. A vial-equilibration method to evaluate the drug- metabolizing enzyme activity for volatile hydrocarbons. Toxicology and Applied Pharmacology 47:41-46, 1979.

この方法を用いて、一晩だけ固形飼料を与えずに飲料水だけで飼育した絶食ラットと餌も水も与えた摂食ラットについて、四塩化炭素の代謝速度を比較しました。その結果、一晩絶食ラットの肝臓では摂食ラットの肝臓に比べて2-3倍もCYP2E1活性の高まっていることがわかったのです*。
*Nakajima T, Sato A. Enhanced activity of liver drug-metabolizing enzymes for aromatic and chlorinated hydrocarbons following food deprivation. Toxicology and Applied Pharmacology 50:549-556, 1979.

絶肝薬物代謝酵素(CYP2E1)の活性亢進に関わる栄養素は蛋白質か、あるいは炭水化物か

1969年、ロンドン大学のマクリーン(McLean)教授は「ラットに蛋白質の多い食餌(高蛋白食)を与えると四塩化炭素の毒性が強くなる」という論文を英国医学紀要(British Medical Bulletin)に発表しました*。マ教授は、四塩化酵素の代謝を実測したわけではありませんが、高蛋白食がその代謝を亢進するために四塩化炭素の肝毒性が強く現れるのだと考えていました。
*McLean AEM, McLean EK. Diet and toxicity. British Medical Bulletin 25:278-281, 1969.

マクリーン教授が用いたラットの飼料を下図に示します。

マ教授の高蛋白食は蛋白質50%、脂肪30%、炭水化物20%で、一方、低蛋白食は蛋白質5%、脂肪30%、炭水化物65%という構成でした。別の観点からすれば、マ教授の高蛋白食は低炭水化物食であり、低蛋白食とは高炭水化物食のことだったのです。この当時の標準的な考えであったと思われますが、マ教授は蛋白質からなる酵素の活性を支配する栄養素は蛋白質以外にあり得ないと考えておられたのでしょう。 

しかし私は、絶食(全栄養素の欠落)が四塩化炭素の代謝を促進し、その毒性を増強するという実験結果を得ていましたから、摂取量の多い栄養素(蛋白質)がCYP2E1の活性に影響を与えることはあり得ないと考えていました。

炭水化物はCYP2E1の活性に影響を与える唯一の栄養素である

そこで私は、炭水化物・蛋白質・脂肪・ビタミンなどの栄養素の含有量を様々に変えた餌を与えたラットの肝臓における四塩化炭素の代謝速度を測定するとともに、四塩化炭素を吸わせてその肝毒性の強さを観察しました。蛋白質を多くしても少なくしても四塩化炭素の代謝と毒性は全く変わりませんでした。ところが、蛋白質量を一定にして炭水化物の含有量を変えた餌をラットに与えたところ、炭水化物の摂取量が少なくなるにつれて四塩化炭素の代謝が速くなり、その毒性が強く現れたのです。ビタミンもミネラルも四塩化炭素の代謝と毒性に影響を与えませんでした。つまり、炭水化物はCYP2E1の活性に影響を与える唯一の栄養素であることを発見したのです。

このことを図で示します。

まず、炭水化物の摂取量(横軸)と四塩化炭素の代謝速度(縦軸)の関係をご覧ください。この図は横軸の一番左に絶食ラットにおける代謝速度を示しています。炭水化物の摂取量が少なくなるにつれて(右から左)、四塩化炭素の代謝が速くなっています。

炭水化物が0%の餌は、蛋白質と脂肪さらにビタミン・ミネラルなどは十分含まれていますが、炭水化物だけが全く含まれていない餌ということです。この炭水化物0%の餌を食べたラットでは四塩化炭素の代謝が著しく亢進し、その代謝速度ほぼ絶食ラットにほぼ匹敵しています。つまり、四塩化炭素の代謝に関して言うと、炭水化物を摂らないということは何も食べないことと同義です。「食べる」ということは「炭水化物を食べる」ことなのです。

四塩化炭素の肝毒性を支配する栄養素は炭水化物である

次いで、炭水化物の摂取量と四塩化炭素の肝毒性の関係を示した図をご覧ください。

この図の横軸は上の「炭水化物と代謝速度」と同じですが、縦軸は肝毒性の指標であるGPTの値を対数で目盛っています(GPTを対数尺で目盛るのはGPTの値が指数分布するからです。対数変換してはじめて正規分布の代謝速度と比較することができます)。炭水化物の摂取量が少なくなるにつれて肝障害が激しくなり、炭水化物0%の餌を食べたラットの肝臓は絶食ラットの肝臓と同程度の激しい障害を受けました。四塩化炭素の肝毒性についても、炭水化物を摂らないということは何も食べないことと同じだったのです。

炭水化物を摂らないことは絶食と同じことである

くどいようですが、四塩化炭素の代謝と毒性を比較するために上の二つの図を一つの画面に並べてみました。

代謝(左)と毒性(右)の炭水化物摂取量に対する関係はお互いによく似ています。両者がこのように似ていることは四塩化炭素の肝毒性が代謝活性化によって起こることの証拠です。同時に、四塩化炭素の代謝と毒性がともに炭水化物依存性であることを示しています。

私はこの実験結果を1981年7月に東京で開催された第8回国際薬理学会で発表しました。この学会にシンポジストとして来日されたマクリーン教授は私の発表を興味深く聞いてくださいました。そのときの「私にとってはtoughなことだが、あなたの話のほうが正しいようだ」というマ教授の言葉が忘れられません。私の「炭水化物仮説」はマ教授の査読を経て、Biochemical Pharmacologyに掲載*されました。自らの説を否定する他人の論文を「私が詳しく読んだ」という文章をつけ加えて、ご自身が編集委員を務める雑誌に掲載してくれたマ教授は正真正銘の立派な研究者でした。
*Nakajima T, Koyama Y, Sato A. Dietary modification of metabolism and toxicity of chemical substrate − with special reference to carbohydrate. Biochemical Pharmacology 31:1005-1011, 1982.

炭水化物を単なるエネルギー源と考えてはいけない

ラットは、体内代謝が活発だから大量のエネルギーを使います。炭水化物の摂取量が少なくなると、必然的に内蔵脂肪がエネルギー源として分解されます。だから体重が減るのです。ラットは一晩の絶食で体重がほぼ5%も減ってしまいます。ラットの1日は人間の4〜5日に相当します。人間でも、1週間ほど炭水化物を制限すれば、体重が5キロほど落ちるでしょう。

脂肪がエネルギーとして使われる過程でケトン体が発生します。このケトン体(とくにアセトン)がCYP2E1を誘導するのです。アセトンによる肝薬物代謝酵素(CYP2E1)の誘導は1970年代の研究で明らかになっています。

炭水化物を制限するとCYP2E1が誘導されるのです。次回お話しするように、炭水化物を制限したうえにアルコールを飲むとさらに一層強くCYP2E1が誘導されます。その結果がアルコール性肝障害です。炭水化物を制限している方は決してたくさんのアルコールを飲んではいけません。そんなことをしていると、アルコール性脂肪肝炎から肝硬変を起こして命を縮めることになります。さらに最近、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の発生にCYP2E1の誘導が原因であるという説が有力になっています*。
*Abdelmegeed MA, Banerjee A, Seong-Ho Yoo SH, Jang S, Gonzalez FJ, Song BJ. Critical role of cytochrome P450 2E1 (CYP2E1) in the development of high fat-induced nonalcoholic steatohepatitis. Journal of Hepatololpgy 57: 860−866, 2012.

おわかりいただけたでしょうか。食べるということは炭水化物を摂るということなのです。炭水化物を制限するなどという無謀なことに決して挑戦してはいけません。  

                    ・・・つづく


トップ

ご意見