糖質の制限は危険です!
決してアルコールをたくさん飲んではいけません
糖質制限に挑戦している方々へ。アルコール性肝障害の危険性が非常に高まります。
炭水化物とアルコール 炭水化物を制限しながらお酒(アルコール)を飲むのは非常に危険です。最近のお医者さんはこのことをほとんど知りません。炭水化物制限食の推進者は「炭水化物の多いものを食べなければアルコール(蒸留酒)は飲み放題」などと無邪気に無責任なことを言っています。 飲酒時の炭水化物の重要性を理解していただくために、炭水化物とアルコールの関係を述べておきます。ご存知のように、私たちが飲用するアルコール(エチルアルコールまたはエタノール)は穀物や果物などの炭水化物を微生物(酵母)の力を借りてアルコール発酵させたものです。すなわち、アルコールは炭水化物からつくられます。下の図をご覧ください。 ここから、アルコールに関する大きな誤解が生まれてしまいました。それは、アルコールは炭水化物と同等のエネルギー源であるという誤解です。困ったことに今でも、「日本酒を飲むときはご飯(炭水化物)を減らしなさい」などとおっしゃる方がいます。 アルコールは炭水化物ではありません。体内に吸収されたアルコールのほとんどは代謝されて酢酸になります(最終的には炭酸ガスと水に分解されます)。脂肪酸はメチル基(CH3-)が鎖状につながった有機酸(CH3CH2…CH2COOH)です。炭素の鎖の数によって長鎖脂肪酸、短鎖脂肪酸などと呼ばれますが、酢酸は炭素数が一つの最短鎖脂肪酸です。つまり、酢酸のもとになるアルコールは炭水化物ではなくて脂肪なのです。 アルコールは脂肪ですから、いくら飲んでも血糖は上がりません。炭水化物制限食の推奨者はこのことを利用して、「糖質(炭水化物)を含まない蒸留酒ならいくら飲んでも構いません」などととんでもないことをおっしゃいます。この方々の命題はただ一つ、「血糖さえ上がらなければすべてよし」ですから、炭水化物を含まない蒸留酒は飲み放題ということになるのです。先ほどの「日本酒を飲むときはご飯(炭水化物)を減らしなさい」と同様の罪深い物言いです。 アルコールの代謝:アルコールはCYP2E1で代謝される アルコールは胃と小腸から吸収されて血液に入り全身をめぐります。一部は呼気と尿中に排泄されますが、吸収されたアルコールのほとんどは肝臓でアセトアルデヒドを経て酢酸に分解され、最終的に炭酸ガスと水になります。 下図をご覧ください。身体に入ったアルコールを分解する酵素は二つあります。 一つがアルコール脱水素酵素で、もう一つは前回の「炭水化物の制限は危険です!」でお話したCYP2E1です。少量のアルコールの分解には主としてアルコール脱水素酵素が関わりますが、大量のお酒を飲んで血中アルコール濃度が高くなるとCYP2E1が動員されます。このCYP2E1によるアルコールの代謝が肝臓に障害をもたらすのです。 CYP2E1はミクロソームという細胞小器官に存在する酵素ですから、「ミクロソームのエタノール酸化酵素(Microsomal Ethanol Oxidizing System)」の意味でMEOS(ミーオス)とも呼ばれています。MEOSはリーバー(Lieber)博士*の命名によるものですが、後になってCYP2E1と同一のものであることが判明しました。 前回の「炭水化物の制限は危険です!」でお話したように、炭水化物の摂取量が少ないと四塩化炭素の肝毒性が強くなります。その理由は、炭水化物の少ない食事によってCYP2E1が誘導され、四塩化炭素から大量につくられるフリーラジカルが肝障害を起こすからです。 「炭水化物制限食+アルコール」は両者が相乗的に作用して強力にCYP2E1を誘導する アルコールも炭水化物制限食と同様にCYP2E1(MEOS)を誘導します。アルコールによるCYP2E1の誘導現象はリーバー博士によって発見されました。初めて飲んだころには少量のアルコールで酔っていた「酒に弱い」人が飲酒を重ねるとだんだん多量のアルコールが飲めるようになることがあります。この「酒に強くなる」という現象にもアルコールによるCYP2E1の誘導が関与しています。 「炭水化物制限食」と「アルコール」はともにCYP2E1の活性を高めるのですが、「炭水化物制限食+アルコール」(炭水化物の摂取量が少ない状態でアルコールを飲む)は「炭水化物制限食」と「アルコール」が相乗的に作用してきわめて高度のCYP2E1の活性亢進を起こします*。 アルコール含有液体食(リーバー食) ここで、アルコールに関する動物実験で使われるアルコール含有液体食について説明しておきます。固形あるいは粉末の飼料とアルコールを加えた飲料水で動物を飼育してもよいのですが、ラットなどの実験動物は人間と違ってアルコールが好きではありません。ラットに飲ませるには15%のアルコール(日本酒ほどの濃度)が限度ですが、この程度の濃度では臓器に明らかな病変は起こりません。 アルコール濃度が高くなると飲水量が少なくなる同時に餌の摂取量も減少して体重が減ってしまいます(15%でも体重が減ります)。一方、ラットが十分量の餌を食べるような濃度ではアルコールの摂取量が少なすぎて何の影響も現れません。ラットに大量のアルコールを与えるには、チューブを用いて胃の中に直接アルコール水溶液を注入する以外に方法がなかったのです。 ここに、リーバー博士が開発した、アルコール研究に極めて有用な「リーバー食」が登場したのです。リ博士は、蛋白質・脂肪・炭水化物・ビタミン・ミネラル・食物繊維を溶かした液体にアルコールを加えてアルコール含有液体食をつくり、哺乳ビンのようなガラス容器でラットに飲ませました。液体食は、アルコールの摂取量を一定に保ちながら他の栄養素を自由に変えることができますから、動物実験には非常に便利でした。 リーバー博士は、1960年ごろのアメリカ人の標準的な食事に基づいて、動物用の標準液体食(蛋白質18%、脂肪35%、炭水化物47%)を作りました(図)。 この標準食(1 kcal/ml)の80 ml(=80 kcal)で若いラットは順調に成長します。次いで、標準食の炭水化物(4 kcal/g)をアルコール(7 kcal/g)で置き換えて、蛋白質18%、脂肪35%、炭水化物12%、アルコール35%の割合にしたものがリ博士のアルコール食です(以後、これをリーバー食と呼びます)。リーバー食ではアルコールと脂肪が総エネルギーの70%を占めていました。リ博士は、蛋白質とビタミン・ミネラルが過不足なく含まれているとして、この液体食を「栄養学的に十分な組成をもつ液体食(nutritionally adequate liquid diet)」と呼んだのです。 リーバー博士の失敗 先にお話したように、アルコールは炭水化物ではありません。炭水化物はアルコールをはじめとする薬物の代謝に大きく関わる栄養素ですから、炭水化物をわずか12%*しか含んでいないリーバー食は栄養学的に極めて不十分な食餌でした。しかし、リーバー博士は、アルコールと炭水化物はたがいに置き換え可能のエネルギー源であると考えてしまったのです。これがリ博士の失敗でした。実験結果の解釈が狂ってしまったのです。 アルコールの健康影響といえばまず肝障害ということになっています。今ではどなたでも、アルコールを飲み過ぎると肝臓が侵されることを知っています。ALTやASTなどの肝機能検査の数値が上がっていると、お医者さんが最初に発する言葉は「お酒をたくさん飲んでいますか」です。 しかし、1960年ごろまでは、アルコールだけで肝臓が悪くなることはないと信じられていたのです。もちろん、アルコール依存になっているような大酒飲みに肝炎・肝硬変などが起こることはよく知られていました。しかし、大酒飲みに肝障害が起こるのは、アルコールが直接の原因ではなく、食べるべきもの(蛋白質やビタミン)を摂らないでアルコールばかり飲んでいるからだという「アルコール性肝障害の栄養起因説」が主流だったのです。 今でもあまり変わりませんが「お酒を飲むときは良質な蛋白質(=動物性蛋白質)を食べなさい」と言われていました。とくに1960年代は「何を措いても蛋白質」の時代でした。実際、インスリン発見者の一人であるベスト(Best C)は、自ら動物実験を行って、「栄養が十分であれば、アルコールは甘くない砂糖水のようなものだ」語っていたほどです。アルコールを水に加えて飲ませているかぎり、ラットの肝臓には軽度の脂肪変性すら起こらないのです。 リーバー博士のアルコール性の肝炎と肝硬変はスーパー炭水化物制限食によるものだった しかし、故郷のベルギーで、栄養が十分でありながら肝硬変になったアルコール依存症の患者を診たことのあるリーバー博士はこの医学界の常識に挑戦しました。リ博士の最大の研究業績は「栄養学的に十分な組成のアルコール食」をヒヒ(baboon)に与えて実験的にアルコール性肝硬変を発生させることに世界で初めて成功した*,**ことです。このリ博士の研究では、最長4年間にわたって「リーバー食(アルコール液体食)」で飼育された15匹のバブーンのうち5匹に肝炎、5匹に肝硬変が発生しました。リ博士の、「栄養が十分」でも大量のアルコールを飲めば肝硬変が起こるという報告は医学界に大きな衝撃を与えました。 リーバー博士が用いた「栄養学的に十分な組成のアルコール食」とはどんなものだったのでしょうか。リ博士がヒヒの実験で用いた液体食(1 kcal/ml)はエネルギー割合18%の蛋白質と十分量のビタミン・ミネラルを含んでいました。アルコールは全量を炭水化物と置き換えて全摂取カロリーの50%に達していました。リ博士は、アルコール依存症に陥っている人たちに不足しがちな蛋白質とビタミンを過不足なく加えたということから、このような食餌を「栄養学的に十分」と考えたのです。 しかし、本来的に重要な栄養素である炭水化物を極限まで減らしているのですから、栄養学的に十分であるはずがありません。「リーバー博士の失敗」はアルコールを炭水化物と互換性のある液体と考えたことにあります。昨今の炭水化物制限食の提唱者のように、リ博士は「炭水化物は単なるエネルギー源である。炭水化物など摂らなくてもよい」と考えてしまったのです。 炭水化物を摂っていればアルコール性肝障害は起こらない 私は以前から、「炭水化物は単なるエネルー源である」という考え方に疑問を抱いていましたので、リーバー博士の「スーパー低炭水化物食+アルコール」が栄養学的に十分であるはずがないと確信していました。前にお話したように、アルコールは脂肪です。アルコールを加えるとき、減らすべきは脂肪であって炭水化物ではありません。そこで、リ博士のアルコール食は栄養学的に不十分であることを実験的に証明しようと思い立ちました。以下にその経過を少し詳しくお話します。 まず、リーバー博士の処方にしたがって、アルコールが含まれていない標準食(蛋白質18%、脂肪35%、炭水化物47%の液体食)を作りました(図)。 この標準食の炭水化物をアルコールで置き換えたものがリーバー食で、その本質は低炭水化物・アルコール食(蛋白質18%、脂肪35%、炭水化物12%、アルコール35%)です。一方、標準食の脂肪をアルコールで置き換えたものが低脂肪・アルコール食(蛋白質18%、脂肪0%、炭水化物47%、アルコール35%)です。これら3種類の液体食でラットを4週間飼育してアルコール肝障害の程度を観察しました*。 ラットは夜行性の動物ですから、日中は背中を丸めて眠っていて、暗くなってから活動をはじめます。餌を食べるのももっぱら夜間です。したがって、毎日新たに液体食をつくって午後4時に与え、翌日の午前10時に給餌ビンを撤去しました。ラットは脂肪の代わりにアルコールを加えた低脂肪・アルコール食はよく飲むのですが、低炭水化物・アルコール食をあまり好みません。液体食の摂取量を測ると、標準食>低脂肪・アルコール食>低炭水化物・アルコール食の順で少なくなりました。栄養素とアルコールの摂取量が違っては実験になりませんから、飲用量の最も少ない低炭水化物・アルコール食に合わせて他の群の給餌量を調整しました(ペア・フィーディングと言います)。餌の食べ方を見ているだけでも低炭水化物・アルコール食(リーバー食)は大変な餌であると感じたものでした。 この実験結果の一部を下表に示します。肝臓の顕微鏡標本をつくり、病理学の専門家にアルコールの影響を調べていただきました。 この表は、肝臓に変化のみられないものを(−)、肝細胞に小さな脂肪滴(脂肪変性)がみられるものを(1+)、大小さまざまな脂肪滴が存在して明らかな脂肪肝の起こっているものを(2+)で示しています。 アルコールを含んでいない液体食(標準食)を食べていたラットでも10匹中1匹に脂肪変性(1+)が認められました。アルコールを飲まなくても肝臓に脂肪の溜まることがあります。また、脂肪を少なくしてその代わりにアルコールを加えた液体食(低脂肪・アルコール食)を食べたラットでは脂肪肝(2+)が起こったラットは10匹中1匹だけでした。脂肪変性(1+)も2匹に認められただけで、7匹には肝臓に変化がありませんでした。これに対して、炭水化物を少なくしてアルコールを加えた液体食(低炭水化物・アルコール食=リーバー食)を食べたラットでは、10匹のうち半数の5匹に明らかな脂肪肝(2+)が生じておりました。さらに3匹は(1+)で、異常なし(1+)は10匹中2匹だけでした。つまり、同じ量であっても、炭水化物の少ない状態で飲んだアルコールは明らかな肝障害を起こすが、適度の炭水化物を摂りながら飲んだアルコールは肝臓にあまり悪い影響をもたらさないという実験結果でした。 先に「低炭水化物食」と「アルコール」はともにCYP2E1を誘導するが、この両者が組合わさるとそれぞれの誘導作用が相乗的に働いて極めて高度の酵素誘導が起こることをお話しました。上表右端のデータ(CYP2E1の活性)は、肝臓のミクロソーム分画を用いて測定したジメチルニトロサミンの代謝速度(10匹の平均値)です。低炭水化物・アルコール食(リーバー食)を与えられたラットの活性は低脂肪・アルコール食の2倍以上になっています。つまり、アルコールを飲むときに炭水化物の摂取量が少ないと、CYP2E1(MEOS)の活性が著しく亢進するのです。 CYP2E1によるアルコールの代謝では大量の活性酸素が発生します。この酸化ストレスによる脂質過酸化がアルコール性肝障害の本体です。アルコール性脂肪肝はCYP2E1の分布している部位(肝小葉の中心静脈周辺)に強く現れました。このことも、CYP2E1によるアルコールの代謝が肝障害に関連していることを示唆しています。 炭水化物を制限するとアルコール性脂肪肝炎および非アルコール性脂肪肝炎の危険性が高まる みなさん、アッシュ(ASH)あるいはナッシュ(NASH)という言葉をお聞きになったことがありませんか。ASHはアルコール性脂肪肝炎(alcoholic steatohepatitis)、NASHは非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis)のことです。昔は、肝障害というとすぐアルコールと関係づけられましたが(ASH)、最近はアルコールを飲まない人の肝障害が増えています。これがナッシュ(NASH)です。単なる脂肪肝ではなく、肝生検の組織像で炎症性変化や繊維化が認められます。一旦NASHになってしまうと、元にもどること(完治)は難しく、肝硬変や肝がんに発展する危険性の大きいことが知られています。健康診断の超音波検査で発見される脂肪肝のほぼ1割はNASHです。困ったことに、NASHの人がアルコールを飲むと病変の進展が速まってしまうのです。 晩年のリーバー博士は研究の対象をアルコール性脂肪肝炎(ASH)から非アルコール性脂肪肝炎(NASH)へと変更しました*。なんと、リ博士は、リーバー食(アルコール含有液体食)のアルコールを脂肪に置き換えて、NASHの動物実験モデルを作成したのです**。この食餌は蛋白質18%、脂肪71%、炭水化物11%というスーパー高脂肪食(スーパー低炭水化物食)でした。この食餌は、人間でいえばバラ肉と野菜の油炒めということにでもなりますが、ラットに明らかなNASHを起こしました**。このリ博士の実験モデルは、これ以降、この実験モデルがNASHの研究に幅広く用いられています。 リーバー博士のスーパー高脂肪食によるラットのNASHを下図に示しておきます。 炭水化物が47%で脂肪35%の標準食で飼育したラットの肝臓(A)は正常でしたが、脂肪71%で炭水化物11%のスーパー高脂肪食(=スーパー低炭水化物食)を3週間与えたラット(B)では強烈な脂肪変性(脂肪肝+繊維化)が起こりました。 ASHとNASHに共通する肝障害の要因はCYP2E1の活性亢進です*,**.***。みなさん、おわかりいただけたでしょうか。炭水化物を制限すると、CYP2E1の活性が亢進して、NASHの危険性が高くなってしまうのです。炭水化物を制限しながらアルコールを飲むと、その危険性が一層高まります。決して、炭水化物制限食などというもの手を出してはいけません。 宴会の締めにお茶漬けかおむすびを 日本酒やビール・ワインなどの醸造酒は多少とも未発酵の炭水化物とともにわずかながら蛋白質などの栄養素を含んでいます。しかし、焼酎・ウィスキーなどの蒸留酒はアルコール以外に栄養源らしきものはなにも含まれていません。蒸留酒は香りと微妙な味のついた高濃度のアルコール水溶液です。ほとんどの酒飲みは焼きとりやさしみなどをつまみながらアルコールを口にします。私たちは昔から「肝臓を護るために、お酒を飲むときは良質の蛋白質を摂りなさい」と繰りかえし聞かされてきました。「良質の蛋白質」とは「動物の肉」のことです。しかし、動物性蛋白質を食べながらお酒を飲むと炭水化物が不足してしまいます。お酒の好きな方ならきっと、アルコールをたっぷり飲んだあとにお茶漬けやラーメンが食べたいと思われたことがあるでしょう。お酒を飲んだあとは身体が炭水化物を要求するのです。宴会の納めにはお茶漬けあるいはおむすびが最高です。
おわかりいただけたでしょうか。食べるということは炭水化物を摂るということなのです。決して、炭水化物を制限するなどという無謀なことに挑戦してはいけません。 ・・・つづく |