日本人は何を食べたらよいか
〜日本人と牛乳〜

生活習慣病を招く食生活の欧米化の本質は、日本人が牛乳・乳製品を飲みかつ食べるようになったことである。この変化は文部省が学校給食法をつくって子どもに牛乳を強制的に飲ませるようになったことから始まった。牛乳・乳製品は、タバコ・アルコールと同じ嗜好品である。好きな人だけが飲み食いすればよい。古今東西、国民にある特定の食品を強要した国家が存在しただろうか。健康志向の強かったドイツ・ナチスでもこんなことはしなかった。日本(旧文部省、現文部科学省)だけである。

1.日本人の日常茶飯
 日本人の食生活は、古来「一日ニ玄米四合(しごう)ト味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ」(宮澤賢治)であった。言い換えれば、日本人の食生活の基本は「穀物+大豆+野菜(+魚介類)」であり、日本人は、過去1000年以上にわたって、コメをはじめとするデンプン(糖質あるいは炭水化物)が主成分の穀物に支えられてきた。この食生活は、明治維新によって西洋文化が導入されても基本的に変わることはなかったが、過去40年という短期間で一変してしまった(食生活の欧米化=動物性食品の増加と穀類の減少)。穀物を中心とするこのような日本人の食事を「粗食」と呼ぶ人がいるが、この食事は「素食」(基本的な食事)であって断じて「粗食」ではない。
 私たちひとり1人に2人(2の1乗人)の親がいる(両親)。その母親と父親にもそれぞれ2人の親(祖父母)がいた。すなわち祖父母は4人(2の2乗人)である。その祖父母にも2人の親がいた。曾祖父母は8人(2の3乗人)、曾々祖父母は16人(2の4乗人)である。ヒトはだいたい30歳位までに子どもをつくるから1世代を30年とする。30年毎に祖先は倍々に増える。1000年は33世代に相当する。したがって、1000年前には2の33乗人の祖先がいたことになる(約86億)。私たちの身体は無量無辺の人々の遺伝子が混ざりあってできている。私たちは太古から延々と流れる大河の一滴なのだ。日本人の食生活の原型が1000年前に成立したと仮定すれば、この食事は172億(2の34乗−1)人の祖先が食べ続けてきたものである。私たちは、今、172億もの先祖が食べ続けてきたものを捨て、祖先が全く知らなかったものを食べている。
 人間の身体は60兆という途方もない数の細胞から成り立っている。しかもこの細胞は刻一刻と変化している。脳細胞は再生しないといわれるが、その構成成分は私たちが毎日食べているものによって常に置き換わっている。例えば脳細胞の膜を構成しているタンパク質は、アミノ酸の種類や並び方は同じでも、常に新しいアミノ酸に置き換えられている。DNAの構成要素であるA・T・G・Cの4種類の塩基の配列が遺伝情報を決めている。この配列が変わる(変異)ことはめったにないが、塩基を構成している分子は、これまた刻一刻と食べたものによって置き換えられている。私たちが生きているということはこういうことだ。
 食べものによって細胞の構造が変わるわけではないが、その構成成分(アミノ酸や脂肪酸など)は毎日の食事成分で日々置き換わっている。アメリカ人が食べているような食事を摂っても、私たちの皮膚の色や身体つきがアメリカ人のようになるわけではないが、身体はアメリカ人の食事に含まれているアミノ酸や脂肪酸などによって構成されることになる。私たちの身体は私たちの食べたものそのものである。そう、私たちの身体は「日常茶飯」によって構成され機能しているのだ。

2. 糖質(炭水化物)の意味
 近代栄養学は、食品を分析してタンパク質、脂肪、糖質(かつて炭水化物と言われていた。デンプンと考えてよい)、ビタミン、ミネラルの5つを栄養素と名付けた。最近はこれら5つに食物センイを加えて6大栄養素という。ひとにとって最も重要な栄養素は糖質である。ヒト(動物としてのひと)は脳が発達した動物である。脳は体重の2%を占めるに過ぎないが、そのエネルギー消費量は全エネルギーの20%(400kcal)にも達する。しかも、脳は専らグルコース(血糖)を利用している。ひとが生きているということは脳が機能しているということと同義である。脳が正常に機能するためには毎日少なくとも100gの糖質が不可欠である。
 ヒトは、肝臓と筋肉にグリコーゲン(動物デンプン)という形で糖質を保有している。肝臓に60g、筋肉に120gほどのグリコーゲンがある。肝臓のグリコーゲンは分解してグルコースとして血中に放出されるが、筋肉のグリコーゲンは筋肉のために使われ、血液にグルコースを供給することはない。筋肉はグルコースを乳酸に分解する過程でエネルギーを獲得する。また、心筋、副腎髄質、赤血球などのエネルギー源もグルコースで、1日40gほどのグルコースを消費する。したがって、ひとは1日最低限150gのデンプンをグルコース源として摂らなければならない。
 デンプンが多量に存在するのは植物だけである。動物の肉を食べても、補給される糖質はごくわずかである。デンプンが少ないときは、やむを得ず、タンパク質の構成成分であるアミノ酸などからグルコースを作って、脳や心筋にエネルギー源として供給しなければならない。1日150gのデンプンをコメから摂るとすると、水分60%の玄米メシで420gを食べることになる。これはメシ茶椀に軽く盛って(1杯80g)5杯のメシに相当する。繰り返すが、茶碗5杯のメシは最低限である。

3. 哺乳類(ウシ、ブタ)を食うということ
 ひとは自分の身体(からだ)にあるものを食物として摂る必要はない。ヒトの身体にはタンパク質(肉)もあれば、脂肪もある。肉を食うことを薦めるひとは、ヒトの構造に近いものを食うのがよいという(この論をさらに進めると、ひとの最良の食物はヒトということになる)。ひとがヒトを食べる食人はタブーになっているが、食うものが全くなくなれば(極限の飢餓状態)ひとはヒトを食う。他に口にするものがあれば、ひとはヒトを食わないというのが人間の流儀である。
 ウシ、ブタなどはヒトと同じ哺乳類の仲間である。ひとが哺乳類を食う必要はない。彼らの身体はヒトの身体と基本的に同じだからだ。哺乳類の肉は、他に口にするものがないときだけ食えばよい。ひとが哺乳類を食うということは、ひとがヒトを食い、ウシがウシやヒツジを食うことと基本的に変わりはない。
 ひとの食物としては鳥類は哺乳類よりましで、魚類は鳥類に比べてさらによい。ひとの食物はヒトからの遺伝的距離が離れているものほどよい。つまり、ひとの食物としては植物が最高である。植物は、ひとにとって最も大切な糖質(デンプン)の唯一の供給源である。昨今、繊維、センイとうるさいが、センイを供給してくれるのは植物だけである。
 ヒトは植物から必要なものを補給するように進化してきた動物である。しかし、ウシやヒツジと違って、草や木の葉のセルロースを利用するようにはならなかった。ヒトは、穀物・果実や根茎など、植物が光合成で蓄えたデンプンを利用することによって、生命を維持するようになった哺乳類の一種である。イヌイット(エスキモー)とて例外ではない。彼らが移り住んだ地がたまたま食糧となる植物がなく、クジラなどの海棲哺乳類を捕食する以外に生きる術(すべ)がなかっただけのことである。西洋人がウシを食べミルクを利用するのは、彼らがその風土に適応しただけのことに過ぎない。西洋人の食生活は、西洋という地にあって長い時間をかけて築き上げられた食体系である。西洋の地で発達した近代栄養学(タンパク・ビタミン・ミネラルという栄養素栄養学)を日本にそのまま移植すべきではない。

4. 牛乳 ーこの魅惑的な白い液体の魔力
 日本人の古来の食文化にはウシの体液(乳汁)を飲むという伝統はなかった。もちろん、日本でも牛馬は飼われていた。しかし、日本の牛馬は農耕・運搬用であり、その乳汁を飲んだり、屠殺して肉を食用に供するなどということはなかった。このことはアジア・アフリカに共通している(例外はある)。牛乳をそのまま(全乳のこと。現在は減菌・滅菌している)飲むのは西洋人(皮膚の色の薄い人たち;コーカソイド)だけである。
 日本人が牛乳を飲みはじめたのは明治時代、西洋文化の到来以降のことである。外観を西洋風にすることを文明開化といい、髪型をザンギリにして洋服を着ることが洋風とされた。皇族の正装は燕尾服にシルクハット、皇室の正餐はフランス料理とされた。当然、西洋人が好む牛乳の効能も喧伝された。しかし、食習慣のような文化の基層をなすものは簡単には変わらない。明治中頃の東京での牛乳消費量は年間1人当たり1・2L程度であったという。一般人が簡単に口にできるものではなく、牛乳は薬として用いられていたらしい。
 一般人が牛乳を飲めるようになったのはもっぱら敗戦後のことである。牛乳消費量は高度経済成長期の1960年代に入って急速に増えた(学校給食で粉ミルクに代わって牛乳が供されるようになったのは1964年)。1946年には1・13kgであった年間1人当たりの牛乳・乳製品の消費量は、1960年12・0kg、1970年28・8kg、1980年42・0kg、1990年47・5kgとなり、2001年には62・1kgとなった。2001年の消費量は1946年の実に55倍である(図1)。

 獣の分泌液は日本人の忌み嫌うものであったのに、日本人がなぜ牛乳を飲むようになったのか。日本人は好奇心が強い。体格のよい西洋人は何を食っているのかと、江戸末期・明治初期の日本人は好奇の眼で西洋人の食べ物を観察したことだろう。西洋人は獣肉を食らい、牛乳という白い液体を飲んでいる! あれが彼らの秘密兵器だ! 西洋人のように大きく強くなるには、獣肉を食い牛乳を飲まなくてはならない! 牛乳神話の始まりである。
 戦後、連合軍総司令部(GHQ、中心はアメリカ)は学童に脱脂粉乳でつくったミルクを飲ませた。あれで牛乳が飲めなくなったという人もいるが、1940年代生まれのものはこの脱脂粉乳で牛乳の味と匂いに慣れた。1954年には学校給食法が公布された。学校給食の主体はコッペパンと粉ミルクであった。覚えている方もおられるだろうが、「米を食っていたから戦争に負けた」「米を食うと頭が悪くなる」などととんでもないことを言う人もいた。アメリカ映画で観たパンとバターにフライドエッグ、牛乳とコーヒーという朝食は日本人の憧れでもあったから、日本でパン食が急速に普及した。今考えると、脱脂粉乳の支給とパンと粉ミルクからなる学校給食は、アメリカの穀物戦略の一環であったのだろう。1950年代のアメリカは緑の革命の真只中にあり、余剰穀物の売り捌き先として巨大な人口を抱える日本が標的となった。米食民族をパン食民族に変えようとしたのである。日本人は、官民あげて、その戦略の一端を担った。
 しかし、牛乳消費量の増加に一役も二役もかったのはなんと言ってもアイスクリームだろう。牛乳の臭いが嫌いだという人でも、あの舌の上でとろける柔らかい甘味を嫌う人は少ないからだ。
 牛乳の消費量が増えただけではない。日本人は肉も食べるようになった。1947年の1人当たりの年間消費量は2・1kgであったが、1960年に6・8kg、1970年に15・5kg、1980年に24・8kg、1990年に26・0kg、1995年には30・0kgに達した(ただし、狂牛病の発生により、最近の肉消費量は低迷している。2001年の消費量は27・8kg)。1946−95年の50年間で14倍に増えたことになる(図1)。
 その一方、日本人の主食であったコメの消費量が減った。1946年のコメの消費量(年間1人当たり)は88・0kgであった。絶対量が不足していたのである。その後、コメの増産に伴ってコメが十分に食べられるようになり、1959年には133・0kgと戦後最大の消費量を示した。その後、日本人はだんだんコメを食べなくなり、1977年に99・0kg、1980年に82・4kg、1990年に72・2kg、2000年には58・5kgとなった(図1)。現在の日本人はコメをよく食べていた1959年に比べると、その半分にも満たないコメしか食べていない。減反し、青田刈りしてなおコメが余るというのが日本のコメ造りの現状である。

5. 乳糖分解酵素(ラクターゼ)活性持続症
 牛乳に含まれている糖質は乳糖(ラクトース)である。乳糖は、2糖類の糖質で、2つの単糖類(ガラクトースとグルコース)から構成されている。乳糖が存在するのは哺乳類の乳汁だけである。人乳の乳糖は100g中7・2gで全哺乳類の乳汁のなかで最も多い(牛乳は4・4g)。乳糖が哺乳類の乳汁に存在するのは、急速に発達する乳仔の脳髄や細胞壁の構築のため、その成分として多量のガラクトースが要求されるかららしい。ただし、成人では必要なガラクトースは肝臓においてグルコースから作られるので乳糖を必要としない。乳糖という特殊な糖の存在理由は後述する。
 乳汁中の乳糖は小腸上半部(空腸)の粘膜上皮に存在する乳糖分解酵素(ラクターゼ[lactase]、正式にはβ-ガラクトシダーゼ)によってガラクトースとグルコースに加水分解される。これら2つの単糖類は小腸上皮に存在する糖輸送系によって吸収される。したがって、乳糖の利用には乳糖分解酵素が重要な役割を演じている。
 離乳期を過ぎると乳糖分解酵素の活性は急速に低下する。酵素活性の低いひとが牛乳を飲むと、乳糖は分解されないまま腸内細菌の多い大腸に達する。腸内細菌は乳糖の一部を分解して乳酸、酢酸、ギ酸などの有機酸をつくる。これらの有機酸が腸壁を刺激して腹痛を起こし、ガスは腹鳴、腹部膨満感、鼓張の原因となる。腸内細菌による分解を免れた乳糖は、その高浸透圧性によって、腸管の水分吸収を妨げるとともに腸壁から水分を吸いとって腸内容物を水様便として下痢を誘発する。西洋人はこの腹鳴・腹痛・下痢を「乳糖不耐症」と名付けた。離乳後に牛乳が飲めなくなるのは正常な発達過程であり、この「乳糖不耐症」なる用語はあまりにも西洋中心主義的で不適切である。離乳後も生涯にわたって牛乳を飲める状態を「乳糖分解酵素活性持続症(lactase persistence)」と名付けた方がよい。
 すべての哺乳類は、離乳後は親が食べているような固形食物から栄養を摂るようになる。離乳は自然の経過であって、すべての哺乳動物に共通して認められる食行動の変化である。日本人の乳糖分解酵素の活性は14−15歳で乳児期の10分の1に低下し、以後ずっと低い活性のままで経過する。日本人の中にも、牛乳を飲み続けることによって、牛乳が飲めるようになるひとがいる。飲乳による乳糖分解酵素活性の誘導と腸内細菌叢の変化によって起こる適応の結果と考えられる。しかし、この適応は不完全であって、大量の牛乳を飲めば腹部の不快症状が発生する。
 哺乳類は、生後の一定期間、母親のミルクを唯一の栄養源として育つが、その期間を過ぎると親と同じような食物を摂るようになる(離乳)。自然界では、乳糖は哺乳類のミルクの中にだけ存在する。なぜ、ミルクは乳糖という特殊な糖を含んでいるのか? なぜ、哺乳類に離乳という現象が存在するのか? 離乳は次に述べる理由で種の保存に欠かせないし、離乳のためには乳糖という特殊な糖が必要なのだ。
 生まれた子どもがいつまでもミルクを飲んでいると、母親は次の子どもを胎内に宿すことができない。排卵が起こらず妊娠できないからだ。子どもがある程度成長すると(体重が生れたときの3倍)、乳糖分解酵素の活性が低下しているために、お腹が痛くなってミルクを飲めなくなる。そこで親が食べているような食物をミルクの代わりに食べるようになる。すると排卵が起こって、母親が次の子どもを宿すことができるのだ。これが、離乳機構がすべての哺乳類に共通して備わっている理由である。哺乳類が子孫を残せるように、ミルクが乳糖という特別の糖質を含むようになったのだ。生後の一定期間だけ子どもが飲めるように母親の分泌する体液がミルクである。
 ヒトのなかには離乳期以後も乳糖分解酵素の活性が高く保たれたままのひと達がいる。このひと達は、生涯にわたって腹部不快感を起こすことなく大量の牛乳が飲める。乳糖分解酵素活性持続症の集団は、約8000年前にメソポタミアの「肥沃な三日月地域」において突然変異によって出現したと云われている[1]。この集団が北の日照時間の短い、寒冷な地域に移動した。わずかな太陽光の有効利用のために皮膚の色が薄くなる突然変異が選択された集団である。この変異集団(コーカソイド)はタンパク質とカルシウムを濃厚に含む牛乳を用いることが生存要件であった。乳糖分解酵素活性持続症は小麦と牛乳(およびバターとチーズ)を基本とする食生活を可能にして、この突然変異種の生存を支えてきたのである。哺乳動物で、離乳後も乳汁を飲むのは一部の人類だけである。言い換えれば、現在の西洋人は、離乳後も乳汁を飲めるようになった人類の一変種の子孫である。

6. 牛乳と骨粗鬆症
 食品としての牛乳の大きな欠点の一つは多量のカルシウムを含むことにある。母乳のカルシウムは100g中27mgであるが、牛乳は4倍以上の125mgも含んでいる。牛は40kgで生まれて3ヶ月(離乳期)で120kgにもなる。だから牛乳にはかくも多量のカルシウムが含まれているのだ。ひとの赤ちゃんは3kgほどで生まれ、ほぼ12ヶ月(離乳期)で3倍の約9kgに育つ。ひとは牛に比べて生長が非常に遅い。牛乳は早熟の子牛の飲みものであって晩熟の人間の飲みものではない。こんなに多量のカルシウムを含む牛乳を人間の子どもに飲ませてどうするのだ。
 日本では、成人1人1日当たり600−700mgのカルシウム摂取が必要とされている(厚労省:カルシウム摂取基準、2005)。2002年の平均カルシウム摂取量は546mgで、日本人に唯一不足している栄養素はカルシウムであるという。カルシウムが必須ミネラルであることはいうまでもない。最近は、カルシウムは骨粗鬆症との関連で語られてきた。骨粗鬆症になると、骨折を起こし易くなる。高齢者の骨折(とくに大腿骨頸部骨折)は「寝たきり」という悲惨な状態を招く。栄養学関係者は、「牛乳を飲みなさい。骨量が増え、骨粗鬆症を予防する」と強調してきた。そのためだろう。2002年の60−65歳のカルシウム摂取量は605mgにもなっている。

6-1. 牛乳と骨粗鬆症 ー日本と西洋ー
 フィンランド人、スウェーデン人、オランダ人は多量の牛乳・乳製品を消費する。1994−98年の牛乳・乳製品の年間1人当たりの消費量を比較すると、フィンランド人の消費量(566・3kg)は日本人(125・8kg)の約4・5倍である。西洋人には骨粗鬆症や骨折が少ないだろうか。大方の予想に反して、西洋人は日本人に比べて大腿骨頚部骨折(原因は骨粗鬆症)を起こしやすい[2-5]。例えば、35歳以上の女性の大腿骨頚部骨折の発生率はイギリスのオックスフォードで人口10万対202であるが、鳥取県の同年齢女性における発生率は半分以下の90である[4]。
 アベロウ(Abelow)ら[3]は、16カ国の動物性食品およびカルシウムの摂取量と50歳以上の女性における骨折発生率との関係を調べている。その結果、動物性食品の摂取量と骨折の間には強い正の相関関係が認められた(図2)。つまり、肉や牛乳をたくさん摂取している国ほど骨折が多い。また、カルシウム摂取量と骨折発生率の関係をみると、カルシウム摂取量の多い国ほど骨折が多いという結果になった。アベロウらは、カルシウムをたくさん摂取していても、動物性タンパク質の摂取量が多いと酸・塩基平衡が酸性側に傾き、骨のカルシウムが溶け出して尿中に排泄されてしまうと考えた(これについては再述する)。

 

 イギリスと日本で骨量と骨折(大腿頚部骨折)を比較した疫学研究[5]にも触れておく。この研究は、ハートフォードシャーの男172人および女143人と和歌山県太地の男86人および女90人について、体格、骨量(大腿骨頚部と腰椎)、生活習慣(飲酒、喫煙、カルシウム摂取量、屋外活動)などを比較したものである。イギリスでは4年後、日本では3年後に再検査して加齢による骨量変化を比較している。初回測定の骨量は男女ともにイギリス人の方が多かったが、骨量の1年当たりの減少率は男女ともにイギリス人の方が大きかった。すなわち、イギリス人の骨量は日本人に比べて加齢とともに急速に減少した。この傾向はとくにイギリス人女性で著しい。この調査では、男女とも、体格(BMI)はイギリス人の方が大きく、屋外運動量もイギリス人の方が多い。体格が大きく、運動量が多いということは骨量の増加に役立つことである。それにもかかわらず、イギリス人では年齢とともに骨量が減少した。牛乳を飲める西洋人(乳糖分解酵素活性持続症)においても、牛乳は骨粗鬆症を予防できないのである。
 牛乳を飲んでも骨粗鬆症の予防にならないことはアメリカで行われた大規模疫学調査[6,7]において実証されている。そのためアメリカでは、1998年から、「骨粗鬆症の予防に牛乳を」というコマーシャルがメデイアから消えた。日本でも2003年から骨粗鬆症に絡めた牛乳の宣伝が行われなくなったことにお気付きの方もおられるであろう。
 牛乳を飲まないということはカルシウム摂取量が少ないことと同義に扱われるが、牛乳を飲まない日本人の方が牛乳を多量に飲む欧米人より骨量の減少が少ないという矛盾はどのように解釈したらよいのだろうか。

6-2. 牛乳は骨粗鬆症を助長する
 なぜ、牛乳やチーズのカルシウムが骨粗鬆症の予防にならないのか。牛乳消費量の多い国民は牛乳に加えて肉・チーズなどの高タンパク食品の摂取も多い。タンパク質を構成するアミノ酸にはメチオニン、システインなどの含硫アミノ酸が含まれている。動物性タンパク質は植物性タンパク質に比べて含硫アミノ酸が多い。これらのアミノ酸は分解されて最終的に硫酸イオンとなり血液の酸・塩基平衡を酸性側に傾ける。酸性になった血液をアルカリにして酸・塩基平衡を保たなければならない。中和に用いられるアルカリ源はカルシウムである。体内のカルシウムの99%は骨に存在する。中和にはもっぱら骨のカルシウムが使われる。タンパク質の摂取量が多くなると尿中に排泄されるカルシウムが増えることは、1970年代に行われた代謝実験でよく知られた事実である[8-12]。
 アメリカの骨・ミネラル学会は、1997年、「高タンパク食の骨代謝に与える影響」をめぐってシンポジウムを開催した。このシンポジウムで、アルバート・アインシュタイン医学校のバーゼル(Barzel)とワシントン大学のマッセイ(Massey)は「必要以上にタンパク質を摂ると骨量が減る」ことを強調し、骨粗鬆症の予防のためにはタンパク摂取を少なくし、野菜や果物(ともにカリウムが多い)を多く摂ることを勧めている[13]。一方、ワシントン大学のヒーニー(Heaney)は、高タンパク食が尿中にカルシウムの喪失を促すことは間違いないが、失われる以上にたくさんのカルシウムを摂れば骨量の減少を防ぐことができると述べた[14]。カルシウム摂取量が少ないときにたくさんのタンパク質を摂取することは問題であるが、摂取量が多ければタンパク質を多く摂っても問題はないというのである。タンパク質摂取量が50gであれば1000mgのカルシウム摂取が必要であり、75gのタンパク質には1500mgのカルシウムが必要というのだ。これはとんでもない数値であるが、困ったことに、アメリカの食品・栄養委員会は1997年にこの数値を勧告している。牛乳はタンパク質がほぼ20%を占める高タンパク食品である(牛乳は水分90%の液体であることを想起してほしい)。今はやりの低脂肪乳ではさらにタンパク質の占める割合が増える(脂肪分が2%、1%になれば、タンパク質はそれぞれ25、30%に増える)。
 乳糖分解酵素活性持続症(牛乳が飲める)の欧米人でさえ牛乳中のカルシウムは骨粗鬆症の予防に役立たない。役立たないどころか、牛乳は骨粗鬆症を助長する。まして、牛乳が飲めない(正常である!)日本人が牛乳を飲んでもカルシウムの吸収は少ない。乳糖が、腸管内の水分だけでなく腸上皮細胞内の水分も取り込んで、腸管内を下ってしまう。日本人に対する牛乳の効能は便を柔らかくする以上のなにものでもない。
 1960年以前の日本人のタンパク摂取量は少なかった(欧米でも平均的な西洋人のタンパク質摂取量が急増したのは第一次世界大戦後のことである)。人間の腎臓は多量のタンパク質の処理には不向きにできている。成長したひとには多量のタンパク質は必要ない。19歳から51歳の成人に対するアメリカのタンパク質摂取量の勧告値は0・75g/kgである。これに従うと、体重60kgの人は1日に45gでよいことになる。WHOは成人のタンパク質摂取量は1日当たり0・6g/kgでよいという。60kgの人は36gでよいことになる。日本人の食事摂取基準におけるタンパク質の1日摂取推奨量は50歳以上の男性でなんと60g、女性で55ggである。現在の日本人のタンパク質摂取量は総カロリーの16%にも達している。2002年の国民栄養調査によると、60-69歳の日本人は平均して77・2gのタンパク質を摂取している(うち、動物性タンパク質が40・3gで52・3%を占める)。日本人の身体が悲鳴をあげている。「タンパク質が多すぎる!
 牛乳を飲まないでカルシウムが充分に摂れるのか。この問いには「象を見よ、象は牛乳を飲んでいますか」と答えよう[15]。アフリカ象の巨大な骨格、2メートルにおよぶ立派な牙。あれはみな草木に含まれているカルシウムから作られたのだ。大地に根を張る植物は土壌のカルシウムを吸収して根や葉に保有する。陸上の巨大な草食動物はみなこのカルシウムによってあのような巨体になった。太陽光の少ない地域の習性だろうか、西洋人は生野菜を好む。料理名はサラダという。困ったことに、最近の若い日本女性も野菜サラダを好む。理由を尋ねると「生野菜は新鮮でビタミンが多いから」という。生の植物の葉や茎はウシやヒツジの食べ物であって人間の食べるものではない。植物は生き物だ。植物の葉は、虫に食べられないように、保護膜(自然の農薬)で覆われている[16]。草木のセルロースを利用する草食動物は胃腸内の微生物がその保護膜も含めて分解してくれるのだ。野菜は茹でこぼしたり、油通しして食べるに越したことはない。古来、アジア人(日本人もしかり)は、野菜を茹でたり、油で炒めたり、漬け物にしたりして食べてきた。調理すればかさが減ってたくさん食べられる。野菜中のカルシウムは牛乳のカルシウムと同程度に吸収される[17]。

7. 牛乳・乳製品が心筋梗塞・脳梗塞を招く
 前述のように哺乳類は生まれたときの体重が3倍になるまで母乳で育つように設計されている。繰り返すが、3kg強で生まれた人間は1年で体重が3倍の9kgほどになる。誕生日を過ぎれば母乳を必要としない。ウシは40キロで生まれ3ヵ月で3倍の120kgに育つ。その後、子ウシは親と同じように草を食って12−14ヵ月で妊娠可能なまでに育つ。母ウシが子ウシの哺育用に分泌する体液が牛乳である。乳飲み子牛は速やかに生長するから、乳液は大量のカルシウムを含む(牛乳は100mg/100ml)。離乳後の哺乳類には多量のカルシウムを含むミルクは必要ない。ましてや異種動物のミルクは有害でありこそすれ益はない。
 2005年の栄養摂取基準で、カルシウム摂取量の目標量(30−69歳)は1日600mgということになった。この数字はどのように得られたのか。カルシウム所要量の決め方に簡単に触れておく。[尿中排泄量]+[経皮的損失量]+[体内蓄積量]を計算し、これを吸収効率(=[摂取量−糞中排泄量]/[摂取量])で割った数値が必要摂取量ということになる。これらの数値の中で最も大きなのは尿中排泄量である。肉や乳製品を大量に消費する欧米人は大量のカルシウムを尿中に排泄することは先に述べた。カルシウムをたくさん摂ったところで尿中に垂れ流すだけだ。日本人のカルシウム摂取量は300−400mgで十分である。日本人はすでに1日546mgものカルシウムを摂っている(2002年度国民栄養調査)。60代の日本人はなんと605mgも摂っている。「骨粗鬆症の予防のためにカルシウムを摂りましょう(=牛乳を飲みましょう)」という宣伝が行き亘っていたためだろう。高齢者にヨーグルトを勧めるお医者さんや栄養士がいる。牛乳を飲めない日本人(腹痛や下痢を起こす)でもヨーグルト(発酵乳)は飲めるからだ。昨今の日本人はカルシウムを摂り過ぎる!
 カルシウムは筋収縮や神経伝達に必須な元素で、その細胞内濃度は血漿中濃度の1/1000に厳密に調整されている。多少の余裕はあるが血液中のカルシウム濃度も一定範囲の8・6−10・1mg/dLに調整されている。牛乳を介してカルシウムを日常的に大量に摂取すればどうなるか。過剰なカルシウムを尿中に排泄する過程で、カルシウムは尿路結石をつくったり血管壁に沈着したりする。
 カルシウムはとくに血管内膜へのコレステロールなどの侵入によって形成される粥状斑(プラーク;この状態が動脈硬化)の周辺部に沈着する。心臓を養う血管(冠動脈)のプラークにカルシウムが沈着するとさらにコレステロール・血小板が溜まりやすくなる。ここにさらなるカルシウム沈着が起こって次第に管腔が狭まる[18]。これが虚血性心疾患である。
 乳・乳製品を多量に摂取するスェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマークなどの北欧諸国は虚血性心疾患の死亡率が高い。世界30ヵ国の牛乳・乳製品の摂取量と虚血性心疾患の死亡率の間には高度の相関関係(r=0・779)が認められる(図3)[19]。日本では幸いなことに欧米に比べてまだ乳・乳製品の消費量が少ない。したがって心筋梗塞が欧米並みになることはないだろう。しかし、日本では脳梗塞が増えている。動脈硬化は、欧米人では冠動脈に日本人では脳動脈に発生しやすい。

8. 現代の牛乳 ー 年間10000kgの牛乳生産はいかにして可能になったか
 欧米とて昔から肉や牛乳の消費量が多かったわけではない。畜産品は貴重な換金食物であった。西洋人の牛乳消費量が増えたのは早くても1930年代以降のことであろう。SharpeとSkakkebaekは、1993年にLancet誌上に発表した有名な論文[20]で「先進国では乳製品の消費量が多過ぎる。その傾向は1940年代から1950年代に始まった」と述べている。1890年代には乳牛1頭からの搾乳量は1日たかだか5L程度であったが、ヨーロッパの牛乳生産量は1930年ごろから飛躍的に増えた。
 現在の遺伝的改良が行われた乳牛(たとえばホルスタイン)は1日に20−30kgの牛乳を生産する。しかも、搾乳されている乳牛のほとんどが妊娠している。自分の身体を維持し、胎仔を育てながら、なおかつ20−30kgのミルクを分泌することは尋常ではできない。まず、ミルクの元となるエネルギー(餌)を大量に供給してやらなければならない。品質が改良されたとはいえ、牧草だけではこのように大量のミルクを生産することは不可能である(牛乳1日30kgは1万8千キロカロリー)。てっとり早いのは穀物を与えることである。
 1908年にハーベル(Haber)が空気中の窒素からアンモニアを合成する方法を開発し、1914年にボッシュ(Bosch)がその大量生産に成功した[21]。この新技術が農民に安価な窒素肥料の入手を可能にし、穀物を家畜に与えられるほどに穀物生産量が増大した。さらに、1940 年代に始まり、1960年代から1970年代にかけて世界的規模で進行した「緑の革命」が一層の余剰農産物を生み出すことになった。この余剰穀物によってミルクの通年生産(自然条件に左右されることなく、人工授精によっていつでも乳牛を妊娠させ、妊娠後半にも搾乳できる)が可能になった[22]。人間の欲望はこれだけでは終わらない。さらなる奇策を考え出した。
 私たちはウシは草原でのんびりと牧草をたべている動物であるとぼんやり考えている。しかし、与え方によってはウシは仲間のウシを食う。野生のゴリラは純粋な植物食であるが、動物園でビフテキを与えればよろこんでウシを食う。現在、日本では毎日4000頭のウシ・ブタが食用に屠殺されている。大半の日本人はこれらの家畜の筋肉しか食べない(内臓の一部は食用になる。しかしその量はごくわずかである)。人間の食用にならない骨、内臓の大部分、血液、脳・神経、胃腸の内容物などは焼却処分される。食肉用に屠殺される動物だけではない。人間と同じく病気になって死ぬ家畜もいる。このような動物は人間の食用にはならない(ペットの餌にはなる)。死なないまでも病気のために動けなくなり、人間が屠殺場に引きずっていかなくてはならない家畜(英語のdownに倒れた、弱りきったという意味があるので、このような家畜を引きずられ牛/へたり牛downerという)もいる。これらも埋めるか焼却しなければならない。しかし、知恵者がいた。骨や内臓を加熱・脱脂したあと乾燥して粉砕する(この工程をレンダリングという)。この粉末(肉骨粉、英語でMeat Bone Meal [MBM]という)を草や穀物と混ぜれば、ウシは仲間のウシを食う。肉骨粉は、ミルクの生産に必須のタンパク質・カルシウムを豊富に含んでいる濃厚タンパク飼料である。見方を変えれば、レンダリングは立派なリサイクルあるいはリユースである。かくて牛乳の大量生産が可能になった。日本で狂牛病(BSE)になった24頭(2005年3月19日現在)のうち、23頭が白黒ぶちの乳牛であったことを奇異に思われた方もおられるであろう。現代酪農の牛乳大量生産が狂牛病の原因であったのだ。

9. 現代の牛乳は妊娠した牛から搾られている
 現代の酪農は昔の酪農と大きく異なっている(図4)。根本的な違いは「妊娠牛からミルクを搾るようになった」ということである。哺乳類は、出産後に乳汁を出すが、母親は子が乳汁を飲み続けている間は妊娠しない。子の鳴き声、乳首の吸引、乳房の突き上げなどによるプロラクチン・オキシトチンの分泌が排卵を抑制するからだと言われている。通常、子牛は生後3ヶ月ほどで離乳するから、出産3ヵ月後には妊娠可能になる。妊娠すると、通常、乳汁の分泌が少なくなる。ヒトと同様である。

 ところが現代の酪農では、乳牛は妊娠しながらも大量の乳汁を出す。濃厚飼料を与え、搾乳器で吸乳し続けるからである。妊娠すると、子宮内に胎仔を保持するために、血中の卵胞ホルモン(エストロゲン)濃度と黄体ホルモン(プロゲステロン)濃度が高くなる。したがって、妊娠中の乳牛から搾った乳汁にはこれら女性ホルモンが多量に含まれている。 
 ヒープ(Heap)とハモン(Hamon)[23]によれば、妊娠していないウシから搾乳した乳汁の乳漿(ホエイ)には約30pg/mLの硫酸エストロン(estrone sulfate:estroneの硫酸抱合体)が存在する。ウシが妊娠するとその濃度が高くなり、妊娠41−60日には151pg/mL、妊娠220−240日には1000pg/mLに達する。この硫酸エストロンは、口から入ってエストロゲン効果を示す女性ホルモンである。事実、妊娠馬の尿から抽出・精製した硫酸エストロンがプレマリンという天然経口ホルモン剤として医療に使われている。
 現在の酪農家は4種類の乳牛から搾乳している(図5)。妊娠していない牛、妊娠前期の牛、妊娠中期の牛、妊娠後期の牛の4種類である。出産前の2ヶ月間(乾乳期)を除いて、すべてのウシから搾乳する(搾乳期間:300日)。牛乳はタンク内に集められ、牛乳メーカーに出荷されているから、日本の牛乳(もちろん他の先進国においても同様)の4分の3(75%)は妊娠牛から搾乳したものである。女性ホルモンはステロイド骨格であるから、加熱滅菌によって分解しない。したがって、市販の牛乳は女性ホルモン(数百pg/mLのエストロゲンとその数十倍のプロゲステロン)を含んでいる。現在のアイスクリーム、チーズ、バター、ヨーグルトなどの乳製品は、みなこの妊娠牛からの女性ホルモン入り牛乳から作られている。

 妊娠しているウシから搾った牛乳は、飲用で女性ホルモン作用を示す[24]。卵巣を摘出したラットの子宮は萎縮するが、牛乳を与えると回復する(子宮肥大試験)。世の中のお母さん方は、自分の子どもが飲んだり食べたりしている牛乳や乳製品が妊娠している牛から搾られた牛乳から作られているなどとは夢にも思わないだろう。母親は、自分の出産経験から、子どもが母乳を飲んでいる間は妊娠しないと知っているからだ。妊娠しているウシの体液(血液・乳)を子どもに飲ませる母親がいるだろうか。前思春期の子どもに毎日女性ホルモン入り牛乳を大量に飲ませるということは、極言すれば、前思春期の子どもに低用量避妊ピルを毎日飲ませているようなものである。
 このホルモンは本物のホルモンであるから(ウシの女性ホルモンは人間のものと同一)、そのホルモン作用は外因性内分泌撹乱物質(環境ホルモン)の比ではない(およそ1万倍から10万倍強い)。1998年頃、環境ホルモンをめぐって世界中が大騒ぎしたことを覚えておられるであろう(シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキ、ジョン・ピーターソン著、長尾力訳「奪われし未来」翔泳社、1997年9月;デボラ・キャドバリー著、井口泰泉監訳・古草秀子訳「メス化する自然 ー 環境ホルモン汚染の恐怖」集英社、1998年2月)。日本でも、子どもを育てるのに母乳(微量のPCB・ダイオキシンが含まれている)がいいか、人工ミルク(哺乳瓶からビスフェノールAが溶出する)がいいかという不毛かつ罪作りな議論がメデイアを賑わせた。

10. 現代牛乳の魔力
 人間がこのようなホルモン入り牛乳を飲むようになったのはたかだかここ70年のこと(1930年ごろから)に過ぎない。この頃から、欧米で肺がん、大腸がん、乳がん、前立腺がん、卵巣がん、子宮体部がんなどのホルモン依存性の悪性腫瘍による死亡が著しく増えた(尿道下裂・停留睾丸・精巣悪性腫瘍などの小児生殖器異常の増加は言うまでもない)。日本でも生まれたときから乳・乳製品を飲んだり食べたりした人々(1960年以降に生まれた人たち)が大挙して40代に突入している(日本は30年遅れて欧米の跡を追っている)。
 最近、日本で市販されている牛乳がDMBA-誘発乳腺腫瘍(腺がん)に対して強い発生促進作用があることを確認した[25]。肺がんがホルモン依存性であると聞くとびっくりなさるかも知れないが、現在日本で急増している肺がんは腺がんである。もちろん、タバコと肺腺がんとの関係を否定するものではないが、タバコに関係の深い扁平上皮がんはほとんど増えていない。肺がんはともかく、男性の前立腺がん、女性の乳がん・卵巣がん・子宮体部がんの発生に牛乳が大きく関与していることは間違いない[26,27]。
 牛乳の乳腺腫瘍に与える影響を観察した上記の動物実験[25]を簡単に紹介しておく。詳しくは末尾に記すホームページを訪れていただきたい。7,12-ジメチルベンツアントラセン(DMBA)を雌ラットに与えると、更年期後の女性に発生する乳がんによく似た乳腺腫瘍(腺がん)が高率に発生する。この実験では、雌ラットに5mgのDMBAを与え、翌日から4種類の液体(低脂肪乳、人工乳、硫酸エストロン水溶液、水)を与えて、DMBA乳腺腫瘍の発生経過を20週にわたって観察した。人工乳はそのカロリーが低脂肪乳に等しくなるように調整した。その結果の一部が図6に示されている。

 DMBA−乳腺腫瘍の発生は、発生率、発生腫瘍数、腫瘍の大きさのいずれも 低脂肪乳=硫酸エストロン>人工乳=水 であった。

11. 牛乳と日本の少子化問題
 日本の合計特殊出生率がとうとう1・25(2005年)になってしまった(図7)。1950年には223・8万の子どもが生まれた。出生率(人口1000対)は28・1、合計特殊出生率は3・65であった。ところが、55年後の2005年に生まれた子どもは106・3万で、出生率は8・6、合計特殊出生率は1・25である。日本の将来に暗い影を投げかけているこの少子化の主たる原因は、青年の非婚・晩婚という社会現象によるものであろう。しかし、一方で、動物としての日本人の生殖能力が落ちているのではなかろうか。


 日本人の乳・乳製品の消費量(1人1日当たり)を年齢階級別に見ると、前思春期の7−14歳(307・8g)と幼児期の1−6歳(221・8g)の消費量が突出している(図8)。因みに、性成熟期にある青年期(20−29歳)の消費量は128・3gである。


 前思春期はヒトの精巣発育にとって重要な時期であり[28]、内分泌撹乱作用を最も受けやすい[29]。精巣のセルトリ(Sertoli)細胞の数によって成長してからの精巣の大きさや精子数が決まる。ラットなどの動物ではセルトリ細胞の数は胎仔期に決まってしまうが[30]、ヒトでは胎児期のみならず思春期を通じてセルトリ細胞の質的および量的成長が起こる[28]。前思春期の少年では体内のエストロゲン濃度が極めて低いので、14歳以下の少年の性的成熟に対するエストロゲンの影響が大きい[29]。性発達過程にある幼少期に与えるホルモン入り牛乳が、日本人の生殖能力に悪影響を与えている可能性を否定できない。日本人に牛乳は必要ないが、どうしても牛乳が飲みたいという子どもには妊娠していない牛から搾った牛乳を少量与えることだ。
 1960年以降で子どもがもっとも多く生れたのは1973年であった。この年には209万1983人もの子どもが生れた(第2次ベビーブーム)。しかも人工妊娠中絶が70万532件あったから、約280万人の女性が妊娠していたことになる(表1)。ところが2004年の妊娠数は約141万件(生れた子どもは111万721人)と半分になってしまった。妊娠可能年齢(15-49歳)の女性1000人当たりの妊娠数も1973年の92・98から2004年の49・78へとほぼ半減した。厚生省は1999年に、経口避妊薬(低用量ピル)を医薬品として承認したが、賢い日本女性はこのような危険でかつ面倒くさいものに手を出さない。日本人の繁殖力(主として男の生殖能力)が衰えてしまったのだ。


 日本の男の性的ポテンシャルが落ちている。朝日新聞社は2001年6月下旬、学識経験者の監修を受け、インターネットを使って20−50代の男女各500人の既婚者を対象にアンケート調査を実施した(朝日新聞2001年7月4日)。その結果、30代の4人に1人は仕事や育児に追われて「セックスレス」であった。日本性科学会は、病気など特別な事情がないのに1ヶ月以上性交渉がないカップルを「セックスレス」と定義している。朝日の調査では、夫婦間の性交渉が「年数回程度」「この1年全くない」が全体で28%に上った。30代で26%、40代で36%、50代で46%であった。20代でも月1回程度が18%、年数回程度が9%、この1年全くないが2%で、月1回以下が29%もあった。日本人は老いも若きも忙しい(心が死んでいる)。生きている心(性=生きる歓び)を失ってしまったのだろう(井上勝六「山梨さんぽ No.7」2005年11月)。セックスより他に愉しいことがあるからかも知れないが、日本人の繁殖力(主として男の生殖能力)が衰えてしまったのだと考えることもできる。政府がいくら「産めよ増やせよ」と叫んだところで生まれる子どもが増えるはずがない、そもそも子づくり作業を行わないのだから。
 もちろん、合計特殊出生率の低下のすべてを男の責任に帰することはできない。日本人の精子が質・量ともに世界最低であっても[31]、20代の女性なら受胎できる。しかし30代の後半となっては難しいだろう。牛乳・乳製品のエストロゲン対プロゲステロンの比率は経口避妊ピルにほぼ等しい。たくさん飲みたくさん食べながら(身体が妊娠と錯覚する)、不妊治療を受ける女性の姿は痛ましい。
 日本では7カップルのうち1カップルが不妊といわれている。日経新聞(2006年6月26日)によると、「2003年に不妊治療を受けた人は約46万人と、4年前の1・6倍。新生児の65人に1人は体外受精」である。体外受精ならずとも、第三者の関与(排卵誘発剤の使用、人工授精、顕微授精など)によってやっと生まれた子どもの数はこれよりずっと多いだろう。
 かつて「少子化をのりこえたデンマーク」(朝日選書690、朝日新聞社、2001年12月)という書物まで出版されたデンマークで大変なことが起こっている。人口540万人のこの国には年間約6万人の子どもが生まれる。2002年の記録によると6万4149人の子どもが生まれ、そのうち3955人(6・2%)が人工授精、顕微授精、体外授精などの医療の介助によって生まれた(単なる排卵誘発剤の使用によって妊娠・出産にいたったケースは記録されていない)[32]。正常精子が9%未満になると「生殖能力が劣っている」(subfertility)と判断される[33]。スカッケベック(Skakkebaek)博士によると[34]、デンマークの青年の67%が「生殖能力が劣っている」という。スカッケベック博士はデンマークにおける不妊の増加は単なる社会的要因によるものではなく、外因性内分泌撹乱物質(いわゆる環境ホルモン)による男性生殖能力の低下を考慮すべきだと強調している。1993年のLancetに掲載された論文[20]で、環境ホルモンの一つとして牛乳・乳製品を挙げたスカッケベック博士は新しい論文[34]では牛乳・乳製品に全く言及していない。WTOで敗訴してもアメリカ・カナダ産牛肉の輸入を断固拒否するEUの姿勢を支えた博士が牛乳中ホルモンの危険性を知らないはずがない。スカッケベック博士は辛い立場にある。酪農王国のデンマークで「牛乳・乳製品を飲むな・食べるな」と言うことは日本で「米のメシを食べるな」と言うに等しい。牛乳問題はますます深刻かつ複雑である。因に、日本の酪農はデンマークにその範をもとめた。
 かつて精子の質と量はデンマークの男性が世界最低と言われていた。最近日本で行われた調査で川崎/横浜在住日本人の精子の質・量がデンマーク人と同レベルあるいはより劣っているという結果が報告された[31](表2)。この調査は、川崎/横浜在住の日本人男性の精子をヨーロッパ4都市(デンマークのコペンハーゲン、フランスのパリ、イギリスのエジンバラ、フィンランドのトウルク)の男性の精子を、同じ方法で比較したものである。日本人男性はすべての精子パラメターにおいてヨーロッパ男性に劣っていた。

 日本で2006年の上半期(1-6月)の出生数が前年同期を1万1618人上回ったというニュースは喜ばしい(日経新聞8月22日)。しかしこれは一時的なものであろう。社会的支援によって一時的に出生率が上昇することはすでにスェーデンやデンマークでも観察されている。前述のように、デンマークは生殖医療技術によってかろうじて合計特殊出生率1・7-1・8を維持している。日本で問題なのは1970年以降に生まれた世代(いわゆる団塊ジュニア=母親が妊娠中に牛乳飲用を半ば強要され、生まれたときから牛乳を飲まされた世代)の出生力低下である。根本的な対策が行わなければ日本の将来は暗い。
 1960年以降に生まれた子どもは学校の先生に「牛乳ほどよいものはない」「他のものは残しても牛乳だけは残すな」と言われて育った。昼食で牛乳を飲み終わらないと外で遊ぶことが許されなかった。「喉が乾いたら水の代わりに牛乳を飲め」という親や先生がいた。2003年5月の文部科学省の指導通達で、学校の先生は生徒に牛乳を強要しなくてもよくなったらしいが、児童は相変わらず牛乳を半ば強制的に飲まされている(14. おわりにを参照)。私は、一刻も早く、幼児・学童(女性ホルモンが最も少ない)にホルモン入り牛乳を与えることを止めて欲しいと考える。
 欧米人に比べて日本人の牛乳飲用の歴史ははるかに短い。もし現代牛乳に悪影響があるとすればその影響は日本人により強く現われるであろう。実際、アジア人は欧米人に比べて精巣が小さく、精巣当たりセルトリ細胞が少なく、その機能も低く、外来のホルモンによって障害を受けやすい[35]。豊かになったアジア諸国では合計特殊出生率が押し並べて低い。韓国1・08、シンガポール1・24、日本1・25である。現在の女性ホルモン入り牛乳を14歳以下の性腺発育期のアジア人児童に与えることを控えるべきである。
 最近では、農薬を使わない牧草・穀物で乳牛を飼育するという「有機酪農」で実績を挙げている酪農家もいるし、パスチャライズド牛乳、脂肪分の多いジャージー乳、放牧酪農を「売り(付加価値)」にしているところもある。しかし、妊娠している乳牛から搾った牛乳は、どのように工夫しようとも、安心して飲める牛乳ではない。安全なミルクを提供する酪農の鉄則は「妊娠している乳牛からミルクを搾らない」ということである。妊娠していないウシが産生する乳製品なら(少量であることが前提である)、母親は安心して子どもに与えることができる。たとえ高価であっても賢い日本の消費者は購入する。牛乳は子牛の飲みものであるから、本来、日本人には無用であるが、酪農家には敢えて「非妊娠牛から搾乳する牛乳」の生産を期待したい。子どもはアイスクリームが大好きである。牛乳はなくてもよいが、アイスクリームがなくなるのは困るという。アイスクリームなどの乳製品はできるだけ食べないで欲しいが、どうしてもと言われれば、図9の非妊娠牛からの牛乳を原料としたアイスクリームを与えたい。

 なお、ミルクが妊娠牛からのものか非妊娠牛からのものかは、牛乳中のプロゲストロンを測ることによって簡単に識別できる。妊娠牛からの牛乳のプロゲストロン濃度は8ng/mLを超えている。妊娠していない牛から絞った牛乳を「非妊娠牛からの牛乳」、それ以外の牛乳は「妊娠牛からの牛乳」と表示して、消費者の選択権を与えることを提案する。プロゲストロンが8ng/mL未満を「非妊娠牛からの牛乳」、以上を「妊娠牛からの牛乳」とすることもできる。

12. サプリメントに頼ってはならない
 地球上のほとんどの植物は毎日強烈な太陽光線(紫外線)を浴びている。しかも素っ裸で。植物も酸素を呼吸に用いている。したがって、植物は、衣服を身に纏っている人間よりも多量の活性酸素などのフリーラジカルに曝されている。長い進化の過程で、植物はフリーラジカルから身を守る術(すべ)を身につけた。β-カロテンなどの抗酸化物質である。β-カロテンは、細胞が傷つけられる前にフリーラジカルを取り除いてしまうのだ。β-カロテンはどの植物の葉っぱにも含まれている。β-カロテンは2つのビタミンAからなる物質で、一部は体内でビタミンAになる。したがってビタミンAにも多少の抗酸化作用がある。
 果物や野菜を多く食べている者にはがんが少ない。この事実とβ-カロテンの抗酸化作用からして、β-カロテンやビタミンAのがん予防効果について介入実験を行うべきだという声が上がった。この辺が欧米人のおかしなところである。果物や野菜を食べれば足りるのに、わざわざ錠剤にして服ませようというのだ。
 β-カロテンを大量に含むのは黄緑野菜や果物である。にんじん、サツマイモ、カボチャなどにはとくに多い。カボチャやミカンをたくさん食べて掌(てのひら)や踵(かかと)が黄色くなった(橙皮症)という人もおられるだろう。あれはβ-カロテンの影響である。今ではβ-カロテンの錠剤が手に入る。しかしあのようなものを飲んではならない。植物の中に純粋なβ-カロテンだけが含まれているわけではない。同様なものがたくさんあってカロテノイドという形で含まれている。これらが一緒になって細胞をフリーラジカルの攻撃から守っているのだ。β-カロテンに抗酸化作用があるからといって純粋なβ-カロテンを毎日服んだら益になるどころか有害である。
 β-カロテンが肺がんを予防するかどうかを廻ってフィンランドで1つとアメリカで2つの大掛かりな人体実験が行われた[36-38]。1群の人たちに毎日β-カロテン(あるいはビタミンA)を服んでもらい、他方には偽薬(プラセボという。簡単に言えば、うどん粉を丸めて色も形も同じ錠剤にしたものである)を服んでもらって、その後の肺がん発生率を調べるという研究である。もちろん、対象者は自分の服んでいるものがβ-カロテンであるか、偽薬であるかは判らないようにしている。いずれの研究も、β-カロテンの服用はがんと心血管系疾患に対してくすり(予防効果)にもならないが、毒(発生促進)にもならない(ときには毒になる)という結果であった。紙幅の関係で詳しく述べないが、関心をお持ちの方は末尾に記したホームページを訪ねていただきたい。
 ある種のアミノ酸がうつ病に効果があるとか免疫力をアップするなどという話をお聞きになったことがあるだろう。きのこの抽出エキスに抗がん作用があるなどという話は泡のように生まれては消え、消えては生まれた。もっともらしい解説とともに、ある物質を加えるとマクロファージ(貪食細胞)が細菌やがん細胞を活発に攻撃する顕微鏡映像を見るとついつい信じてしまうひともおられるであろう。だからといって、その物質の錠剤を服んだら免疫力がアップし、がんが消失するなどということはない。私たちは、36億年という進化のプロセスを経た60兆もの細胞が協同して働いて、生きているのだ。
 効果のないものでも効果があるように感じることがある。信頼する医師が「これを服めばぐっすりおやすみになれますよ」といって、不眠を訴えるひとに偽薬を手渡せば、その晩はぐっすり眠れるひともいる。しかし、数日すれば化けの皮がはがれる。「藁にもすがりたい」患者や健康志向の強い現代人を騙すことは簡単である。詐欺の種は浜の真砂ほどもある。種の尽きることはない。1つの物質を強調するひとの言葉を信じてはならない。本人にその気はなくてもそのひとは詐欺師である。
 くすりの本質についても触れておかなくてはならない。くすりは短期間服用するものである。たとえば、感冒ウイルスが巣くって熱発する。咽頭に炎症が起こったためである(身体がウイルスと闘っている)。頭が痛い、身体が熱でフワフワする。このようなとき、私たちは解熱鎮痛剤を服むことがある。解熱鎮痛剤がウイルスをやっつけることを期待しているのではない。一時的に体調を整えて、身体に備わった力(自然治癒力)がウイルスとの戦いに勝利することを期待しているのだ。生物活性のあるくすりを長期間にわたって服み続ければ好ましくない影響が現われる。くすりがある機能にのみ作用して、他の機能に影響を及ぼさないなどということはない。だから、本当に効くくすり(=生物活性のあるくすり)の服用は慎重でなければならない。もし、サプリメントが何らかの生物活性のある物質なら、毎日服むことによって好ましくない影響が現われる。幸いなことに、ほとんどすべてのサプリメントは毒にもくすりにもならない。したがって副作用もない。お金がかかるだけである。

13. 日本人の栄養学を
 昨今はグルメ流行りである。テレビにグルメ番組の登場しない日はないといっていい。テレビ局がこぞって毎日、手を替え品を替えて放映しているところをみると、最近の日本人はグルメ以外に何の興味も持てないようだ。過度の「美味礼讃」は不健康である。グルメを礼讃する国では出生率が低い(生殖能力が落ちている)。日本が病んでいる。
 食という行為は健康に生きるためだけのものではない。「乳製品が美味しい、肉が大好き」という向きはミルクを飲み、肉を食えばよい。そんなことは個人の勝手だ。「健康のために肉を食いミルクを飲む」というのは個人の愚かな行為に過ぎないが、それをことさら宣伝するのは不遜であり罪深い。日本人の日常茶飯(ケの食事=生きるために食べる)は「穀物+大豆+野菜(+魚)」がよい。肉を食べるのは冠婚祭などの特別の日(ハレの食事=愉しみのために食べる)だけでよい。外食でいただく肉料理の一品も結構だ。たまに食べる肉はまた格別である。
 主食(メシ)と副食(おかず)からなる日本人の伝統的な食生活は日本人にとって最適である。玄米は栄養価が高い(精白米は不完全食品である)。宮沢賢治の「玄米四合ニ味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ」は理にかなっている。もともとインスリン分泌の少ない日本人はコメのメシを食べても肥らない。コメからの摂取エネルギーが総エネルギーの50%を下回るようになって久しい。過去40年間でコメの消費量は半分以下になってしまった。
 日本人は若い女性でも決してコメのメシが嫌いではない。メシを丸めた「おにぎり」も、「おにぎり」の上に生魚の切り身を載せた「スシ」もよく口にする。しかし、「おにぎり」の量があまりにも少ない。数個の「スシ」を食うと、あとは魚の切り身だけを口にして、「おにぎり」を食べないものもいる。値段の高いスシ屋の「おにぎり」の小さいこと!
 戦後生まれのいわゆる団塊の世代は、母親や学校の先生から「ご飯はいいからおかずをお食べ」と言われて育った。戦後の学校給食もこの方向を助長した。メシの代わりにパンを食べることがなんとなく「文化的」な香りがしたのだろう。したがって、この世代は「コメのメシ=健康に悪い、格好がわるい」というイメージから抜け出せない。西洋で生まれた近代栄養学は西洋人(海水魚)の栄養学である。日本の栄養学は海水魚の栄養学をそのまま日本人(淡水魚)にあてはめようとしたものある。誤った観念を植えつけた「栄養素栄養学」あるいは「タンパク質・ビタミン栄養学」なるものから一刻も早く脱却したいものだ。

14. おわりに

 文部科学省は、2003年5月30日付けで、「学校給食における食事内容について」という通達を各都道府県知事らに出した。ちょっと見には給食に牛乳を出さなくてもよいことになった。栄養所要量の基準として、給食からのエネルギー所要量は1日の所要量の33%となっている。つまり、全エネルギー摂取量の1/3を給食(昼食)から摂るとしている。それなのに、カルシウムは、1日の所要量の50%を学校給食でまかなうように通達している。これは、言い換えれば、学校給食に牛乳を必ず加えよという「強制」である。さらに、学校給食における食品構成について、この通達は次のように述べる。「牛乳については、児童生徒等のカルシウム摂取に効果的であるため、その飲用に努めること。なお、家庭の食事においてカルシウムの摂取が不足している地域にあっては、積極的に調理用牛乳の使用や乳製品の使用に努めること」。異種動物のミルクの危険性を知りながら、国があえてこのような通達を出すことは極めて罪深い。
 牛乳を飲んだところで骨粗鬆症の予防にはならないが、カルシウム問題はたいしたことではない。骨粗鬆症はその人一代限りのことである。しかし、牛乳ホルモン問題はその人を飛び越えて次世代まで影響する。問題の性格と大きさがぜんぜん違う。
 牛乳・乳製品は日本人に新しい香りと味覚をもたらした嗜好品である。好きな人の飲み食いに異論を唱えるつもりは全くない。「美味しいからどうぞ」と人に勧めるのも結構である。業界が「美味しい○○」と宣伝することも構わない。私も「一本どう?」と煙草を差しだしたことがあったし、今でもときどき「今晩一杯やろう」と声をかける。
 しかし、古今東西、国民にある特定の食品を強要した国家が存在しただろうか。健康志向の強かったドイツ・ナチスでもこんなことはしなかった。日本(旧文部省、現文部科学省)だけである。
 「あなたの健康を損なうおそれがありますので、牛乳・乳製品の飲み過ぎ・食べ過ぎに注意しましょう

文 献

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また、本編の執筆にあたって下記の書物を参考にした。
・島田彰夫「食と健康を地理からみるとー地域・食性・食文化ー」、農文協・人間選書129、1988年9月
・鈴木猛夫「『アメリカの小麦戦略』と日本人の食生活」、藤原書店、2003年2月


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