|
1. はじめに

私が「牛乳が人間の飲み物・食べ物として相応しくない食品である」と言い続ける理由は、
1)女性ホルモンが多い
2)カルシウム含有量が多過ぎる
という2点にある(図)。カルシウム問題はすでに片がついたことだと考えていたが、まだ牛乳の利点として「カルシウムが多いこと」をあげつらう人たちがいる。そこでもう一回もこの問題を取り上げる。この図はアメリカで使用したものなので、母乳・牛乳ともにカルシウム濃度が日本のものより少し高い。日本では100mlあたり、母乳27mgと牛乳110mgという数値が一般的である。
アメリカ酪農評議会(National
Dairy Council)は、アメリカ国民が「カルシウムの危機」に瀕しているとして、乳製品の摂取量を増やすよう宣伝を繰り広げている。危機に瀕しているなどとんでもない。アメリカ人のカルシウム摂取量は世界のトップクラスで、その過剰摂取こそ問題である。アメリカ人が最も多く死に至る病気は虚血性心疾患(心筋梗塞)である。アメリカ農務省(USDA)と酪農評議会は連携プレイでアメリカ国民を心筋梗塞による死に追いやっている。
日本の事態も同様である。健康政策を立案・実施する政府とその政策を支える栄養学者が「カルシウムが足りない!日本人に足りない栄養素はカルシウムだけ!」と言い続けてきたから、日本人は「必要なのはカルシウムだ!もっとカルシウムを摂らなくては!」と洗脳されてきた。豆腐に牛乳カルシウムを添加するという無謀な豆腐メーカーが現れたほどである。
2000年に、農水省は当時の文部省、厚生省と共同で食生活指針をつくった。この中にカルシウムに関する1項目がある。いわく、「牛乳・乳製品、緑黄色野菜、豆類、小魚などで、カルシウムを十分にとりましょう」。役所がつくる指針やガイドラインはすべての業界の意向を取り入れるからこういうことにならざるを得ない。牛乳・乳製品をトップに挙げたのは酪農団体、乳業メーカーに配慮した結果である。2005年の食事ガイドラインもまた同様である。厚生労働省は2006年2月に「妊産婦のための食生活指針」を公表した。ここにも「牛乳・乳製品などの多様な食品を組み合わせて、カルシウムを十分に」とある。売れなくなった牛乳の消費量を増やそうと弱い立場の妊産婦を脅迫している。妊産婦に「ウシのミルク」を飲ませようなんてなんとひどい役所だ、厚労省は。
カルシウムは地球にふんだんに存在する。地上の元素では酸素、硅素、アルミニウム、鉄に次いで多い。カルシウムは生物の必須ミネラルであるが、必要なのはごく微量である。動物はカルシウムを取り込むことよりも捨てることに懸命である。脊椎動物は体内に入ったカルシウムを捨てるために骨格というカルシウムの捨て場所をつくって進化してきた。不足するなどということはないが、本当に足りなくなればゴミ箱(骨格)のカルシウムを利用する。その意味で、このゴミ箱は貯蔵庫でもある。
アメリカ人が日本人より大きいのはカルシウムのゴミ箱(骨格)が大きいからに過ぎない。このゴミ箱の大きさは遺伝によって決まっている。ゴミ箱の小さい日本人がいくらカルシウムを摂ったところで、体格がアメリカ人並みになるわけではない。カルシウムを摂りすぎると困るのだ。日本人は賢い。役所や食品業界がカルシウム、カルシウムと騒ぎたててもそんな空騒ぎにはのらない。日本人は賢明にもカルシウム摂取量をアメリカ人の半分以下にとどめている。
カルシウムがこんなに問題になるのは、カルシウムが少ないと知らない間に少しづつ骨が溶け出して骨粗鬆症になってしまうのではないかという恐怖感が根底にあるからである。高齢者が大腿骨頸部骨折を起こすと歩けなくなり、寝たきりとなる。骨折した高齢者の4人に1人は、その骨折から合併症を起こして2年以内に死亡している。
カルシウムの摂取量をいくら増やしたところで骨折が予防できるというわけではない。ましてや、牛乳の摂取量を増やして大腿骨頸部(腰臀部)、撓骨(手首)、椎骨(背骨)の骨折を予防できるなどということはない。
カルシウム栄養学の大きな汚点は「カルシウムは骨の健康に必須だと言っているのに、どうしてカルシウム摂取量の多い国ほど骨粗鬆症や骨折が多いのか」という簡単な質問に答えられないことにある。カルシウムに関してはいくつもの疑問がある。その問題点を探ってみる。
2. カルシウムはなぜ必要なのか
私たちの身体は体重のおよそ1・2%(700-800g)のカルシウムを含んでおり、その99%は骨に存在する。カルシウムは骨の構造物(柱や梁)を結びつけて強度を与えているセメントの成分だと考えるとよい。残りの1%は血液や細胞内液と外液に溶けて存在する。細胞の内外に溶けているカルシウムは神経刺激の伝達や心臓の拍動を調節し、細胞機能の調節に重要な役割を果たしている。
カルシウムの血中濃度は8・8-10・4 mq/dlで、細胞内のカルシウム濃度はその1/1000以下に調節されている。つまり、身体の神経伝達や筋肉収縮に必要なカルシウムは極めて微量で、細胞内のカルシウム濃度が高くなれば身体機能が停止してしまう。骨以外のところに存在するカルシウムは1グラム(1000mg)程度である。それなのに毎日2000mgを越えるカルシウムを摂取しても人間が生きていけるのは、身体に余分なカルシウムを直ちに排泄する機能が備わっているからである。
身体の骨は刻一刻と作り替えられている(骨のモデルチェンジ=新陳代謝)。骨のカルシウムは常にその一部が血液中に溶け出し、新しいカルシウムと置き換わっている。若いときは骨に入るカルシウムの方が出ていくカルシウムより多いが(骨成長)、歳をとると骨から出ていくカルシウムが入ってくるカルシウムを上回るようになり、骨は脆くなって折れやすくなる。この脱カルシウム現象は男ではゆっくり、女では急激に起こる。女性の骨量減少が更年期後に速まるので、エストロジェン分泌の減少を女性の骨粗鬆症の原因と考える研究者が多い。だからといってエストロジェンを補充すれば(ホルモン補充療法、HRT)骨量が増えて骨粗鬆症が予防できるというものではない。HRTの効果は一過性である。
先に述べたように人間の生命維持に必要なカルシウムはごく微量である。成長が停止した大人なら100mgもあれば生きていくのに支障はない。老人になって大腿骨や背骨が折れて寝たきりになるのは困る。したがって、成人のカルシウム必要量は、毎日どのくらいカルシウムを摂ったら骨折を起こさないかということに注目して基準を定めればよい。
これが基準になるなら、国別のカルシウム摂取量と骨折頻度を調べて、骨折の最も少ない国のカルシウム摂取量を所要摂取量とするのが手っ取り早い。世界のカルシウム摂取量を調べてみると、インドの300mg、日本の500mgからフィンランドの1300mgまでさまざまである。みなさんは不思議に思うだろうが、カルシウム摂取量の多い国ほど骨粗鬆症を原因とする骨折が多い。このことは長いこと世界の酪農業界を悩ませてきた。牛乳の最大のセールスポイントが「骨粗鬆症の予防に牛乳を!」だったからである。
骨粗鬆症の名だたるイギリス人研究者Kanisは次のように述べる(1)。「骨成長が完了すれば、カルシウム摂取量の増加によって骨格が強くなったり、骨折を予防するということを証明した研究はない」、「更年期後の女性にカルシウム摂取を奨めて骨折を減らそうという政策に意味はない」、「カルシウムをサプリメントとして摂れば一時的に骨量が増えることはあるだろう・・・その効果が後々まで続いて骨折を防ぐかどうかは不明である」と。
骨を丈夫に保つ方法はいろいろある。まずは運動である。重いものを持ち上げる(屈伸運動でよい)、急ぎ足で歩く(自分の体重を運ぶ)などの身体活動で脱カルシウムを予防できる。尿中へのカルシウム排泄を少なくするために、歳をとったらタンパク質の摂取量を減らすことも重要である。たしかに、骨のモデルチェンジには骨形成細胞(骨芽細胞)が利用できるある程度のカルシウムが必要であるが、どの位のカルシウムがあったらよいのかという肝腎なことが判らない。多ければ多いほどよいなどというものではないことは当然である。
3. どの位のカルシウムが毎日必要なのか?
日本人成人のカルシウム摂取基準(目標量)は18-29歳の男の650mgと70歳以上の女の550mg以外は600mgとなっている。WHOは骨粗鬆症の予防のために1日400-500mgのカルシウムが必要であるとしている。アメリカは、19-50歳は1000mg/日、それ以上の年齢では1200mg/日が必要摂取量として勧告している。イギリスは19歳以上の必要量として700mg/日を勧告している。カナダでは50歳までの成人は1000mg/日、それ以上では1500mg/日が必要量となっている。なぜ、こんなに違うのか。カルシウム摂取量に関する勧告値はその根拠となった研究ごとに異なり、これらの研究にはいくつかの深刻な欠陥があるからである。
カルシウムの必要量は伝統的にカルシウムの収支バランスで決められてきた。ボランテイアにカルシウム含有量の異なる食事を数日から数週間食べてもらい(体に入るカルシウム量)、糞便と尿を集めてそれぞれのカルシウムを測定する(体から出るカルシウム量)。[体に入るカルシウム量]と[体から出るカルシウム量]が等しくなるところがゼロバランス(zero
calcium balance)である。このゼロバランスがカルシウム必要量とされてきた。
ゼロバランスでは体内のカルシウムは増えもしないし減りもしない。しかし、カルシウムなどのミネラルは摂取量が極端に少ないかあるいは極端に多い場合を除くと、身体がその摂取量に適応して毎日の摂取量がゼロバランスになる。したがって、ゼロバランスはその人の日常生活によって一人ひとり異なる。あるひとのカルシウム摂取量が平均値として計算されるゼロバランスより少なくてもそのひとはそのひと自身のゼロバランスで生きている。
世界的に眺めると、アジア人・アフリカ人のカルシウム摂取量は欧米人の半分以下である。非欧米人はその少ないカルシウムを効率よく利用して何の不都合もなく生きている。アジア人・アフリカ人は欧米人のようにカルシウムの無駄遣いをしない。
これはすべての栄養素について言えることだが、食うものがほとんどないという食糧の絶対的欠乏でなければ、人間は少ない食糧(栄養素)を効率よく使って生き延びるという生物学的知恵を身につけている。カルシウムが少なければ腸管からの吸収をよくしてカルシウムを余すところなく取り入れ、そのわずかなカルシウムで細胞内カルシウムや骨カルシウムを新しくする。虎の子のカルシウムを尿中にジャブジャブ捨てるなどという無駄をなくす。このことは、細い根を伸ばして岩盤をうがってでも必要な栄養分を取ってくる植物の生命力を思い浮かべれば理解できるだろう。
ビタミンDはカルシウムの体内動態に大きな影響力を発揮する。このビタミンはそのままでは効果がなく活性型ビタミンD(D3)となってカルシウムの吸収を左右する。カルシウムの摂取量が少ないと、ビタミンD3の生成が増えてカルシウムの吸収率が上がる。これが、アジアやアフリカで摂取量が少なくてもカルシウム欠乏が起こらない理由である。少ないカルシウム摂取量で成長期にある子どもや妊娠・授乳中の女性が必要なカルシウムを確保するのはビタミンD3が少ないカルシウムを有効に利用するからである。
私たちがどの位のカルシウムを摂ったらよいのか全くわからない。政府がカルシウム摂取基準などという勧告値を定めているのだから、いくらなんでも「全くわからない」ということはないだろうと皆さんはお考えだろうが、実際のところ全くわからないのである。
子どもは日々成長する。日本の男の子の身長・体重が急速に大きくなるのは10-14歳である。身体の成長は個人毎に違うが、平均すると成長が最も速いのは11-12歳で、身長が年間7・5cm伸び体重は5・8kg増える(2005年度文部科学省「学校保健統計調査」)。仮に年間6kg増えた体重の1・2%が骨成長に与ったカルシウムとすると(72g)、1日当たり200mgのカルシウムが骨形成に関与することになる。これは大幅に過大評価した数値で、1日に吸収されるカルシウムが200mgもあれば生命活動に必要なカルシウム、骨新生・改造に必要なカルシウムのすべてが足りる。食事性カルシウムの吸収率を40%とすれば、500mgのカルシウム摂取量で日本人の子どもは十分成長する。カルシウムの摂取量が少なければ少ないほど、吸収率がよくなることを忘れないで欲しい。思春期に牛乳・乳製品あるいはサプリメントで大量のカルシウムを摂取しても、骨量の増加は一時的で後々まで持続しないことは多数の介入研究が証明している(2)。日本の男の子に対するカルシウム摂取基準(目標量)は、10−11歳が800mg、12−14歳が900mg、15−17歳が850mgとなっている。少年期の摂取基準がこんなに大きな数値になっているのは、文部科学省が子どもに牛乳を強制的に飲ませているからである。必要もないのに毎日多量のカルシウムを摂っていれば基準値がそれに応じて高くなってしまうのである。
欧米のようにカルシウムの摂取量の多い(=乳製品の消費量が多い)ところではカルシウムのゼロバランスが高い。無駄遣いするからたくさんのカルシウムが必要なのである。言い換えれば、たくさん摂っているから無駄遣いするのである。無駄遣いの果てが骨粗鬆症であり心筋梗塞である。カルシウムと心筋梗塞の関係は後述する。
アメリカの酪農業界の「カルシウムが不足している!健康のためにもっとミルクを!」という宣伝にのってアメリカ人のカルシウム摂取量が増えると、科学的?とされるゼロバランスに基づいて勧告されるカルシウム所要量が更に増える。その結果、骨粗鬆症・骨折で寝たきりになり、心筋梗塞で倒れるアメリカ人が多くなる。政府(農務省、USDA)の政策がアメリカ国民を死に追いやっているとは何たる皮肉だろう。
4. カルシウムや牛乳はいくら摂取しても安全なのか?
栄養の専門家は長いこと、カルシウムはビタミンCのようなもので、身体が不要なカルシウムを排泄するから、いくら摂っても問題ないと考えてきた。しかし、牛乳・乳製品からのカルシウムの摂り過ぎは問題であると考えられるようになってきた。摂り過ぎた牛乳・乳製品は、男性で前立腺がんを招き、女性では乳がん・卵巣がん・子宮体部がんの発生を促す。前立腺がん・乳がん・卵巣がん・子宮体部がんと牛乳の関係については他のところで述べているので、ここでは牛乳と心筋梗塞の関係に絞って述べる。
カルシウムの排泄に大活躍するのは腎臓である。余分なカルシウムを尿中に直ちに排泄するから、血液中のカルシウムを10mg/dlに保つことができるのである(ホメオスタシス)。ところが、この過程で血液中のカルシウムは身体の軟部組織に沈着する。とくに傷ついた組織あるいは異物の付着した組織に沈着しやすい。
傷ついたあるいは異物の付着した軟部組織といえば血管壁の硬化(アテローム変性)がある。歳をとって動脈硬化のある人が大量のカルシウムを摂ると、このカルシウムが血管壁の病変部に沈着する(カルシウムが沈着した肥厚班をプラークという)。このプラークが細い血管(心臓を養う冠動脈)に起こった場合は一大事(心筋梗塞)を招く。カルシウムの摂り過ぎが思わぬ災厄をもたらすのである。
国際的に眺めると、骨粗鬆症の多い国々(欧米)では心筋梗塞も多い(3)。骨粗鬆症と心筋梗塞を結びつけているのが牛乳・乳製品である。重症の骨粗鬆症の女性ほど心筋梗塞になりやすい(4)。骨から流出したカルシウムが冠動脈に沈着するからである。
アメリカには心筋梗塞が多い。心筋梗塞の原因は冠動脈硬化である。冠動脈硬化は若年者にも発生する。今でも語り継がれている有名な話に朝鮮戦争で戦死したアメリカ軍兵士の剖検報告がある(5、6)。300名(平均年齢22歳)の戦死者の77%に何らかの動脈硬化の病変がみられ、39%にプラークによる冠動脈の狭窄がみられた。戦争という極限状態にあった兵士の剖検記録であるから多少割り引いて考えなければならないが、アメリカ軍兵士の幼いころからの食事が冠動脈の硬化をもたらしたのであろう。

最近、冠動脈硬化・心筋梗塞の診断と予後判定に有効な手段としてEBCT(Electrron-Beam Computed Tomography、電子ビームコンピュータ断層撮影)が用いられるようになった(7)。心筋梗塞がアメリカほど深刻ではないこともあって、日本人ではEBCTによる冠動脈石灰化のスクリーニングはあまり行われていないが、最近は注目されるようになった(8)。
40歳代の日本人男性100名と、同じく40歳代のアメリカ人男性100名の冠状動脈へのカルシウム沈着を測定した報告がある(9)。これによると、アメリカ人に比べて、日本人には冠動脈硬化・心筋梗塞の危険因子とされる血圧、総コレステロール、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)、血糖値、喫煙率がすべて高いのに、冠動脈の石灰化はアメリカ人よりはるかに低かった(図)。どうして、日本人とアメリカ人でこんなに違うのか。牛乳・乳製品の摂取量(=カルシウム摂取量)が違うからである。
かつて、胃潰瘍の治療にアメリカの内科医Sippyが考案したシッピー療法が用いられた。胃酸を中和するために重炭酸ソーダを飲ませ、2時間後から牛乳と乳脂の混合液を摂取させるというものであった。1950年代にこのシッピー療法を受けた胃潰瘍患者に心筋梗塞が多発することが問題になった。Briggsら(11)はアメリカとイギリスの15の病院の1940年から1959年の剖検記録から胃潰瘍でシッピー療法を受けたことのある剖検例(アメリカで97例、イギリスで95例)、胃潰瘍になったがシッピー療法を受けなかった剖検例(アメリカで97例、イギリスで95例)を集めて、シッピー療法と心筋梗塞の関係を調査した。同時に、それぞれの国で、胃潰瘍でない患者の剖検記録から年齢、人種、死亡時期の近い症例を胃潰瘍症例と同数(アメリカ194例、イギリス190例)選び出して対照群とした。

その結果、アメリカでシッピー療法を受けた胃潰瘍患者(97例)のうち35例(36%)に心筋梗塞があり、シッピー療法を受けなかった胃潰瘍患者(97例)に発生した心筋梗塞は15例(15%)で、シッピー療法を受けた患者には心筋梗塞が明らかに高率に発生していた(図左)。イギリスでも同様で、シッピー療法を受けた胃潰瘍患者(97例)では17例(18%)に心筋梗塞が発生し、シッピー療法を受けなかった胃潰瘍患者(97例)に発生した心筋梗塞は3例(3%)に過ぎなかった(図右)。
この調査結果が報告されてから、胃潰瘍にシッピー療法を行うことはなくなった。当時(1960年代)は牛乳・クリームで心筋梗塞が起こるのは牛乳やクリームに含まれている乳脂肪(飽和脂肪)が冠動脈に動脈硬化を起こすことが原因であると考えられていた。上で述べてきた話を総合すると、たしかに牛乳中の飽和脂肪は冠動脈硬化(アテローム変性)の形成に一役買っていたであろうが、このアテローム病変にカルシウムが沈着してプラークとなり、心筋梗塞を起こしたと考えるのが順当である。

世界29カ国において牛乳・乳製品の摂取量と虚血性心疾患(心筋梗塞)による死亡率との関係を調べると、両者の間に相関係数0.77という高度の相関関係がある(図)。この図をみると心筋梗塞はあたかも牛乳飲用民族の風土病ともいえる。
5. おわりに
牛乳はカルシウムを摂るのに都合のよい食品である。200mlのコップ1杯で200mgを超えるカルシウムを摂ってしまう。さらに、牛乳を飲むとカルシウム以外の余分なもの(飽和脂肪)まで摂ることになる。幸いなことに、ほとんどの日本人成人は乳糖(ラクトース)という牛乳中の糖質を完全には消化できない(=日本人は牛乳を飲めない)。世界的規模でみれば、ほとんどの人類は乳糖を分解できない。

乳製品にはカルシウムが多い(表)。子どもや女性が好むアイスクリームやソフトクリームには100gあたり130−140mgものカルシウムが含まれている。牛乳を飲めない人に勧められるヨーグルトのカルシウムは牛乳より多い。さらに、チーズの中にはエメンタールやパルメザンのように100gあたり1000mgを超えるカルシウムを含むものもある。オリーブ油、なたね油など植物油のカルシウム含有量はゼロであるがバターはカルシウムを含んでいることを忘れてはならない。
牛乳・乳製品は嗜好品である。タバコやアルコールと同じである。好きな人だけが飲み食べればよい。「子どもの成長のために」とか「骨粗鬆症の予防のために」などと国家が強制すべきものではない。普段食べている「穀物+大豆+野菜(+魚)」から摂取するカルシウム量が日本人の適量である。
学校給食法施行規則の最新のもの(2006年3月31日)になっても「学校給食の区分」が載っている。この規則よると、学校給食には「完全給食」「補食給食」「ミルク給食」の3つがある。
1)完全給食とは、給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む)、ミルク及びおかずである給食
2)補食給食とは、完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食
3)ミルク給食とは、給食内容がミルクのみである給食
完全給食は「パン+おかず+牛乳」「米飯+おかず+牛乳」「うどん+おかず+牛乳」、補食給食は「おかず+牛乳」、ミルク給食は「牛乳」である。つまり、文部科学省は牛乳がない食事を学校給食とは認めていないのだ。幼気(いたいけ)ない子どもに牛乳を強制するなんて、なんとひどい国だろう、日本は。日本の国土に生まれた子ども、日本語を話す子どもはおのずと日本を愛するようになる。牛乳という異種動物の分泌液を飲むという異国の風習を強要された子どもは「牛乳を強制する国家(文部科学省)」に反発するだろう。現に彼らは反乱を起こしつつある。
子どもは敏感である。おとなのすることをよく見ている。彼らが最も反感を抱くのは、「私がこんなことを言ったりしたりするのはみんなお前のためなのだ」という父親・母親・教師の言葉である。「オレのため?あんたのためじゃないか。」
学校給食法を制定したころ(1954年)、当時の日本人は官民あげて牛乳ほどよいものはないと思っていたし酪農・畜産の振興を願ってもいた。貧しかったあの頃に学校給食を「パンとミルク」にしたのはそれなりの理由があったのだろう。今は状況が違う。文科省さん、「ミルク」を強制するのは子どもの健全な発育を願ってのことだという御為倒し(おためごかし=表面は相手のためになるように見せかけて、実は自分の利益をはかること;広辞苑)をもうそろそろ止めたらどうだろう、さもないと子どもの反乱は治まらないよ。
文献
1)Kanis JA. The use of calcium in the management of osteoporosis.
Bone 1999; 24: 279-90.
2)Lanou AJ, Berkow SE, Barnard ND. Calcium, Dairy Products, and
Bone Health in Children and Young Adults: A Reevaluation of the Evidence.
Pediatrics 2005;115:736-43.
3)Hegsted DM. Fractures, calcium, and the modern diet. Am J Clin
Nutr 2001; 74: 571-3.
4)Tanko LB, Christiancen C, Cox DA, Geiger MJ, McNabb MA, Cummings
SR. Relationship between osteoporosis and cardiovascular disease in
postmenopausal woman. J Bone Miner Res 2005; 20: 1912-20.
5)Enos WF, Holmes RH, Beyer J. Coronary disease among United
States soldiers killed in action in Korea; preliminary report. J Am
Med Assoc 1953; 152: 1090-3.
6)Enos WF Jr, Beyer JC, Holmes RH. Pathogenesis of coronary disease
in American soldiers killed in Korea. J Am Med Assoc 1955; 158: 912-4.
7)O'Rourke RA, Brundage BH, Froelicher VF, et al. American College
of Cardiology/American Heart Association Expert Consensus document on
electron-beam computed tomography for the diagnosis and prognosis of
coronary artery disease. J Am Coll Cardiol 2000; 36: 326-40.
8)関川暁、岡村智教、門脇崇、他.潜在的動脈硬化所見の早期発見とその公衆衛生学的意義.米国における電子ビームコンピュータ断層撮影を用いた虚血性心疾患初回発症予防の取り組み.日本公衆衛生学雑誌
2003; 50: 183-93.
9)Sekikawa A, et al. Much lower prevalence of coronary calcium
detected by electron-beam computed tomography among men aged 40-49 in
Japan than in the US, despite a less favorable profile of major risk
factors. International Journal of Epidemiology 2005; 34:173-179.
10)関川暁・上島弘嗣ら:米国における虚血性心疾患予防の近未来 ー EBT(Electron Beam Tomography)の可能性.動脈硬化予防3巻3号、14-21.
11)Briggs RD, Rubenberg ML, O'Neal RM, Thomas WA, Hartroft WS.
Myocardial infarction in patients treated with Sippy and other high-milk
diets: an autopsy study of 15 hospitals in the USA and Great Britain.
Circulation 1960; 21: 538-42.
|