国際医療研究センターの「米飯と糖尿病に関する研究」
の誤り

奇妙な論文「米飯を食べると糖尿病になる」

1960年ごろに比べると、過去50年間に、糖尿病が40倍に増えた。平成19(2007)年の国民健康・栄養調査によれば、1997年から2007年の10年間に、糖尿病者が1,370万人から2,210万人へと1.6倍(実数で840万人)も増えたという話である。

そんな中、2010年、「米飯(ごはん)を食べると糖尿病になる」という論文*が日本人研究者(国立国際医療研究センターと国立がん研究センターの共同研究)によって発表され、米食民族たる日本人は唖然とした。
*Nanri A, Mizoue T, Noda M, Takahashi Y, Kato M, Inoue M, Tsugane S; Japan Public Health Center-based Prospective Study Group. Rice intake and type 2 diabetes in Japanese men and women: the Japan Public Health Center-based Prospective Study. Am J Clin Nutr 92:1468-77, 2010.

先に「日本人と牛乳」で述べたように、日本のコメ(米)の消費量は1960年代からずっと減り続けている(下図)。日本人は1962(昭和37)年には一人当たり1日平均324gのコメを食べていたが、50年後の2012(平成24)年には半量の154gしか食べていない。

コメを食べなくなった日本で糖尿病が増えているのに、「糖尿病の原因はごはん」というのはおかしな話ではないか。ごはんが糖尿病の原因なら、コメ消費量の減少にともなって糖尿病も減るというのが普通の考え方である。 

疫学は病気の発生要因を数字で説明する手法で、その結論は常に常識的である。コメを食べなくなった日本で糖尿病が増えているというのに、「ごはんを食べると糖尿病になる」という常識外の研究はどこかに本質的な問題を抱えていると考えるのが自然である。 

国際医療研究センターと国立がん研究センターの共同研究の紹介

この研究は、米飯(ごはん)の摂取量により研究対象をいくつかのグループに分けた後で、各グループの糖尿病の発症を追跡するという前向き研究のように見えるが、実際は、糖尿病の調査を行った後で過去の米飯摂取量を問題にした後ろ向きの研究である。このような研究にはとかく誤りが起きやすい。

研究者たちは、1995年と1998年、対象者(男25,666人、女33,622人)に食物摂取頻度アンケート調査を行ってごはんをどのくらい食べているかを調べた。その5年後、この人たちに糖尿病になったかどうかを答えてもらった(自己申告)。その結果、「糖尿病になった」と答えた人は、5年前に「ごはんをたくさん食べている」と申告した人に多かったというのである。ただし、米飯と糖尿病の間にこのような関係があったのは女性だけで、男性では関係が認められなかった。

この研究は、5年前に行った栄養調査のごはん摂取量に基づいて33,622人の女性を4つのグループ(ごはんが少ない、やや少ない、やや多い、多い)に分けた。このようなグループ分けの場合、本来なら、各グループの人数がほぼ等しくなければ疫学研究は成り立たない。ところがこの研究のグループ分けは極めて不均等であった。ごはん摂取量が少ない(1日当り165g)グループは6,593人(19.6%)、やや少ない(315g)は10,551人(31.4%)、やや多い(420g)は13,376人(39.8%)、摂取量が多い(560g)グループは3,102人(9.2%)であった(下図)。「やや多い」グループの人数が突出して多い。このグループ(13.376人)のごはん摂取量は1人残らず420gであった。

これらの4グループで「糖尿病になった」と答えた女性の人数を調べると、「少ない」が78人、「やや少ない」が136人、「やや多い」が212人、「多い」が52人であった。「少ない」グループの糖尿病リスクを1.00とすると、他グループの相対リスク(95%信頼区間)は「やや少ない」が1.15(0.85〜1.55)、「やや多い」が1.48(1.08〜2.02)、「多い」が1.65(1.06〜2.57)となった。「やや多い」と「多い」の相対リスクの95%信頼区間の下限が1を超えているので、ごはんをたくさん食べていた人たち(「やや多い」と「多い」)に糖尿病が多いという結論になったのである。

男性では米飯と糖尿病は無関係

男性(25,666人)では、ごはんの最も少ない(280g)グループは6,805人(26.5%)、やや少ない(420g)は10,214人(39.8%)、やや多い(560g)は4,547人(17.7%)、ごはんの最も多い(700g)グループは4,100人(16.0%)であった(下図)。男性のグループ分けも不均等であったが女性ほどではなかった。

一方、男性で「糖尿病になった」と答えた人数は、「少ない」が147人(相対リスク1.00)、「やや少ない」が264人(1.25)、「やや多い」が115人(1.24)、「多い」が99人(1.19)であった。相対リスクの95%信頼区間はいずれも1を挟んでおり、糖尿病の発生率にグループ間での有意の差は認められなかった。

「ごはんを食べない(糖尿病が少ない)」と答えたのはどんな女性か

先に述べたように、 食べているごはんの量に応じて女性を4グループに分けたが、均等に4分割することはできなかった。「多い」が調査対象の9.2%で「少ない」(19.6%)の半分以下の人数になっている。「やや多い」グループの13,376人(研究対象の約4割)は全員が420gという同じ量のごはんを食べていると答えた。食物摂取頻度調査では茶碗1杯のごはんを140gと計算するから、この人たちは1日に3杯のごはん(420g)を食べると答えたのである。 

食物摂取頻度調査でごはんの摂取量を調べるときには「過去1年間の食事を思い出して記入してください。あなたは平均して普通の大きさの茶碗でごはんを1日に何杯食べますか」などと訊ねられる。ほとんどの人は「朝・昼・晩それぞれ1杯として、1日3杯ということにしておこう」ということになる。そんなわけで、調査対象の実に4割の女性が「1日に420gのごはんを食べる」と答えたものと推察される。 

では、「ごはんをあまり食べない」と答えたのはどんな女性だったのだろうか。つぎの表をご覧いただきたい。ごはんの「多い」グループと「少ない」グループを比較してみる。 

「ごはんが多い」グループのごはん摂取量を1とすると、「少ない」グループの摂取量は0.25に過ぎない(150g対608g)。しかし、炭水化物(ごはん、うどん・そば、パン、、菓子・ケーキ、果物など)の摂取量は0.80(229g対288g)で、ごはんほど大きな差はない。つまり、「少ない」グループの女性ではごはんの摂取量だけが極端に「少ない」のである。

ただし、「ごはんが少ない」グループのエネルギー消費量(1,734kcal)は「多い」グループ(2,291kcal)に比べて557kcalも少ない。つまり、「ごはんが少ない」グループはごはんだけでなく、総エネルギー消費量も少ないのである。このグループに糖尿病が少なかったのは、ごはんを食べなかったからではなく、エネルギー消費量が少なかったからではないかという反論も可能である。 

また、「ごはんが少ない」グループと「多い」グループの間で消費エネルギーに557kcalもの差があるのに、両グループの体重がほぼ同じというのは理解に苦しむ(BMIは56.7対56.1で、「少ない」ほうがかえって大きい)。 

これに加えて、Nanriらの論文(Am J Clin Nutr 92:1468-77, 2010)のデータには不可解なところがある。上表の数値は、この論文のTABLE 1 Baseline characteristics of subjects(調査対象の基準特性)から転記したものである。この表に蛋白質、脂肪、炭水化物の1日あたりの摂取量が示されている。1グラムの蛋白質・脂肪・炭水化物のエネルギーをそれぞれ4・9・4kcalとして1日あたりのエネルギー摂取量を計算すると、ごはんの「少ない」グループは1,793kcal、「多い」グループは1,778kcalになる。「少ない」グループのエネルギー摂取量は論文掲載値(1,734kcal)とほぼ合っているが、「多い」グループの計算値は論文の値(2,291kcal)と大きく異なる。なぜこんなことになるのか。「少ない」グループの数値がかなり符合しているところをみると、論文の栄養調査のデータの集計に誤りがあるとしか考えられない。

なぜ女性だけが「ごはんを食べると糖尿病になる」のか

女性には、年齢・体重・食べものに関しては正直に答えなくてもよいという特権がある。女性にとって「食べる・食べない」は機微情報である。日本の女性には「ごはんを食べると肥る」という誤った認識をもっている者が多いので、太めの女性が毎日のごはんを少なめに申告した可能性もある。 

しかし、なぜ、米飯を1日に3杯以上食べると答えた女性グループに「糖尿病になった」と答えたひとが多かったのかわからない。論文の執筆者たちは「ごはんを食べると糖尿病になる」という結論と「コメの消費量が落ちている最中に糖尿病が増えている」という実状との矛盾に言及していない。 

新しい論文「炭水化物と糖尿病」

国際医療研究センターと国立がん研究センターの研究者たちが新たに、この「ごはんと糖尿病」に関する研究データを「炭水化物と糖尿病」という少し異なった観点から解析*してくれたことによって上記の疑問が氷解した。
*Nanri A, Mizoue T, Kurotani K, Goto A, Oba S, Noda M, Sawada N, Tsugane S; Japan Public Health Center-Based Prospective Study Group. Low-carbohydrate diet and type 2 diabetes risk in Japanese men and women: the Japan Public Health Center-Based Prospective Study. PLoS One. 2015 Feb 19;10(2):e0118377. doi: 10.1371.

低炭水化物スコア

研究者たちは、炭水化物、脂肪、蛋白質それぞれの総摂取エネルギーに対する割合(%エネルギー)によって対象者を均等に0から10の11段階に分けた。炭水化物については、炭水化物の%エネルギーが最も少ない者に10、最も多い者に0と点数付けを行った。脂肪と蛋白質についてはこれとは逆にそれぞれの%エネルギーが最も少ない者に0、最も多い者に10の点数をつけた。三つの栄養素を足し合わせると評価点が0から30点に振り分けられる。つまり、0→30と点数(スコア)が大きくなるほど炭水化物の摂取割合が減って脂肪・蛋白質の多い食事ということになる。そのため、この点数は低炭水化物スコアと呼ばれている。 

このスコア(数値が大きいほど炭水化物が少なくなる)に基づいて、調査対象が5グループに分類された。女性のデータの一部をNanriの新しい論文から転記して下表に示す。ここには、低炭水化物スコア0〜8(高炭水化物食)と24〜30(低炭水化物食)の2グループについて、人数・年齢・糖尿病の相対リスクなどを表示した。 

高炭水化物食グループ(スコア0〜8)の糖尿病発生を1.0とすると、低炭水化物食グループ(24〜30)の糖尿病の相対リスクは0.62で、その95%信頼区間は0.51〜0.88であった。つまり、女性では、炭水化物が少なく脂肪と蛋白質の多い食事は糖尿病を予防するという結論になった。しかし男性ではこのような関係は見られなかった(下表)。 

うっかりこれだけを見ていると、新しい論文の結論は、「ごはん(主成分は炭水化物)を食べる女性は糖尿病になりやすい」という前の論文(Nanri et al. 2010)と一致しているようにみえる。ところが、この研究は以下に述べるようなさらに不可解な問題を包含していたのである。

低炭水化物スコアが低い(=炭水化物が多い)のはどういう女性か

低炭水化物スコアの低い(0〜8)女性と高い(24〜30)女性の総摂取エネルギーや炭水化物の摂取量はどうなっているのだろうか。この論文のデータをもう少し詳しく検討してみる(下表)。ただし、この表の炭水化物、脂肪、蛋白質の摂取量は、それぞれの1グラム当りのエネルギーを4、9、4kcalとして、論文記載の総摂取エネルギーとそれぞれの%エネルギーから筆者(佐藤)が計算したものである。

この表を見てまず気づくのは総摂取エネルギーが両グループで大きく違うことである。「低炭水化物スコア(高炭水化物食)」グループの女性の摂取エネルギー(1,559kcal)は「高炭水化物スコア(低炭水化物食)」グループ(2,295kcal)の68%に過ぎない。「高炭水化物食」と「低炭水化物食」で比べると、炭水化物の%エネルギーには両グループの間にある程度の差があるものの(67.2%と44.9%)、炭水化物の摂取量そのものにはほとんど差がない(261.9gと257.6g)。一方、「高炭水化物食」グループの女性の脂肪と蛋白質の摂取量は「低炭水化物食」グループに比べて非常に少ない。脂肪は約1/3倍、蛋白質は1/2以下である。つまり、「高炭水化物食」の女性は「あまり物を食べない」人たちで、「低炭水化物食」の女性は「たくさん食べる」人たちであった。そして、Nanriらは「あまり食べない」女性は「たくさん食べる」女性に比べて糖尿病になりやすいと結論したのである。

「米飯(ごはん)と糖尿病」に関する研究の真相

国際医療研究センターと国立がん研究センターの糖尿病に関する研究(Nanri et al. 2010)の結論は「米飯(ごはん)をたくさん食べる日本女性は糖尿病になりやすい」というものであった。コメの消費量が大きく減っている中で糖尿病が増えているというのに、コメを食べると糖尿病になるというこの研究結果は不可解であった。幸いなことに、同じ研究者たちが同じ調査データを低炭水化物スコアという別の視点から解析・発表した(Nanri et al. 2015)ことによって、ことの真相が少し見えてきた。新しい論文の結論は、「あまり食べない」女性(平均総摂取カロリー:1,559kcal/日)は「たくさん食べる」女性(2,295kcal/日)に比べて糖尿病になりやすいというものだった。この結論は「糖尿病はたくさん食べる者に多い」という一般理解を超えたもので、事実だったら、今までの常識を覆す大発見である。

しかし、「あまり食べない女性に糖尿病が多い」という結果には別の解釈が可能である。端的に言うと、食べる物を「少なく」申告した者の中には、栄養調査を受ける段階ですでに何らかの理由で食べ物(その中心はおそらくごはん)を減らしていた女性がいたと考えても不自然ではない。

Nanriらはもちろん、データ解析の段階で、すでに糖尿病と診断されていた者は解析対象から除外していた。しかし、職域の、あるいは地域の健康診断で「血糖が高めです。食事に気をつけてください」と言われた女性が調査対象に含まれていた可能性がある。このような女性が、栄養調査の行われた段階で、食べ物を「少なく」申告していたのかもしれない。これらの女性の中に、栄養調査から5年経って「今までに糖尿病になりましたか」と改めて訊ねられて、YESと答えた女性がいたのだろう。

もう一つ、この種の研究に付随する問題をとり上げておく。それは、女性の栄養調査における食物摂取の過少申告である。食べているのに食べない、たくさん食べているのに少ししか食べないと答える傾向のため、女性を対象にした栄養疫学の研究評価は難しい。とくに、「女性だけに認められた」という研究は要注意で、食物摂取に関する女性の過少申告が結果を思わぬ方向に導いている可能性がある。

そして最後に。先に「ごはんを食べない(糖尿病が少ない)と答えたのはどんな女性か」で述べたように、国際医療研究センターと国立がん研究センターの糖尿病に関する論文には栄養調査のデータの集計が誤っている可能性が大きい。「ごはんをたくさん食べる」グループの総摂取カロリーの論文掲載値(2,291kcal)は蛋白質・脂肪・炭水化物の摂取量から計算される数値(1,778kcal)から大きく乖離している。データの誤りを修正して改めて解析すれば、きっともっと常識的な結論が導かれるだろう。 

さて、国立国際医療研究センターと国立がん研究センターの研究者のみなさん、この疑問にどのようにお答えになりますか。

 

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