牛乳カルシウムの真実
カルシウムは足りている
1. 日本人にカルシウムが足りないなどということはない! 牛乳は人乳(母乳)に比べて多量のカルシウムとタンパク質を含む。母乳のカルシウムは100g中30mg、タンパク質は1・1gであるが、牛乳は4倍のカルシウム(120mg)と3倍のタンパク質(3・3g)を含んでいる。40〜50kgで生まれたウシは3ヶ月で120〜150kgにもなる。1日に1kgも体重が増える。だから牛乳にはかくも多量のカルシウムとタンパク質が含まれているのである。ひとの赤ちゃんは3kgほどで生まれ12ヶ月でほぼ3倍の約9〜10kgに育つ。ひとの子はウシの子に比べて生長が非常に遅い。牛乳は子ウシの飲みものであって人間の飲みものではないことがお解りいただけるであろう。 日本では、成人一人1日当たり600〜700mgのカルシウム摂取が必要とされている(厚生労働省:カルシウム摂取基準、2005)。2005年の平均カルシウム摂取量は546mgにもなっているが、それでもなお栄養学者は日本人に唯一不足している栄養素はカルシウムであると声高にいう。この「日本人に不足している唯一の栄養素」というキャッチフレーズはもう50年近くも前から叫ばれつづけてきた。この潤沢な日本で、平均値として不足している栄養素などがあるはずがない。栄養学者は何を根拠にカルシウムが不足していると言っているのか。ただ単に「厚労省の摂取基準に比べて少ない」と言ってきたに過ぎない。健康政策を支える栄養学者が「カルシウムが足りない!日本人に足りない栄養素はカルシウムだけ!」と言い続けてきたから、日本人は「足りないのはカルシウムだ!もっとカルシウムを摂らなくては!」と洗脳されてしまった。その背景には牛乳・乳製品を「売らんかな」の商業主義が見え見えである。豆腐のカルシウム含有量を増やすために、牛乳を添加して豆腐を作るという無謀なメーカーすら現れた。 2. 間違っているのはカルシウムの摂取基準 誤っているのは日本人の食生活ではなく、摂取基準である。カルシウムは近年、骨成長(身長)と骨粗鬆症との関連で語られてきた。戦前の日本人の平均カルシウム摂取量は200〜400mgだったと推定される。それでも子どもの歯が生えないなんてことはなかったし、子どもに骨折が多かったわけでもない。骨粗鬆症で骨折などということは稀な事象だった。 骨粗鬆症になると、骨折を起こしやすくなる。高齢者の骨折は「寝たきり」という悲惨な状態を招く。骨折した高齢者の4人に1人は、その骨折から合併症を起こして2年以内に死亡している。カルシウムがこんなに問題になるのは、カルシウムの摂取が少ないと骨粗鬆症になってしまうという宣伝が広まっているからである。栄養学関係者は「牛乳を飲みなさい。さもないと骨粗鬆症になりますよ」と国民の恐怖を煽ってきた。そのためだろう。2005年の60〜69歳のカルシウム摂取量は597mg(男590、女603mg)にもなっている(厚生労働省、平成17年国民健康・栄養調査報告)。 酪農業界にとって、牛乳の唯一の「売り」はカルシウム濃度が高いことである。いずこも同じで、アメリカ酪農評議会(National Dairy Council)は、アメリカ国民が「カルシウムの危機」に瀕しているとして、乳製品の摂取量を増やすよう宣伝を繰り広げている。危機に瀕しているなどとんでもない。アメリカ人のカルシウム摂取量は世界のトップクラスで、その過剰摂取こそ問題である。 官界・学界・業界がこぞって「カルシウムが不足している」と国民を脅迫しなければ、人類が本来必要としない牛乳などを飲む人間がいなくなってしまうのは日本でもアメリカでも同じである。日本人の身体は古来の知恵に支えられている。役所や酪農・乳業界がカルシウム、カルシウムと騒ぎたててもそんな空騒ぎにのらない。日本人は賢明にもカルシウム摂取量をアメリカ人の半分以下にとどめて幾多の病気(乳がん、前立腺がん、心筋梗塞、骨粗鬆症など−後述)を押しとどめている。 カルシウムの摂取量をいくら増やしたところで骨粗鬆症とそれに伴う骨折が予防できるわけではない。ましてや、牛乳の摂取量を増やせば骨折が予防されるなどということはない。酪農・乳業に関係の深いカルシウム栄養学の最大の恥部は「カルシウムは骨の健康に必須だと言っているのに、どうしてカルシウム摂取量の多い国ほど骨粗鬆症や骨折が多いのか」という矛盾を説明できないことにある(後述)。それなのに健康診断を受けると今もって、「骨密度がD判定です。カルシウムが不足していますね。もっと牛乳を飲みましょう」などと言う医師や保健師・栄養士がいる。この人たちはきっと無知(無恥)なのだ。 カルシウムが必須ミネラルであることはいうまでもない。カルシウムはなぜ必要なのか。私たちの身体は体重のおよそ1・2%(700〜800g)のカルシウムを保持しており、その99%は骨に存在する。カルシウムは骨の構造物(柱や梁)を結びつけて強度を与えているセメントの成分だと考えるとよい。残りの1%は血液や細胞の内液と外液に溶けて存在する。細胞の内外に溶けているカルシウムは神経刺激の伝達や心臓の拍動を調節し、細胞機能の調節に重要な役割を果たしている。 カルシウムの血中濃度は8・8〜10・4mg/dlで、細胞内のカルシウム濃度はその1/1000以下に調節されている。つまり、身体の神経伝達や筋肉収縮に必要なカルシウムは極めて微量で、細胞内のカルシウム濃度が高くなれば身体機能が停止してしまう。 骨以外のところに存在するカルシウムは1グラム(1000mg)程度である。それなのに毎日2000mgを越えるカルシウムを摂取しても人間が生きていけるのは、余分なカルシウムがほとんど吸収されないで糞便中に排泄されるからだ。さらに、たとえ吸収されても、余分なカルシウムが速やかに腎臓から尿中に排泄されてしまうからである。 身体の骨は刻一刻と作り替えられている(骨のリモデリング)。骨のカルシウムは絶えずその一部が血液中に溶け出し、新しいカルシウムと置き換わっている(新陳代謝)。子どもの頃(成長期)には骨に入るカルシウムの方が出ていくカルシウムより多いが(骨成長)、50歳を過ぎると骨から出ていくカルシウムが入ってくるカルシウムを上回るようになり、骨は脆くなって折れやすくなる(骨粗鬆症)。この脱カルシウム現象は男ではゆっくり、女では比較的急速に起こる。女性の骨量減少が更年期後に速まるので、エストロジェン分泌の減少を女性の骨粗鬆症の原因と考える研究者が多い。だからといってエストロジェンを補充すれば(ホルモン補充療法;HRT)骨量が増えて骨粗鬆症が予防できるというものではない。HRTの効果は一過性で益より害が多い。 先に述べたように人間の生命維持に必要なカルシウムはごく微量である。成長が停止した大人なら、骨モデリングに使われる分も含めて100mgも吸収されれば生きていくのに支障はない。老人になって大腿骨や背骨が折れて寝たきりになるのは困る。したがって、成人のカルシウム必要量は、毎日どのくらいカルシウムを摂ったら骨折を起こさないかということに注目して基準を定めればよい。 これが基準になるなら、国別のカルシウム摂取量と骨折頻度を調べて、骨折の最も少ない国のカルシウム摂取量を所要摂取量とするのが一番簡単である[1]。世界のカルシウム摂取量を調べてみると、インドの300mg、日本の500mgからフィンランドの1300mgまでさまざまである。前にも述べたが、カルシウム摂取量の多い国(=乳・乳製品の多い国)ほど骨粗鬆症を原因とする骨折が多い。このことは長いこと世界の酪農業界を悩ませてきた。牛乳の最大のセールスポイントが「骨粗鬆症の予防に牛乳を!」だったからである。骨粗鬆症の発生機構は複雑で、単にカルシウム摂取が不足して起こるなどという単純なものではない。骨組織を構成している柱や梁が加齢とともに脆くなり、セメント成分がはがれ落ちていくのが骨粗鬆症である。骨粗鬆症の名だたるイギリス人研究者ケイニス(Kanis JA)は次のように述べる[2]。「骨成長が完了すれば、カルシウム摂取量の増加によって骨格が強くなることはないし、骨折を予防することもない」、「更年期後の女性にカルシウム摂取を奨めて骨折を減らそうという政策に意味はない」と。 3. カルシウムの摂取基準はどのように決められているのか カルシウムの必要量は伝統的にカルシウムの収支バランスで決められてきた[1]。ボランティアにカルシウム含有量の異なる食事を数日から数週間食べてもらい(これで体に入るカルシウム量が判る)、糞便と尿を集めてそれぞれのカルシウムを測定する(体から出るカルシウム量が判る)。[体に入るカルシウム量]と[体から出るカルシウム量]が等しくなるところがゼロバランス(zero calcium balance)である。このゼロバランスがカルシウム必要量とされてきた。ゼロバランスでは体内のカルシウムは増えもしないし減りもしない。しかし、カルシウムなどのミネラルは摂取量が極端に少ないかあるいは極端に多い場合を除くと、身体がその摂取量に適応して毎日の摂取量がゼロバランスになる。つまり、たくさんのカルシウムを摂っている人たちではゼロバランス(=必要量)が高く、摂取量が少ない人たちでは必要量も低いという奇妙なことになっている。アメリカ人のカルシウム必要量が日本人のほぼ2倍になっているのはアメリカ人のカルシウム摂取量(乳・乳製品の消費量に比例する)が多いからである。世界的に眺めると、アジア人・アフリカ人のカルシウム摂取量は欧米人の半分以下である。非欧米人はその少ないカルシウムを効率よく利用して何の不都合もなく生きている。アジア人・アフリカ人は欧米人のように無駄なカルシウムを摂っていないのである。 欧米のようにカルシウムの摂取量の多い(=乳製品の消費量が多い)ところではカルシウムのゼロバランスが高い。無駄遣いするからたくさんのカルシウムが必要なのである。たくさん摂っているから無駄遣いすると言ってもよい。無駄遣いの果てが骨粗鬆症であり心筋梗塞である。カルシウムと心筋梗塞の関係は後述する。 アメリカ酪農業界の「カルシウムが不足している!健康のためにもっとミルクを!」という宣伝にのってアメリカ人のカルシウム摂取量が増えると、科学的?とされるゼロバランスに基づいて勧告されるカルシウム所要量がさらに増える。その結果、骨粗鬆症・骨折で寝たきりになり、心筋梗塞で倒れるアメリカ人が多くなる。アメリカ政府(農務省、USDA)の政策がアメリカ国民を死に追いやっているとは何たる皮肉だろう。いや実は皮肉でもなんでもない。たくさんの人が病気になってたくさんのくすりを服まないことには自国の経済を維持できないのだ。アメリカ社会はすべてがビジネスである。日本も近ごろそうなった。 4. 生物の適応能力は高い これはすべての栄養素について言えることだが、食うものが乏しければ、人間はその少ない食糧(栄養素)を効率よく使って生き延びるという生物学的能力を備えている。カルシウムが少なければ腸管からの吸収をよくしてカルシウムを余すところなく取り入れ、そのわずかなカルシウムで細胞内カルシウムや骨カルシウムを新しくする。虎の子のカルシウムを尿中にジャブジャブ捨てるなどという無駄をなくす。このことは、岩盤をうがってでも細い根を伸ばして必要な栄養分を取ってくる植物の生命力を思い浮かべれば理解できるだろう。 ビタミンDはカルシウムの体内動態に大きな影響力を発揮する。このビタミンはそのままでは効果がなく、活性型ビタミンD(D3)となってカルシウムの吸収を左右する。カルシウムの摂取量が少ないと、ビタミンD3の生成が増えてカルシウムの吸収率が上がる。これが、アジアやアフリカで摂取量が欧米にくらべて少なくてもカルシウム欠乏が起こらない理由である。環境が許容するカルシウムの摂取量で成長期の子どもや妊娠・授乳中の女性が必要なカルシウムを確保するのは、ビタミンD3がカルシウムを有効に利用するからである。 私たちがどの位のカルシウムを摂ったらよいのか全くわからない。政府がカルシウム摂取基準などという勧告値を定めているのだから、いくらなんでも「全くわからない」ということはないだろうと皆さんはお考えだろうが、実際のところ全くわからないのである。 カルシウムに関してはいくつもの疑問がある。まず第一に、カルシウムや牛乳はいくら摂取しても安全なのか? 栄養の専門家は長いこと、吸収されないカルシウムは糞便中にそのまま排泄されるし、吸収されたが不要のカルシウムは尿中に排泄されるから、いくら摂っても問題ないと考えていた。しかし、牛乳・乳製品からのカルシウムの摂り過ぎは大きな問題を引き起こす(後述)。 文献 |