「牛乳は子どもによくない」

(PHP新書2015年1月8日)

何を食べようと勝手であるが、牛乳は単なる食物ではない。牛乳が「子どもによくない」のは牛乳が異種動物のミルクであるからではない。ミルクという白い液体は小さく生まれた哺乳類の子どもを速く大きくするために母親が分泌する成長促進剤である。

ミルクにはもともと多量の成長促進ホルモンが含まれている。しかも、最近の牛乳は、そのほとんどが妊娠しているウシから搾られている。最大の問題は牛乳中の女性ホルモンである。妊娠・出産の経験がある母親ですら「自分の子どもに飲ませている牛乳が妊娠しているウシから搾られている」という事実とその意味を知らない。

欧米の乳文化は新しい味と香りを日本にもたらした。日本人にとって、牛乳は本来、美味しいから口にする食品である。それなのに文部省(現 文部科学省)は、児童・生徒に牛乳という特定の食品を「健康のために」と法律で強要してきた。 古今東西、一国の政府がこれほどまでに牛乳に拘ったためしがあっただろうか。

牛乳飲用の法による強要は日本の将来を担う子どものためという純粋な動機で始まったのかもしれない。アメリカに完膚なきまでに叩きのめされた日本。「彼らはなんであんなに大きいのか。アメリカにあって日本にないものは何か。牛乳である。子どもに牛乳を飲ませよう」と役人が考えても不思議はない。勝者たるアメリカ人に対する畏れと憧れから、一般の日本人が進んで「パンと牛乳」を受け入れた側面もあった。

牛乳を飲めばアメリカ人のようになれるのか。答えはNOである。最終身長は遺伝で決まっている。どんな食事でも充分に食べれば遺伝の許す範囲で身長は伸びる。児童が成長促進剤を飲めば早く背丈が伸びるだろうが、その分早く伸びが止まってしまう。どんなにカルシウムを摂っても背丈が伸びないのは、設計図が平屋の建物にいくらセメントを運んでも2階建てにならないのと同じ理屈である。

「骨粗鬆症にならない」も牛乳のセールスポイントであった。ほんとうに骨が丈夫になるのか。答えはNOである。牛乳消費量の少ない日本人の骨は欧米人の骨より脆いのか。答えはNOである。牛乳を飲むようになった現代日本人の骨は牛乳をほとんど口にしなかった戦前の日本人の骨に比べて丈夫なのか。答えはやはりNOである。

学校給食の目的が栄養から食育になった現在でも、文部科学省は依然として牛乳のない献立を学校給食として認めていない。文部科学省は2008年10月30日付けのスポーツ・青少年局長通達で、「学校給食においてカルシウムの供給源としての牛乳が毎日供給されていること」「学校給食がない日はカルシウム不足が顕著であり、カルシウム摂取に効果的である牛乳等についての使用に配慮すること」と念を入れている。

学校給食法制定からすでに半世紀も経過した。純粋な動機で始まったものでも50年も経てば錆びる。もうそろそろ強制ではなく、飲みたい子どもだけが牛乳を飲むということにしてもよいのではないか。

乳腺と前立腺はよく似ている。ともに性ホルモン依存性の外分泌腺で、思春期に急速に分裂・増殖する。日本で今、女の乳がんと男の前立腺がんが急増している。国立がん研究センターのがん対策情報センターによると、1975年から2010年の35年間に乳がんという診断で治療を受けた女性は約4倍に、男性の前立腺がんはほぼ8倍にふえた。

乳がんと前立腺がんは欧米の風土病である。厚生労働省のがん対策推進基本計画(平成19年6月)には、両腫瘍の増加要因が「食生活の欧米化」という言葉で括られている。食の欧米化とは日本人が牛乳を飲み、バターやチーズを食べるようになったことをいう。食の欧米化が近年の乳がんと前立腺がんの急増の原因なら、予防の基本はバターの香りを遠ざけることにある。

本書は「牛乳のカルシウム」「牛乳と乳がん・前立腺がん」「学校給食と牛乳」を主題にして、「牛乳はそんなによいものではありません」という視点から書かれたものである。すべての乳製品に「この製品は妊娠している動物から搾ったミルクを使用していません」と表示されることを願っているが、少なくとも子どもには「妊娠していないウシから搾ったミルク」を飲ませたい。


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