牛乳カルシウムの真実

牛乳を飲んでも背は伸びない

1. 牛乳を飲んでも子どもの背は伸びない

最近の日本人は背が高くなったといわれる。国(厚生省と文部省)や業界の「牛乳のカルシウムが骨を丈夫にする」という宣伝が「牛乳を飲むと身長が伸びる」というメッセーッジとなって国民に伝えられたために、親や学校の先生は「牛乳を飲まないと背が伸びない」と嫌がる子どもにも無理やり牛乳を飲ませた。スポーツクラブの監督やコーチは「水を飲むくらいなら牛乳を飲め」と選手を叱咤した。牛乳は子ウシの体重を1日に1kgも増やすほどの飲みものである。ウシの子がこんなに速く成長するのは、大量のタンパク質(母乳の3倍)とカルシウム(母乳の4倍)に加え、強力な成長因子(「牛乳と乳がん」を参照)が牛乳に含まれているからだ。それでは、牛乳は人間の子どもの背も伸ばすのか。

平成19(2007)年度文部科学省「学校保健統計調査報告書」に基づいて、日本の児童・生徒の第二次世界大戦後の身長の推移を眺めてみる。図1は、小学校1年生(6歳)と高校3年生(17歳)の男女の身長が1950(昭和25)年から2005(平成17)年の55年間にどのように変化したかを示したものである。

6歳(小学1年生)男子の身長は、1950年に108・6cmであったが、2005年には116・6cmとなり、55年間で8・0cm伸びた。また、同一期間における17歳(高校3年生)男子の身長の伸びは9・0cmであった(1950年の161・8cmから2005年の170・8cm)。女子の身長はどうか。小学校1年生(6歳)の身長は55年間で8・0cm(107・8→115・8cm)伸び、高校3年生(17歳)の身長は5・3cm伸びた(152・7→158・0cm)。

皆さんは不思議に思われないだろうか。図1を見ると、男女ともに、17歳の身長曲線は6歳の身長曲線をそのまま上方に平行移動しただけのように見える。事実、男子についてみると、1950年には6歳から17歳の間に53・2cm伸びたが、2005年の身長の伸びは54・2cmである。55年間に1・0cmしか大きくなっていない。6歳までの乳幼児の身長の伸び(8.0cm)がほぼそのまま17歳の身長に反映されているに過ぎない。女子にいたっては、1950年の17歳と6歳の身長差は44・9cmであったのに、2005年の差は42・2cmと2・7cmも縮まってしまった。

1950年ごろの子どもは牛乳・乳製品をほとんど口にしなかったが、その55年後の子どもは乳・乳製品の溢れる社会で育った。男女ともに、戦後の55年間で身長が伸びたのは生まれてから小学校に上がるまでの乳幼児の間だけで、その後の前思春期と思春期(6〜17歳)の身長はほとんど伸びていないのである。

1950年の小学校1年生は敗戦の近い1944(昭和19)年の生まれで、食うや食わずの幼少期を過ごした。食うものがなくて大きくなれなかったのである。一方、2005年の小学1年生は、1999(平成11)年生まれで、食うものに困ることのない豊かな時代に育った。2005年の小学校入学生が1950年の新入生に比べて8・0cmも大きくなったのは、牛乳を飲んだからではなく食うものがたっぷりあったからである。何であれ食べるものがたっぷりあれば子どもは大きくなる。

2. 男の子の身長

図2に1950年と2005年の男子(5〜17歳)の年齢別平均身長を示した。最近の男の子の身長が最も伸びるのは11〜13歳(ただし、女子は9〜11歳で最も背が伸びる)である。

小学校入学時(6歳)の男子の1950年と2005年の身長差は8・0cmであるが、中学2年(13歳)では18・7cmという非常に大きな身長差となっている。しかし、2005年の子どもは13歳を過ぎると、背があまり伸びなくなり、13歳から17歳にかけての伸びは10・9cmに過ぎない。とくに15〜17歳の高校時代の伸びはわすかに2・4cmである。一方。1950年の13歳の子どもは141・2cmと小さかったが、その後も背が伸び続け、17歳で161・8cmと、13歳から17歳の間に20・6cmも伸びていた(2005年のほぼ2倍)。その結果、17歳男子の1950年と2005年の身長差は9・0cmで、13歳の身長差(18・7cm)の半分以下になっている。換言すれば、最近(2005年)の子どもは13歳ごろまでは身長が急速に高くなるが、その後はこれまた急速に身長が伸びなくなってしまうのである。

このことは男子の身長の伸びを一歳間隔で眺めるともっとよくわかる。図3に1950年と2005年における1歳間隔の男子身長の伸びを示した。最近(2005年)の男子で身長が最もよく伸びるのは11〜12歳と12〜13歳の7・4cmである。その後の身長の伸びは急速に小さくなり、16〜17歳の身長の伸びはわずかに0・8cmと1cmを割り込んでしまう。しかし、1950年には、男子の身長が最も伸びたのは14〜15歳(6・7cm)であった。その後の身長の伸びは小さくなるものの16〜17歳でも2・7cmも伸びていた。最近の小学生・中学生は給食で毎日牛乳を飲まされているが、牛乳を飲んだからといって子どもの最終的な身長が高くなるわけではない。牛乳を飲んでいる最近の男の子は、牛乳を飲まなかった昔に比べて、早く大きくなって早く成長が止まってしまうのである。

最近の男の子の思春期が早まっている。すなわち、早熟(おませ)である。思春期は精巣の発育に最も重要な時期で、男の子の思春期は精巣が大きくなることで始まる。最終的な精子の数を決定する精巣のセルトリ細胞数は思春期に著しく増える[1]。前に現代牛乳の魔力で述べたように、市販の乳・乳製品には大量の女性ホルモン(卵胞ホルモンと黄体ホルモン)が含まれている。思春期に取り込まれる牛乳中の女性ホルモンが成人男性の生殖能力(精子数)に与える影響を注意深く見守る必要がある(後述の「牛乳と日本の少子化問題」を参照)。

3. 女の子の身長

つづいて女子(5〜17歳)の身長の年次推移を見てみよう。男の子と同様に、1950年の女の子は2005年の女の子に比べて身長は低かったが、14歳を過ぎてもなお身長が伸び続けていた(図4)。しかし、最近(2005年)の女子の身長は14歳を過ぎるとほとんど伸びない。1950年に152・7cmであった17歳の女の子の平均身長は55年後の2005年には5・3cm伸びて158・0cmになった。ところが、1950年と2005年における11歳の身長差は15・2cmもある。つまり、小学校入学時(6歳)に8・0cmであった身長差は11歳で15・2cmに広がるが、17歳の身長差は5・3cmに縮まってしまうのである。このことは、最近の女の子の身長は思春期の始まる頃には急速に伸びるが、思春期を過ぎるとほとんど伸びなくなってしまうことを示している。

この現象は、身長の伸びを1歳間隔で示した図5を見ると、さらにはっきりする。昔(1950年)の女の子の身長は14歳から15歳の1年間に平均3・6cmも伸びていたが、最近(2005年)の女子の14歳以後の身長の伸びは年間わずかに0・4cmに過ぎない。

女の子の思春期は乳房の膨らみで始まる。つづいて、性毛が生え、初潮の到来で思春期が終わる。思春期の始まりは身長の伸びが急速に上向く時期に一致する。思春期が終わる(初潮)と、その後の身長の伸びはわずかになる。上で述べたように、かつては14歳を過ぎても身長が伸びていたのに、最近(2005年)の女の子の身長は14歳を過ぎるとほとんど伸びなくなる。最近の女の子の思春期は、1950年頃に比べて1〜2年早く始まり、終了(初潮の到来)が早い。つまり、最近の女の子は、男の子と同様に、昔に比べて早く成長してしまうのである(牛乳と乳がんを参照)。

性情報の氾濫する社会環境や夜遅くまで起きているという生活環境が日本の子どもの思春期を早めたという意見もあるが、早熟の一番の理由は、子どもの食べものが戦後の食糧難の時代に比べて格段によくなり、成長が促進されたからである。さらに、1960年ころから摂取量の急増した乳・乳製品中に含まれている女性ホルモンが思春期の到来に与えた影響を無視することはできないだろう。実際、日本人の乳・乳製品の消費量(1人1日当たり)を年齢階級別に見ると、前思春期〜思春期の7〜14歳(307・8g)と幼児期の1〜6歳(221・8g)の消費量が突出している(図6)。因みに、青年期(20〜29歳)の消費量は128・3gに過ぎない。7〜14歳の学童・生徒の乳・乳製品の摂取量がこんなに多いのは、文部省(現・文部科学省)が学校給食法で彼らに牛乳飲用を強制したからである。

4. 牛乳を飲まなくても背は伸びる

2005(平成17)年に定められた日本の男の子に対するカルシウム摂取基準(目標量)は、10〜11歳が800mg、12〜14歳が900mg、15〜17歳が850mgとなっている。少年期の摂取基準がこんなに大きな数値になっているのは、文部科学省が子どもに牛乳を半強制的に飲ませているからである。先に述べたように、必要もないのに毎日多量のカルシウムを摂っていると基準値もそれに応じて高くなってしまうのである。

1950年ごろの日本では食料の絶対量が不足していた。1950年の子どもの身長が低かったのは食べものの絶対量が足りなかったからである。骨の成長にはタンパク質が必要であるが、肉を食べず牛乳を飲まなくても、たっぷりの「穀物+大豆+野菜」の食事で、日本人の身長は遺伝(設計図)の許す範囲で伸びる。背の高い日本人の中には牛乳を好んで飲んだ人もいるだろうが、牛乳が嫌いでほとんど飲まなかったという人もいる。牛乳のカルシウムは身長の伸びと関係ないのである。建築中にいくらセメントを運んだところで、平屋と設計された建物が二階建てになるわけはない。同様に、いくら牛乳を飲んだところで、日本人の平均身長がアメリカ人のように高くなることはない。それなのに、牛乳を飲むと背が高くなると誤って(あるいは故意に)宣伝されてきたのである。

インスリン様成長因子1(IGF-1)が含まれているから、牛乳は乳幼児期に長管骨(四肢の長い骨)を伸長させて思春期の到来を早めるかもしれない。しかし、最終身長は遺伝で決まっているから、思春期の始まりに背が伸びても成長が早く止ってしまうから最終身長は伸びない。さらに、思春期に乳・乳製品あるいはサプリメントで大量のカルシウムを摂取しても、骨量の増加は一時的で後々まで持続しないことは多数の介入研究が証明している[2]。それどころか、思春期に牛乳をたくさん飲むと、牛乳中のエストロジェンによって長骨の成長板(骨端線)が早めに閉じて、かえって身長の伸びが止まってしまうかもしれないのだ。もう一度繰り返すが、牛乳・乳製品は子どもの思春期を早めるだけで、最終的な身長を伸ばすわけではない。

フィンランド人、スウェーデン人、オランダ人などの北欧の人々は多量の乳・乳製品を消費する。古いデータだが、1994〜98年の一人1日当たりの乳・乳製品の消費量を比較すると、フィンランド人の消費量(961・7g)は日本人(186・6g)の約5倍である。乳・乳製品を多く消費している北欧人は背が高い。成人男性の平均身長が日本人の170cmに対して180cmもあると言われている。このことから、乳・乳製品を摂取すると背が伸びるという神話が生まれた。「背が伸びる」は牛乳の最大の「売り」(セールスポイント)であったが、牛乳を飲んでも日本人の背が伸びるわけではないことは上に述べた通りである。

文献
1. Sharpe RM, McKinnell C, Kivlin C, Fisher JS. Proliferation and functional maturation of Sertoli cells, and their relevance to disorders of testis function in adulthood. Reproduction  125: 769-84, 2003.

2. Lanou AJ, Berkow SE, Barnard ND. Calcium, Dairy Products, and Bone Health in Children and Young Adults: A Reevaluation of the Evidence. Pediatrics 115:736-743, 2005.


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