糖尿病の厳重食餌
二宮陸雄/高崎千穂『糖尿病とたたかう』(ベスト新書81 2005)

<前略>

人間というものは、極端な考えに走りやすい。血糖の高い状態を急に正常化しようとして薬をつかうとかえって危険だというと、糖尿病の程度に関係なく、食事とりわけ糖質を減らし体重を減らすだけで糖尿病を治そうとする人が出る。そういうやり方で10年前に私を訪ねてきた人がある。

会ってみるとまだ若いのにガリガリにやせて肋骨が浮き出している。血糖は高く、尿にはケトン体が出ている。糖尿病の程度がもう少し重かったら、糖尿病昏睡になって生命も危険だった。これは100年前にボストンのアレンという医者がやっていた「飢餓療法」だ。

1909年、アメリカのボストンのアレンという医者が「飢餓療法」を唱えて、断食して糖尿を減らそうとした。アレンは糖尿病の人を何日か断食させて糖尿を減らしたのち、少しずつ食物を与えた。比較的軽い者は、断食のおかげで糖尿病の状態が少しよくなったが、しかし、ある程度重い糖尿病の人は、結局昏睡に陥って死に襲われた。

〈中略〉

アレンのころ、欧米では多数の糖尿病者が昏睡で死んだが、日本では、重い糖尿病の人は少なかった。あるいは糖尿病の診断がつかないまま死んでいたのかも知れない。インスリンが発見された大正末期に、東京大学の教授をしていて、指導的な内科医であった青山胤通や三浦謹之助らもその長い臨床経験を通じて、わずか数人の糖尿病昏睡を経験したにすぎないと書いている。

そのために日本ではアレンの飢餓療法は、ほとんど行われる機会がなかった。そのかわり、糖尿病になると、豆腐やおからばかりを食べさせる医者が多かった。米や麦のような糖質は糖尿になるから有害だと考えたのだ。

軽い糖尿病を発見し診断するために、ブドウ糖負荷試験というのがある。ふつうはブドウ糖を75gのんで、30分おきに2時間血糖を調べる。この検査を受けるとき、2、3日前からある程度の糖質をたべていないと、必要以上に悪い結果が出てしまう。体の糖を処理する力(糖同化能とも耐糖能ともいう)が衰えるのだ。

糖尿は出てはいけないし、そのために糖尿病患者に糖質をたべさせてはいけないという当時の一般の考え方からすれば、糖質をたべないと耐糖能が悪くなるという考えは、革命的だ。

これは、世界に先がけて東京大学の坂口康蔵教授と影浦尚視博士(のちに長崎大学教授)が発見したことなのだ。坂口と影浦は、糖質を全く含まない、当時の言葉でいう「厳重食事」たべさせていると、糖同化能が悪くなって、糖尿病が悪くなることを発見した。糖質を与えれば、一時的には食後の血糖も少し上がるし、多少の糖尿も出るが、長い目でみると、かえっていい結果が出る。それまで、ドイツのナウニン以来、何十年も信じられていた糖尿有害説の基本は、糖尿病に糖質を与えてはいけないという考え方だった。これを打ち破って、坂口氏と影浦氏らの発見は、糖尿病の食事療法の新しい時代の幕を切って落としたわけだ。

坂口教授は続いて、それではどれくらいの糖質を食べればよいか研究し、毎食米飯100g(茶碗に軽く1杯)でよいということがわかった。今でも、医者が「毎食ごはんは軽く1杯は食べなさい」というのはそのためだ。もちろんパンでもうどんでもいい。ともかく米飯1杯に相当する程度の糖質をとるのがよいのは、現在も変わらない。

<以下略>


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