牛乳と男性生殖器のがん
〜前立腺がんと精巣がん〜

世界42ヶ国において前立腺がんおよび精巣悪性腫瘍(以下、精巣がん)の発生率と食品摂取量の関係を調べた研究(1)を紹介する。まず、その方法を説明しておく。国際がん研究機関(IARC)は各国のがん登録を精選して、5年毎にその結果を公表している。最新版は1997(平成9)年に出版されている(2)。この刊行物には50の国から182の地域がん登録の結果が収録されている。

食品摂取量は国連の食糧−農業機関(FAO)がネットワークで提供しているデータベース(FAOSTAT Database Collections. http://apps.fao.org/cgi-bin/nph-db. pl?subset=nutrition/)を用いた。FAOはこのデータベースで189ヵ国の食品摂取量を提供している。IARCのがん発生率のデータとFAOの食品に関するデータの両方が得られた国を研究の対象国とした(42ヵ国)。

世界のたくさんの地域でがん登録が行われている。がん登録は、病院や診療所の協力を得て、さらには死亡診断書から遡って、どんな人(性、年齢、職業)がどんながん(臨床診断のみならず病理学的診断)になったかを調べあげるという大変な作業である。

IARC(2)は、収録した地域がん登録から、前立腺がんと精巣悪性腫瘍(以下精巣がん)の国別の発生率を計算している。その詳細を述べる。いくつかの国では複数の地域がん登録が行われている(イギリス、イタリア、インド、オーストラリア、スイス、スペイン、タイ、中国、ドイツ、日本、ブラジル、フランス、ペルー、ポーランドの14ヶ国)。地域がん登録のうち、編集者のParkinらが「データに確信をもてない」というがん登録を除いた上で、発生率を年齢調整したうえで平均値を求め、その国の年齢調整発生率とした。たとえば、日本では大阪、佐賀、長崎、広島、宮城、山形と6ヵ所のがん登録が掲載されている。このうち、編集者は佐賀のがん登録について「データに確信をもてない」と述べている。そこで残りの5つのデータを年齢調整してから平均し、その平均値を日本の年齢調整発生率とした。一つのがん登録しか報告していない国もあるが、そのデータをそのままその国を代表するものとして扱った(アイルランド、アルジェリア、アルゼンチン、ウガンダ、ウルグアイ、エクアドル、オーストリア、韓国、コスタリカ、コロンビア、フィリピン、フレンチ・ポリネシア、ベトナム、マリ、マルタの15ヵ国)。ある国では異なる民族ごとにがん登録が実施されている。ジンバブエではアフリカ人、イスラエルではユダヤ人、クウェートではクウェート人、ニュージーランドでは非マオリ族のデータを用いた(4ヵ国)。アイスランド、オランダ、カナダ、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、香港の8ヵ国では全国規模のがん登録が行われている。その数値をそのまま採用した。アメリカでは多数のがん登録が行われているが、SEERプログラムにおける白人のデータを用いた。

がん登録は、その国の保健・医療水準によって大きな影響を受ける。人口移動の激しい地域では人口の正確な把握もままならない。したがって、とくに発展途上国におけるがん登録には問題があるが、IARCは過去6回のデータを参考にしてデータの精度を評価しているから、第7回のIARCデータは国際比較に十分耐えられる精度をもっている。

また、FAOの一人当たりの食品摂取量は([生産]+[輸入]+[備蓄]−[輸出]−[家畜飼料]−[種用]−[転用]−[廃棄])を人口で割った数値であって、実際の栄養調査に基づくものではない。栄養調査にはその方法に由来する誤差が大きい。FAOのおおまかな摂取量はかえって国際比較に適している。
なお、IARCは各国のがん死亡率も発表している(3)。前立腺がんおよび精巣がんの死亡率と食品摂取量の関係も併せて検討した。

前立腺がんの発生率と最も関係の深い食品はミルクであった。前立腺がん発生率との相関係数(r)はミルクが0.711で、次いで肉の0.642が大きい。前立腺がん死亡率との相関係数はミルクの0.766が最も大きかった。逆に、前立腺がんと負の相関関係(摂取量が多くなるほど前立腺がんが少なくなる)を示す食品は穀物であった(発生率に対して-0.648、死亡率に対して-0.661)。

前立腺がんとミルクの関係を図で示すと図1のようになる。図1でご覧の通り、アメリカでの前立腺がん発生率が頭抜けて1位である(人口10万対100.8)。ところが前立腺がんの死亡率でみると、アメリカの18.6は41ヵ国中12位である。これは、アメリカで前立腺特異抗原(PSA)によって前立腺がんのスクリーニングが強力に実施されているからである(4)。PSAの高いものを拾い出して、バイオプシー(針生検)で前立腺の組織を調べると、高率にがん組織が見つかる。他の原因で死亡した高齢者の前立腺をくまなく調べると50%以上の高頻度でがん組織が発見される。がんを抱えながら、がんで死ななかった人たちである。前立腺がくるみ程度の小さな器官なのでこのようなことが判る。同じようなことが甲状腺という小さなもう一つの器官でも認められている。大腸のような大きな器官でも、時間をかけてくまなく調べれば同じような結果が得られるであろう。

このような研究で原因食品をしぼり込むのに有効な方法は重相関分析という統計学手法である。しかし、ミルクとチーズ、動物性油脂とバターには高度の相関があり(ミルクを多く消費する国ではチーズの消費量も多いということ)、この種の分析ができない。そこで「動物性油脂+バター」「ミルク+チーズ」「卵」「肉」「穀物」「豆類」「果物」「野菜」「植物油」「コーヒー」「アルコール」の11品目を用いて重相関分析を行った。これらの食品の中で、独立して前立腺がん発生率の増加に寄与しているのは「ミルク+チーズ」で、逆にこのがんを減らす方向に寄与している食品は「穀物」であった。日本で過去48年間に前立腺がんが25倍も増えた原因の一つはミルクと乳製品の消費量(同一期間に20倍増えた)であるといっても間違いはないだろう。

精巣がん発生率と最も相関関係の最も高い食品はチーズ(r = 0.804)であった。この関係を図2に示す。前立腺がんと同様、発生率が高いのは北ヨーロッパと北アメリカであり、アジア諸国における精巣がんの発生は極めて低い。なお、精巣がんの発生率と死亡率の間の相関はあまりよくない(r = 0.350)。例えば、ノルウェーでは精巣がん発生率は人口10万対8.0であるのに、死亡率は0.36に過ぎない。死亡率/発生率は0.045で発生した精巣がんの95%が治るということを示している。このがんには抗がん剤が著効を示すことは先に述べた。ところがアルジェリアでは発生率が0.20と低いが死亡率も0.19と低い。この国では発生した精巣がんの95%は死んでしまう。因に、日本でのこれらの数値はそれぞれ1.38と0.19で、精巣がんの86%が治る。

重相関分析の結果をみると、精巣がんの発生に最も大きく寄与している食品は「ミルク+チーズ」で、次いで「アルコール」であった。「アルコール」がどのような機序で精巣がんの発生に関係しているのかは不明である。「アルコール」の寄与度は「ミルク+チーズ」に比べて小さい。たまたま「アルコール」が寄与因子として拾われた可能性が大きい。

現在、日本史上はじめて子どものときからミルクを飲み肉を食べるようになった日本人が大挙して40代の後半(いわゆるがん年令)に突入している。戦後の日本で進行した食生活の変化によって、今後、前立腺がん(男性)、乳がん(女性)、子宮内膜がん(女性)、結腸がん(男女)などのホルモン依存性のがん発生が著増する可能性がある。その兆しはすでに明白である(未発表データ)。

図1を仔細に眺めると、もう一つ重要なことが判る。前立腺がんの発生率が高いのは北ヨーロッパと北アメリカの国々で、日本、韓国、中国、タイ、インドなどのアジア諸国では極めて低く、南ヨーロッパのイタリアやスペインはその中間に位置している。この点で前立腺がんは「西洋がん」の典型である。なお、著者がいう「西洋がん」はここで述べる前立腺がんや精巣がんをはじめ、結腸がん(大腸がん)、肺がん、乳がん、卵巣がん、子宮体部がんなどをさしている。いずれもホルモン依存性の悪性腫瘍である。肺がんがホルモン依存性などというとびっくりされる読者もおられるかも知れない。現在、日本で増えている肺がんはホルモン依存性の腺がん(アデノーマ)である。世界中の疫学者はよってたかってタバコという一つの嗜好品に全責任をなすりつけてしまった。疫学研究者に言いたい。「もっと大事なものがありますよ。」

わたくし達の未発表データによると、上に述べて世界42ヵ国における結腸がんとミルクの間の相関係数は0.709、子宮体部がんとミルクでは0.789、卵巣がんとミルクでは0.746、乳がんとミルクでは0.785と極めて関連が密接である。ホルモン依存性のがんの発生はミルクとの関係が濃厚である。

現代人はエストロゲン濃度が著増する妊娠後半のミルクを食品として用いている。欧米においても、これは過去70年という短期間に実現したことである。1930年生まれの者と1970年生まれの者ではミルク由来のエストロゲン摂取量が大きく異なる。近年のミルク飲用民族(たとえばデンマーク人)は100年前に比べると、女性ホルモンの多いミルクを飲んでいる。妊婦にはカルシウムが必要ということでミルク飲用が勧められている(牛乳中のカルシウムが役立たないことは前に述べた)。胎児期はとくに精巣などの生殖器の発育に重要な時期である。

酪農の盛んな北欧でもそんなに大昔からミルクや乳製品の消費量が多かったわけではない。大量のミルク・乳製品が出回るようになったのは第二次世界大戦後のことである。このことはフィンランドの酪農を例にして先に述べた。デンマークでは、近年、停留睾丸、尿道下裂、睾丸腫瘍などの男性生殖器の異常が多発している(5-7)。ミルク・乳製品の消費の増大が最近の男性生殖器の異常の多発の一因になっている可能性がある。

前にも述べたが、過去50年間に精子数が半減し、男性生殖器官の異常が増えたという報告が大きな関心を集めている。しかし、世間の関心はいわゆる環境ホルモン(外因性内分泌撹乱物質)に集中しており、食品由来のエストロゲンの生体影響はほとんど注目されていない。Estradiol-17b はいわゆる環境ホルモンに比べて10,000倍のホルモン作用を発揮する(8,9)。

欧米人に比べて日本人のミルク飲用の歴史ははるかに短い。もしミルクに悪影響があるとすればその影響はこれからの日本人により強く現われるであろう。実際、アジア人は欧米人に比べて精巣が小さく、精巣当たりのSertoli細胞が少なく、その機能も低く、外来のホルモンにによって障害を受けやすい(10)。14歳以下の精巣発育期の児童には有害である可能性がある。学童にミルクを勧めるという学校教育も改めるべきだろう。

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参考文献
1. Ganmaa D, Li XM, Wang J, Qin LQ, Wang PY, Sato A. Incidence and mortality of testicular and prostatic cancers in relation to world dietary practices. Int J Cancer, in press.

2. Parkin DL, Whelan SK, Ferlay J, Raymond L, Young J (eds). Cancer Incidence in Five Continents, Vol. VII. IARC Scientific Publications 143, IARC, Lyon, 1997.

3. Ferlay J, Parkin DM, and Pisani P. GLOBOCAN 1: Cancer Incidence and Mortality Worldwide. Lyon: IARC, 1998.

4. Potosky AL et al. The role of increasing detection in the rising incidence of prostate cancer. JAMA 1995; 273: 548-552.

5. Osterlind A. Diverging trends in incidence and mortality of testicular cancer in Denmark, 1943-1982. Br J Cancer 53: 501-505, 1986.

6. Jackson MB. The epidemiology of cryptorchidism. John Radcliffe Hospital Cryptorchidism Research Group. Horm Res 30: 153-156, 1988.

7. Giwercman A, Skakkebaek NE. The human testis - an organ at risk? Int J Androl 15: 373-375, 1992.

8. Safe SH. Environmental and dietary estrogens and human health: is there a problem? Environ Health Perspect 103: 346-351, 1995.

9. Andersson AM, Skakkebaek NE. Exposure to exogenous estrogens in food: possible impact on human development and health. Eur J Endocrinol 140: 477-485, 1999.

10. Johnson L, Barnard JJ, Rodriguez L, Smith EC, Swerdloff RS, Wang XH, Wang C. Ethnic differences in testicular structure and spermatogenic potential may predispose testes of Asian men to a heightened sensitivity to steroidal contraceptives. J Androl 19: 348-357, 1998.

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