糖質の効用 その2

炭水化物(糖質)とアルコールのふしぎな関係についてお話しよう。


アルコールを飲むということは糖質を少なくすることと同じ

昔から、愛飲家ではくすりの作用が異なるとか、少量の四塩化炭素によって普通では考えられないほどに激烈な肝障害の起こることが知られていた。実験的にもアルコールの急性あるいは慢性投与によって四塩化炭素をはじめとする肝障害性薬物の毒性増強が報告されている。著者らもアルコールの1回あるいは繰り返し投与によって四塩化炭素など多数の揮発性炭化水素の代謝が亢進することをラットを用いた動物実験で確認している(1,2)。この代謝亢進は、絶食あるいは低炭水化物食による場合と同様に、CYP2E1の誘導によってもたらされる。

ところで、「お酒を飲むときにはご飯(澱粉)を減らしなさい」などという誤った風説がゆきわたっているためか、飲酒者では炭水化物(糖質)の摂取量が少ない。この風説は、アルコール(7 kcal/g)が糖質(4 kcal/g)と同様のエネルギー源であると考えられているためらしい。そこで、長野市周辺に居住する健康な成人男性2,165人について飲酒と栄養摂取状況を調べてみた(3)。

飲酒の食品摂取に対する影響をみると、飲酒量の増加に伴って穀類、芋類、菓子類、砂糖類などが減少し、肉類の摂取量が増えていた。とくに飲酒量が増えるにしたがって穀類の減少が著しい。栄養素の摂取エネルギー比でみると一番減少したのは糖質である。すなわち、飲酒者では、飲酒量の増加に伴って糖質源の食品(とくに穀類)の摂取が減少する。「お酒を飲むときにはご飯(澱粉)を減らしなさい」は単なる風説ではなく、飲酒者はこれを忠実に守っている。したがって、「アルコール+低糖質食」は、人間社会において決して例外的なものではなく、むしろ一般的な慣習である。

アルコールはCYP2E1を誘導する。先に述べたように低糖質食もCYP2E1を誘導する。では「アルコール+低糖質食」ではどうなるか。標準食、低脂肪食、低糖質食のそれぞれに一定量のアルコールを加えた液体食(アルコール含有量5 g/100 mL)をつくる。これらの液体食でラットを4週間飼育し、四塩化炭素の代謝と毒性がどうなるかを観察した。いずれの食餌にアルコールを加えた場合でも四塩化炭素の代謝速度(活性化)が亢進するが、低糖質食とともにアルコールを与えたときの代謝亢進がとくに著しい(図1)(4)。「アルコール+低糖質食」による代謝亢進は「アルコールによる亢進」と「低糖質食による亢進」の単なる足し算に比べてずっと大きい。アルコールによるCYP2E1の誘導は低糖質食によって相乗的に増大する。アルコールによる代謝亢進はアルコールとともに摂取される糖質の量に依存し、糖質が少なければ少ないほどその代謝亢進が増幅される(図2)(5)。この代謝亢進に比例して、四塩化炭素の肝毒性も増強し、「アルコール+低糖質食」で飼育したラットでは、少量の四塩化炭素によって激しい肝障害が起こる。飲酒時に糖質の摂取を極端に控えることは、ある種の化学物質の侵襲に対して得策ではない。

以上に述べたように、絶食、低糖質食、アルコールはCYP2E1を誘導する。しかし、これらの誘導効果が認められるの高々24時間である。たとえば、1日絶食にしたラットに普通の食餌を与えれば、絶食の誘導効果は消失してしまう。アルコールで言えば、前の晩に大量飲酒を行った翌日にはCYP2E1の活性が高いが、次の日にはその活性は元に戻ってしまう。CYP2E1の回転が速やかに行われるからであると考えられている。

先頭へ戻る

炭水化物(糖質)はアルコール性肝障害を予防する

アルコール性肝障害の成因に関して、アルコールの直接障害説と飲酒に伴う栄養不良(タンパク質とビタミンの不足)を重視する間接障害説が長年対立してきたが、RubinとLieberが「栄養学的に十分な組成をもつ液体食」(Lieber食)を用いてヒヒ(baboon)に肝硬変をつくることに成功してから(6)、直接障害説が有力となった。現在、アルコール性肝障害に関する生物医学的研究はほとんどこのLieber食を用いて行われている。

Lieberらはこの液体食が大量飲酒者に不足しがちなタンパク質とビタミンを十分含むという点で「栄養学的に十分な組成をもつ液体飼料」であると主張した。しかし、Lieber食は極端な低糖質食(糖質=総摂取エネルギーの11%)に大量のアルコールを加えたものである(図3)。Lieber食は糖質が不足しているという点で栄養学的に十分な組成をもつとはいい難い。事実、Lieber食で飼育したラットは生長が抑制される。

日本酒、焼酎、ビール、ウイスキーなどのアルコール飲料は糖質の発酵によってつくられる。しかし、哺乳動物の細胞には糖質→アルコールを触媒する酵素は存在しない。哺乳動物の体内では、アルコールは酢酸(CH3COOH)に変換される。化学構造からみて、酢酸は脂肪鎖の最も短い脂肪酸(短鎖脂肪酸)である。つまり、アルコールは脂肪に似ている。アルコールは糖質の代替エネルギーではない。アルコールを飲用するときには、糖質を減らすのではなく、脂肪を減らさなくてはならないのだ。

アルコールはアルコール脱水素酵素(ADH)のみならずCYP2E1によっても代謝される。とくに大量のアルコールを飲用したときにはCYP2E1の関与が大きい。アルコールは、いずれの酵素経路でも、アセトアルデヒドを経て酢酸に代謝される。アセトアルデヒドは反応性の高い中間代謝物で近傍のタンパク質と結合して細胞障害を起こす。CYP2E1が高濃度に存在する肝小葉中心部(中心静脈周辺)にはアセトアルデヒドを酢酸に変換するアセトアルデヒド脱水素酵素が少ない。したがって、CYP2E1によって産生するアセトアルデヒドは細胞障害を起こし易い。また、CYP2E1にるアルコールの代謝は分子状の酸素を要求するので活性酸素が発生する。この活性酸素もアルコールの細胞障害に関係がある。

アルコールがCYP2E1を誘導し、糖質がアルコールのCYP2E1誘導作用に重要な役割を演ずることは先に述べた。さらに「アルコール+低糖質食」によって、活性酸素を除去する肝の還元型グルタチオン(GSH)が減少する。飲酒時に糖質摂取が減少するとCYP2E1の誘導と肝GSHの減少があいまって脂質過酸化、活性酸素の発生を促し、アルコール性肝障害を引き起こす。

このことを検証した動物実験の結果を述べる。3群のラット(1群10尾)を「コントロール食」、「アルコール+低脂肪食」および「アルコール+低糖質食」で4週間飼育した(7)。これらの食餌はいずれも液体食である。「アルコール+低脂肪食」と「アルコール+低糖質食」は「コントロール食」(タンパク質18%;脂肪35%;糖質47%)の脂肪と糖質をそれぞれ等エネルギー的にアルコールで置き換えたものである。したがって、これら3種類の液体食は等エネルギーとなっている。ラットにこれらの液体食を与えると「アルコール+低糖質食」の摂取量が最も少ない。すなわち、ラットは「アルコール+低糖質食」を好まない。それに対して、ラットは「アルコール+低脂肪食」を「コントロール食」同様に好んで摂取する。摂取エネルギーを等しくするために、ラットが摂取する「アルコール+低糖質食」と等量の「コントロール食」および「アルコール+低脂肪食」を与えた(pair-feedingという)。4週間の飼育後に、ラットを屠殺して肝組織の中性脂肪含有量(脂肪肝の指標)とg-グルタミルトランスペプチダーゼ(g-GTP)の活性(アルコール性肝機能障害の指標)を測定するとともに、肝組織の組織学的検索を行った(表)。「アルコール+低糖質食」は「アルコール+低脂肪食」に比べて肝臓に対してはるかに強い悪影響を与えることがお分かりいただけるだろう。脂肪の少ない食餌とともに飲んだアルコールは脂肪肝(アルコール性肝障害の初期変化)すら起こさない。

このことを人間で実証するために、疫学調査で飲酒量と血清g-GTPの関係に影響を与える栄養因子を調べた(8)。飲酒量が多くなるにつれてg-GTPが上昇していた。重回帰分析において飲酒によるg-GTPの上昇に影響を与える栄養要因は砂糖と果物類の摂取量であった。砂糖の摂取量によって被験者を3群(多量、中等度、小量)に分け、各群について飲酒量とg-GTPの関係を調べてみた。その結果、砂糖の摂取が少ない飲酒者で血清g-GTPの活性の高いことが判明した(図4)。果物は、それ自身血清g-GTP活性を下げる方向に働くが、アルコールによるg-GTP活性の上昇に対しては砂糖のような明確な影響を与えなかった。

そのメカニズムは明らかではないが、甘いもの(砂糖)は飲酒による肝障害に対して好ましい影響を与えるらしい。中華料理店で客が老酒に氷砂糖を入れて飲んでいるのを見掛けるが、中国には元来このような習慣はなく、どうも台湾を訪れた日本人観光客が始めたものらしい。「老酒+氷砂糖」は上述の「アルコール+甘いもの」が肝臓に良いという調査結果から肯首できる飲酒行動である。

従来、飲酒時の栄養に関してはたんぱく質とビタミンの重要性が強調され、糖質は逆に摂取を控えることが望ましいとさえいわれてきた。これは誤解である。「あんこを嘗めながら酒を飲みなさい」と言った方が理にかなうのかもしれない。アルコールは糖質よりも脂肪に近い。飲酒時には糖質を控えるよりも、脂肪分を控えた方が健康的である。穀類や果物の糖質がアルコ−ルに変ってしまって、アルコ−ル飲料は糖質が少ない。その点、日本酒、ワイン、ビ−ルなどの醸造酒はアルコ−ル飲料としてよい。幾分かの糖質が残っているからである。とくに日本酒は糖質量が多いという点でとくに優れている。これに比べると、焼酎やウイスキ−などの蒸留酒は香りのついたアルコ−ルであって「気狂い水」である。果物ジュ−スで割って飲む以外に能のない代物である。さらに、アルコ−ルを飲むときはその基となった穀物あるいは果物と一緒に飲むことを勧めたい。日本酒の最良の友はおにぎりであり、ビ−ルやワインにはパンがつまみとして最適である。キリストが最後の晩餐でおっしゃたっていうではないか。「ワインを我が血、パンを我が肉と思え」と。もちろん「生きのいい刺身で、熱燗をキュ−っと」と言われる方はどうぞご随意に。

先頭へ戻る

参考文献

1. Sato A, Nakajima N, Koyama Y. Dose-related effects of a single dose of ethanol on the metabolism in rat liver of some aromatic and chlorinated hydrocarbons. Toxicol Appl Pharmacol 60, 8-15, 1981.

2. Sato A, Nakajima T, Koyama Y. Effects of chronic ethanol consumption on hepatic metabolism of aromatic and chlorinated hydrocarbons in rats. Br J Ind Med 37, 382-386, 1980.

3. 中島民江、太田節子、釘本 完、村山忍三、佐藤章夫.飲酒による栄養摂取状況の変化ー炭水化物・蛋白質・脂肪の摂取量を中心にー.日公衛誌 39, 90-99, 1992.

4. Sato A, Nakajima T. Dietary carbohydrate- and ethanol-induced alteration of the metabolism and toxicity of chemical substances. Nutr Cancer 6, 121-132, 1984.

5. Sato A, Nakajima T, Koyama Y. Interaction between ethanol and carbohydrate on the metabolism in rat liver of aromatic and chlorinated hydrocarbons. Toxicol Appl Pharmacol 68, 242-249, 1983.

6. Rubin E, Lieber CS. Fatty liver, alcoholic hepatitis and cirrhosis produced by alcohol in primates. N Engl J Med 298, 128-135, 1974 .

7. Tsukada H, Wang P-Y, Kaneko T, Wang Y, Nakano M, Sato A. Dietary carbohydrate intake plays an important role in preventing alcoholic liver damage in the rat. Journal of Hepatology 29, 715-724, 1998.

8. Nakajima T, Ohta S, Fujita H, Murayama N, Sato A. Carbohydrate-related regulation of ethanol-induced increase in serum g-glutamyltranspeptidase activity in humans. Am J Clin Nutr 60, 87-92, 1994.

先頭へ戻る


  トップ  

ご意見