牛乳の未来
第三章の「牛乳と乳がん 1. なぜ日本人は牛乳を飲んではいけないのか」で述べたことを繰り返す。現在でも多くの日本人が、ミルクはタンパク質・ミネラルなどの栄養素を豊富に含む、健康的な飲みものだと考えている。しかし、これは巧みにつくり上げられた幻想である。ミルクは、赤ん坊の成長と発達を促すために、たくさんのホルモンやホルモン様物質を高濃度に含む生化学的液体(ホルモンカクテル)である。ミルクは、単に栄養分を与えるだけでなく、細胞の分裂と増殖を刺激して、赤ん坊の急速な成長を促す。そのため、ミルクは古来、「白い血液」とも言われてきた。哺乳類は誕生の前後の短い期間のみ母親の血液によって育つ。胎児期には胎盤を通じて「赤い血液」で養われ、乳児期には「白い血液」を飲んで育つ。 牛乳は急速に生長する子ウシ(体重が1日に1kgも増える!)にとって完璧な飲みものであるが、人間の子ども(体重が1kg増えるのに1ヵ月かかる)には無用である。ましてや大人には害毒以外の何ものでもない。つまり、ミルクは、それが人間のもの(母乳)であれウシのもの(牛乳)であれ、その種の子どもの成長・発育に適うようにつくられた、数百種類もの化学物質を含む、非常に複雑な液体である。牛乳が悪い飲みものというわけではない。それはすばらしい飲みものである、ただし子ウシにとって。ここに牛乳問題の本質がある。 赤ん坊の細胞分裂を刺激するようにデザインされた物質を、成熟した人間が口にしたらどうなるか。ミルクに含まれているインスリン様成長因子1(IGF-1)は、細胞の分裂増殖が盛んなとき(人間では乳児期と思春期。成人ではがんに罹ったとき)にその力を発揮する。IGF-1だけではない。現在の牛乳は妊娠しているウシから搾られている。したがって、市販の牛乳は多量の女性ホルモン(卵胞ホルモンと黄体ホルモン)を含んでいる。バター・チーズ・クリームなどの乳製品には女性ホルモンがさらに濃縮されて存在する。 日本で乳がんや前立腺がんなどのホルモン依存性の悪性腫瘍が急速に増えている。「なぜ、乳がんと前立腺がんが増えるのか」と問われると、ほとんどすべての専門家は「食生活の欧米化」という曖昧な言葉で逃げる。「食の欧米化」とは何か? 和食と洋食を一言で表わすなら、和食は味噌・醤油・煮干し・鰹節・昆布の風味で、洋食はバター・クリームの香りのする食事である。「食の欧米化」とは、日本人が牛乳・バター・クリーム・ヨーグルトなどの乳製品を口にするようになったことを言うのである。「バタ臭い」と「欧米風」は同義語である。 日本人の食べものは昔から「穀物+大豆+果実・野菜・海草(+魚)」で、日本には牛乳を飲み乳製品を食べるという習慣はなかった。こう言うと、いや6世紀ごろ朝鮮半島を通して乳牛飼育が伝えられ、日本でも蘇や酪がつくられていたと反論する人がいる。しかし、乳・蘇・酪は朝廷や一部の公家がほんのちょっと口にしただけでまたたく間に日本から消えてしまった。明治になって蒸気機関に肝をつぶした日本人の中には西洋人の力の源泉として牛乳に関心を抱く変わり種(=西洋かぶれ)もいたが、乳・乳製品が一般人に広まったのは戦争に負けてアメリカに占領されてからのことである。 乳・乳製品は日本人の日常茶飯には全く不要であるが、私たちに新しい味と香りもたらした嗜好品ではある。乳・乳製品が好きだというひとの飲み食いに異論を唱えることはお節介である。「美味しいからどうぞ」とひとに勧めるのも結構だし、業界が「美味しい○○」と宣伝することも構わない。私もかつて「一本どう?」と煙草を差しだしたことがあったし、今でもときどき「今晩一杯やろう」と声をかける。しかし、国が政策(国策)として酪農乳業団体のために特定の嗜好品を国民に強要することは許さない。 最近では、農薬を使わない牧草・穀物で飼育した乳牛から搾られた「有機牛乳」がスーパーの棚に並んでいるし、パスチャライズド牛乳、脂肪分の多いジャージー乳、放牧酪農を「売り(付加価値)」にしている酪農家もいる。さらには非加熱牛乳を売りにしている酪農家さえ現れた。思いやりのある方法で乳牛を飼育しているので、搾った牛乳がそのまま飲めるのだという。この非加熱牛乳が腹痛・腹満・下痢を起こさないのは牛乳が勝れているからではない。牛乳ビン1本(720ml)が1400円と高価なので、下痢を起こすほどにはたくさん飲めないからだ。非加熱血液製剤がHIV(エイズウィルス)やC型肝炎ウィルスの感染を引き起こしたことを忘れてはならないだろう。異種動物の体液(白い血液)をそのまま飲むなどということをしてはいけないのだ(因みにモンゴルの遊牧民は搾り立ての生の牛乳を決して口にしない)。 「技術がある」からといって、あまりにも自然の営みに反することをしてはならない。1980年代の中ごろからイギリスで、脳に空胞ができてスポンジ状になり痙攣・運動失調・異常行動を起してウシが死ぬという奇病(牛海綿状脳症あるいは狂牛病)が多発した(イギリスでの発生は現在までに18万5000頭を超えている)。日本では2001年9月10日の第一例の発生以来36頭が狂牛病になった。特筆すべきは、イギリスでも日本でも、狂牛病になったウシのほとんどが乳牛であったという事実である。酪農家はウシに穀物を与えるさけでは満足しなかった。脂肪分の多い牛乳の分泌を促すために、解体したウシの不要部位(骨・血液・内臓)を粉末にしてつくった肉骨粉(濃厚タンパク飼料)を乳牛に与えたのである。狂牛病はウシにウシを食わせるという反自然的な生産活動の結果であった。 妊娠しているウシから大量のミルクを搾り、ミルクを分泌しているウシを無理やり妊娠させるという現代酪農は不自然だ。妊娠しているウシから搾られたミルクは、どのように工夫しようとも、安心して子どもに与えられるミルクではない。安全なミルクを生産する酪農の鉄則は「妊娠しているウシからミルクを搾らない」ということである。「妊娠していないウシから搾られたミルク」と「妊娠しているウシから搾られたミルク」(図5)の選択肢があれば、たとえ高価であっても日本の消費者は「非妊娠牛のミルク」を購入するだろう。日本人の牛乳消費量は少量でよいのだから。
現在、日本の「白い血液」(ミルク)は1リットル(1030グラム)200円程度で売られている。100グラムのミルクがわずか20円(1グラム0・2円)! ミルクはペットボトル入りの水より安い! いま市販されている牛乳は水ほどの価値もないのである。皆さんは不思議に思わないか。ミルカー(搾乳器)で搾られ、加熱殺菌され、頑丈な紙パックに詰められた100グラムの「血液」がわずか20円。こんなに安く売られるのは「訳有あり商品」に決まっている。「訳有りミルク」とは、胎内で子どもを育てているウシに高カロリーの配合飼料を与えて大量に搾ったミルクであるということである。 非妊娠のウシから搾ったミルクのみを出荷しようとすれば、出産後の搾乳期間を300日(10カ月)から90日(3カ月)に短縮しなければならない。すると、乳牛1頭あたりのミルク生産量は300日搾乳の1/3〜1/5程度に減る。したがって、非妊娠牛ミルクは1リットル当たり1000円(現行価格の5倍)以上になる。当然、非妊娠牛ミルクからつくられたバター・クリーム・チーズなどの乳製品もそれ相応に高価となる。 ミルクが妊娠牛からのものか非妊娠牛からのものかは、牛乳中の黄体ホルモンを測ることによって簡単に判別できる。妊娠しているウシから搾られたミルクの黄体ホルモン濃度は8ng/mLを超えていることが多い。黄体ホルモン濃度が5ng/mL未満なら「非妊娠牛のミルク」と判定できる。それ以上の黄体ホルモンを含むものは「妊娠牛のミルク」である。 明治維新(1868年)とアメリカの占領(1945年)を契機に導入された西洋文明のあるものは日本で成熟した。日本製の自動車・工作機械などは世界を席巻している。日本とアメリカ・ヨーロッパ(EU)の間で自由貿易協定が締結されたら日本の農業は壊滅的打撃を受けるという意見があるが、日本人が本当に必要とし、世界がよいものだと認める農産物は日本に残る。たとえば、100グラム1000円の高級国産牛肉は200円のホルモン入りアメリカ牛肉とすみ分けが可能である。新鮮さが勝負の果物(ブドウ・モモ)や野菜は国内産が外国産を圧倒するだろう。ワインは欧米の文化であるが、山梨県産甲州種の白葡萄酒は本場フランスで販売されているという。イギリス文化の華であるウィスキーだって、サントリー・ニッカが健闘している。翻って、日本産のチーズはイタリア・フランスで売れるのか。政府の厚い庇護を受けて、児童・生徒に牛乳を強制的に飲ませることによってやっと存続しているような酪農・乳業の未来は暗い。というより存在する価値はない。日本の酪農・乳業は世界に冠たる「高品位牛乳・乳製品」をつくれ! それ以外に日本の酪農・乳業に未来はない。「この製品は妊娠している牛から搾った牛乳を使用していません」と表示された日本産乳製品は海外で勝負できるかもしれない。 |