乳・乳製品を多く摂る西洋人は日本人に比べて大腿骨頚部骨折を起こしやすい。牛乳を飲んでも骨粗鬆症の予防にならないどころか、かえって助長する。 |
牛乳は骨粗鬆症の予防になるか牛乳100 gには約100 mgのカルシウムが含まれている。したがって、牛乳は高カルシウム食品である。日本では、成人一人1日当たり600-700 mgのカルシウム摂取が必要とされている(厚生省:第6次改定日本人の栄養所要量、1999)。1997年の成人の平均カルシウム摂取量は571 mgで、日本人に唯一不足している栄養素はカルシウムであるとう。カルシウムが必須ミネラルであることはいうまでもない。最近では、カルシウムは骨粗鬆症との関連で語られることが多い。骨粗鬆症になると、骨折を起こし易い。高齢者の骨折は「寝たきり」という悲惨な状態を招く。中央酪農会議(Japan Dairy Council http://jdc.lin.go.jp/index.html)のホームページから牛乳−カルシウム−骨粗鬆症に関する文章を引用する。 中央酪農会議の主張その1 牛乳で骨粗鬆症や老化を防ぐ カルシウムは骨や歯を作るだけではなく、血液や神経、筋肉などが円滑に働く役割も持っています。カルシウムが不足すると、こうした毎日の生理作用を補うために骨の中のカルシウムが使われます。そのために骨がスの入ったようなスカスカの状態になり、もろくなる病気が骨粗しょう症です。これを防ぐためには、若い頃から牛乳のようにカルシウムの吸収率のよいものをとり、カルシウムを貯金することが大切です。他にカルシウムは、脳卒中などを引き起こす動脈硬化を防ぐ役割があります。動脈硬化は動脈の壁にコレステロールが沈着して血管を狭くします。カルシウムが不足すると、コレステロールの沈着が促進されることが知られています。また、高血圧を防ぐためには、たんぱく質を充分に摂取することが大切です。良質のたんぱく質は血管を保護し、強く丈夫にするほか、たんぱく質のアミノ酸であるメチオニンが血圧を下げる働きをするといわれています。吸収率の良いカルシウムと良質のたんぱく質をバランス良く含んだ牛乳は、高血圧や動脈硬化、骨粗しょう症を防ぎ、脳卒中や心疾患などの成人病を予防するために、大切な役割を果たしています。 中央酪農会議の主張その2 骨粗鬆症の原因 1. カルシウム不足 2. カルシウムの調節因子の異常 3. 女性ホルモンの不足 4. 運動不足 5. 身体のさまざまな老化現象 6. 無理なダイエットは骨の赤信号 牛乳と骨粗鬆症 −日本と西洋−大方の予想に反して、西洋人は日本人に比べて大腿骨頚部骨折を起こしやすい(1, 2)。例えば、35歳以上の女性の大腿骨頚部骨折の発生率はイギリス、オックスフォードで人口10万対202であるが、鳥取県の同年齢女性における発生率は半分以下の90である(3)。 アベロウ(Abelow)ら(2)は、世界の16カ国について動物性食品およびカルシウムの摂取量と50歳以上の女性における骨折発生率との関係を調べている。骨折発生率は論文に発表された数値を使い、動物性タンパク質やカルシウムの摂取量はFAOの数値を使った。その結果、動物性食品の摂取量と骨折の間には強い正の相関関係が認められた(図1)。つまり、肉や牛乳をたくさん摂取している国ほど骨折が多い。骨折が多いのはノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ニュージーランド、イギリス、アメリカ、フィンランド、イスラエルで、少ないのはパプア・ニューギニア、南アフリカ(黒人)、シンガポール、ユーゴスラビア、香港、スペインであった。アメリカの黒人女性の骨折はアメリカ・ヨーロッパの白人女性に比べると少ないが、南アフリカの黒人女性よりはるかに多かった。また、カルシウム摂取量と骨折発生率の関係をみると、カルシウム摂取量の多い国ほど骨折が多いという結果になった。 Abelowらは、カルシウムをたくさん摂取していても動物性タンパク質の摂取量が多いと、酸ム塩基平衡が酸性側に傾きカルシウム・バランスが負に傾いてしまう(骨のカルシウムが溶け出して尿中に排泄される)と考えた。この研究を契機に、タンパク質とカルシウム・バランスの研究が多数行われた(その結果については後に詳しく述べる)。 イギリスと日本で骨量と骨折(大腿頚部骨折)を比較した疫学研究を取り上げてみよう(4)。この研究は、ハートフォードシャーの男172人および女143人と和歌山県太地の男86人および女90人について、体格、骨量(大腿骨頚部と腰椎)、生活習慣(飲酒、喫煙、カルシウム摂取量、屋外活動)などを比較したものである。イギリスでは4年後、日本では3年後に骨量を再検査して加齢による骨量変化を比較している。初回測定の骨量は男女ともにイギリス人の方が多かったが、骨量の1年当たりの減少率は男女ともにイギリス人の方が大きかった。すなわち、イギリス人の骨量は日本人に比べて加齢ととに急速に減少した。この傾向はとくにイギリス人女性で著しい。この調査では、男女とも、体格(BMI)はイギリス人の方が大きく、屋外運動量もイギリス人の方が多い。体格が大きく、運動量が多いということは骨量の増加に役立つことである。それにもかかわらず、イギリス人では年齢とともに骨量が減少した。この研究の報告者は、日本人は男女とも牛乳を週4日しか飲まない(ただし、週3日魚を食べる)という結果から、日本人のカルシウム摂取量はイギリス人(1日当たり男680 mg、女632 mg)に比べてかなり少ないだろうと推定している。牛乳を飲まないということはカルシウム摂取量が少ないことと同義に扱われるが、牛乳を飲まない(=カルシウムの摂取量が少ない)日本人の方が骨量の減少が少ないという矛盾はどのように解釈したらよいのだろうか。つぎの2つがこの矛盾を説明する。(1)日本人のカルシウム要求量はイギリス人(西洋人)に比べて少ない(日本人は少ないカルシウムで生存できるという遺伝的特性をもつ)。(2)牛乳中のカルシウムは役立たない。 フィンランドは世界一の牛乳消費国である(表1)。フィンランドは人口がおよそ500万という人口小国であるから、全国規模で疾病統計が入手できる。男性の心筋梗塞発生率は世界1位の地位を確立している(5)。このフィンランドでタンペレのUKK健康増進研究所のカンヌス(Kannus)らはフィンランドにおける骨粗鬆症関連の転倒骨折についていくつかの研究を報告している。それによると、60歳以上の骨粗鬆症に起因する大腿骨頚部骨折は1970年から1998年の29年間で驚異的に増加した。年齢調整を行ったうえで比較すると骨折発生率(人口10万対)は女性で50から133に(2.7倍)、男性で14から49に増えた(3.5倍)。この発生率は年齢調整したものである。したがって、高齢者が増えたから骨折が増えたわけではなく、実際に骨粗鬆症が誘因となった転倒骨折を起こすお年寄りが増えたことを示している(6)。さらに、骨粗鬆症関連の転倒による脊椎骨骨折によって起こった50歳以上の脊髄損傷の年齢調整発生率(人口10万対)は1970年1月から1995年12月までの26年間に女性で5.8倍(5から29)、男性で2.4倍(7から17)に増えた(7)。さらに、カンヌスらは骨粗鬆症関連の骨折に遺伝的要因がどの程度関与しているかを検討するために双生児研究を行っている。1946年より前にフィンランドで生まれた1卵性双生児2,308組と2卵性双生児5,241組の計7549組(15,098人)を追跡調査した。これらの双生児において1972年から1996年の25年間に起こった転倒骨折を調べ上げたのである。このような研究ができるのは総人口500万という人口小国ならではのことである。女性で双生児の両方が転倒骨折を起こした割合は1卵性双生児で9.5%、2卵性双生児で7.9%であった。男性では9.9%と2.3%であった。この結果をみると、男性では遺伝的要因が骨粗鬆症関連の転倒骨折に関与している可能性があるが、女性ではその可能性は少ない(8)。 上述の牛乳消費大国フィンランドにおける骨粗鬆症の増加は牛乳の飲める西洋人(ラクターゼ活性持続症)においても、牛乳が骨粗鬆症を予防できないことを示している。 牛乳は骨粗鬆症を助長する?なぜ、牛乳やチーズのカルシウムが骨粗鬆症の予防にならないのか。牛乳消費量の多い国民は牛乳に加えて肉・チーズなどの高タンパク食品の摂取も多い。タンパク質を構成するアミノ酸にはメチオニン、システインなどの含硫アミノ酸がある。動物性タンパク質は植物性タンパク質に比べて含硫アミノ酸が多い。これらのアミノ酸の硫黄は分解されて硫酸イオンとなり体液の酸・塩基平衡を酸性側に傾ける。酸性になった体液をアルカリにして酸・塩基平衡を保たなければならない。体内に取り込まれた酸あるいは代謝で産生された酸は腎臓から尿中に排泄しなければならない。腎臓はpHが5以下の尿を排泄することができないから、酸性に傾くと体液は直ちにアルカリで中和される。中和に用いられるアルカリ源はカルシウムである。体内のカルシウムの99%は骨に存在する。細胞内の微量のカルシウムを中和に用いることはできないので骨のカルシウムがもっぱら使われる。 タンパク質の摂取量が多くなると尿中に排泄されるカルシウムが増えることは1970年代に行われた代謝実験でよく知られた事実である(9-13)。1997年にはアメリカの骨・ミネラル学会は「高タンパク食の骨代謝に与える影響」をめぐってシンポジウムを開催した。このシンポジウムで、アルバート・アインシュタイン医学校のバーゼル(Barzel)とワシントン大学のマッセイ(Massay)は「必要以上にタンパク質を摂ると骨量が減る」ことを強調し、骨粗鬆症の予防のためにはタンパク摂取を少なくし、野菜や果物(ともにカリウムが多い)を多く摂ることを勧めている(14)。しかし奇妙なことに、BarzelとMassayは、肉と魚は骨に悪いがチーズを除く乳製品とミルクは悪くないといっている。牛乳はタンパク質がほぼ20%を占める高タンパク食品である(牛乳は水分90%の液体であることを想起してほしい)。今はやりの低脂肪乳はさらにタンパク質の占める割合が増える(脂肪分が2%、1%になれば、タンパク質はそれぞれ25%、30%に増える)。 一方、ワシントン大学のヒーニー(Heaney)は、高タンパク食が尿中にカルシウムの喪失を促すことは間違いないが、失われる以上にたくさんのカルシウムを摂れば骨量の減少を防ぐことができると述べている(15)。彼の説明によると、余分なタンパク質によってカルシウムが尿中に失われると、身体はより多くのカルシウムを吸収するようになるというのだ。毎日140 gのビーフを余分に食べれば、タンパク質摂取量が40 g増える。これによって36-40 mgのカルシウムが毎日尿中に失われる。これは少ない量ではない。しかし、身体がこれに適応して(副甲状腺ホルモンの分泌が増える)、小腸のカルシウム吸収率が0.018増加する。1日250 mgのカルシウム摂取ではカルシウム吸収増加量は4.5 mgに過ぎないが、摂取量が1,500 mgになれば、27 mgのカルシウムが余分に吸収されるようになる。カルシウム摂取量が少ないときにたくさんの肉を食べることは問題であるが、摂取量が多ければ肉を多く食べても問題はない。たしかに、タンパク質をたくさん摂るような人は同時にカルシウムもたくさん摂っている。 ヒーニーは、重要なのはタンパク質の摂取量そのものではなく、カルシウム(mg)とタンパク質(g)の比であるという。そして、中年女性にとって適切なカルシウム/タンパク質の比は20であるというのである。すなわち、タンパク質摂取量が50 gであれば1,000 mgのカルシウム摂取が必要であり、75 g のタンパク質は1,500 mgのカルシウムが必要というのだ。これはとんでもない数値であるが、困ったことに、アメリカの食品・栄養委員会は1997年にこの数値を勧告している。 ラクターゼ活性持続症(牛乳が飲める)の欧米人でさえ牛乳中のカルシウムは骨粗鬆症の予防に役立たない。役立たないどころか、牛乳は骨粗鬆症を助長する。まして、牛乳が飲めない(正常である!)日本人が牛乳を飲んでもカルシウムはそれほど吸収されない。腸管内の水分だけでなく、腸上皮細胞内の水分も取り込んで、腸管内を下ってしまう。日本人に対する牛乳の効果は便を柔らかくする以上のものではない。 多量のタンパク質が困るのは腎臓に負担を与えるということである。タンパク質は最終的に尿素あるいはその他の分解産物として排泄される。尿素を排泄するためには大量の水をいったん濾過してから再吸収しなければならない。たくさんのタンパク質を含む食品を摂ると腎臓はオーバーワークを強いられ、腎機能の低下を招く(16)。 1960年以前の日本人のタンパク摂取量は少なかった(欧米でも平均的な西洋人のタンパク質摂取量が急増したのは第一次世界大戦後のことに過ぎない)。人間の腎臓は多量のタンパク質の処理には不向きにできている。成長したひとにはそんなにタンパク質は必要ない。19歳から51歳の成人に対するアメリカのタンパク質摂取量の勧告値は0.75
g/kgである。これに従うと、体重60 kgの人は1日に45 gでよいことになる。WHOは成人のタンパク質摂取量は1日当たり0.6 g/kg
でよいという。60 kgの人は36 gでよいことになる。日本の第6次栄養所要量(2000年から2004年まで適用)におけるタンパク質所要量はなんと60歳以上の男性で65
g、女性で55 gである。タンパク質が多すぎる!現在の日本人のタンパク質摂取量は総カロリーの16%に達している。1998年の国民栄養調査によると、50-59歳の日本人は平均して87.3
gのタンパク質を摂取している(うち、動物性タンパク質が46.9 gで54%を占める)。 |
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