ミルク(牛乳)と乳がん

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市販の牛乳にはエストロゲン作用がある

牛乳のエストロゲン効果を確かめるために子宮肥大試験を行った。最近、外因性内分泌撹乱物質(いわゆる環境ホルモン)が話題になっていろいろな試験法が提案されているが、丸ごとの動物を使った試験法がひとに最も関連が深い(井上達[監修]、今井清・長村義之・加藤正信・菅野純[編集]「内分泌撹乱化学物質の生物試験研究法」、シュプリンガー・フェアラーク東京、2000年9月)。その中で、卵巣摘出ラット(子宮が委縮する)に試験物質を与えて子宮が大きくなるかどうかを観察する子宮肥大試験がよく用いられる。

卵巣摘出1週間後から、ラットに粉末飼料とともに市販の「低脂肪乳」、「人工乳(タンパク質として、アミノ酸強化グルテン、脂肪としてココナッツオイル,糖質としてデキストリン・マルトースを含み、低脂肪乳と同等のエネルギーをもつ水溶液)=対照」、「人工乳+100 ng/mlの硫酸エストロン水溶液」(=陽性対照)を与えた。1週間後に剖検して子宮の重量を測定し、顕微鏡標本で子宮内膜上皮細胞の厚さを測定した。

この実験で使用した市販の低脂肪乳のエストロゲン濃度を図3に示す。低脂肪牛乳中にはエストロゲンがおよそ700 pg/ml存在するが、その62%はエストロン(436 pg/ml)で、エストロンの87%は硫酸エストロン(378 pg/ml)であった。

「人工乳」群の子宮湿重量(mg)は60.2±6.1であったが、「低脂肪乳」群では72.6±7.2、「人工乳+硫酸エストロン」群では76.0±5.0であった(図4:いずれも1群12匹で、「低脂肪乳」と「人工乳+硫酸エストロン」の子宮は「人工乳」の子宮に比べて、統計学的に有意に大きい)。つまり、低脂肪乳には卵巣摘出ラットの子宮重量を大きくする効果(エストロゲン作用)があり(子宮肥大試験陽性)、その程度はほぼ100 ng/mlの硫酸エストロンに匹敵する。

また、「人工乳」群ラットの子宮内膜上皮細胞の高さ(mm)は6.8±1.6であったのに、「低脂肪乳」ラットでは8.4±1.4、「陽性対照」ラットでは9.4±1.7であった(図4:統計学的に有意)。すなわち、低脂肪乳によって卵巣摘出ラットの子宮内膜細胞が肥大化する(エストロゲン効果)。子宮の内膜上皮細胞に対する影響からみても、市販の低脂肪乳が100 ng/mlの硫酸エストロンに近いエストロゲン作用を示すことは明らかである。

この実験では、幼若ラットに低脂肪乳を水替わりに飲ませた。ひとの子どもに換算すれば、ほぼ1リットルの牛乳に相当する。牛乳を濃縮したわけではない。使用したのは、どこのスーパーマーケットでも売られている全国ブランドの低脂肪乳(130度で2秒滅菌)である。市販の牛乳はエストロゲン作用を示すというこの実験の意義は大きい。外因性内分泌撹乱物質(いわゆる環境ホルモン)として有名なビスフェノールA(bisphenol A)がラットやマウスで子宮肥大テストが陽性になるのは皮下注射で300 mg/kg体重である(30,31)。こんなに大量のビスフェノールAが体内に侵入することなど考えられない。これに比べれば、牛乳1リットルはひとで飲用のあり得る量である。因みにアメリカ人の乳・乳製品の消費量が1日1kgを超えることは先に述べた。

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市販の低脂肪乳はDMBA-乳がんの発生・生長を著しく促進する

乳がんの女性は、乳がんでない女性よりも血液中のエストロゲン濃度が高い。乳がん発生率の低いアジア女性に比べて、乳がん発生率の高い欧米女性では血液中エストロゲン濃度が高い(シェルドン・クリムスキー著、松崎早苗・斉藤陽子訳「ホルモン・カオス−環境エンドクリン仮説の科学的・社会的起原」藤原書店、2001年9月)。牛乳にエストロゲンが含まれていて、かつ牛乳がエストロゲン作用を示すことから、アメリカ人の高い乳がん発生率は牛乳によるものではないかという仮説が生まれる。血中エストロゲン濃度は、牛乳消費量の多い欧米女性に高く、牛乳消費量の少ないアジア女性で低いという観察(32)もこの仮説を間接的に支えている。

7.12-dimethylbenz(a)anthracene(DMBA)は、更年期後の女性に発生する乳がんによく似た乳腺腫瘍(腺がん)をラットにつくる(33,34)。雌ラットに10 mgのDMBAを経口投与するとほぼ100%のラットに乳腺腫瘍が発生する。しかも、DMBA乳がんは触診によって、その発生経過を観察できる。

80匹の雌ラット(Sprague-Dawley)に5 mgのDMBAを与え、翌日から4種類の液体を与えて、DMBA乳がんの発生経過を20週にわたって観察した。1群(20匹)のラットには市販の低脂肪乳(牛乳群)、他の3群には人工乳(上で述べた。含有カロリーは低脂肪乳に等しい=人工乳群)、100 ng/mlの硫酸エストロン水溶液(エストロン群)、水(水群)を与えた。人工乳群と水群は陰性対照群で、エストロン群は陽性対照群である。1週間ごとに乳腺腫瘍を触診するとともに、体重、餌と水溶液の消費量、血液中の各種ホルモン濃度、低脂肪乳中のエストロゲン濃度などを測定した。

牛乳群と人工乳群の体重はほぼ同様の経過を示したが、エストロン群と水群の体重は牛乳群あるいは人工乳群の体重より小さかった。牛乳群と人工乳群のカロリー摂取量がエストロン群や水群に比べて大きかったからである。牛乳群と人工乳群はそれぞれ38.2ア1.5 gの低脂肪乳と37.6ア1.1 gの人工乳を飲んだが、エストロン群と水群は23.4ア1.8 gのエストロン水溶液と23.9ア1.9 gの水を飲んだ。したがって、牛乳群の乳がん発生は人工乳群と比較し、エストロン群の乳がん発生は水群と比較する。

DMBA投与後5週目に、最初の乳腺腫瘍が牛乳群、人工乳群、エストロン群に発生した(図5A)。水群で腫瘍が発生したのはDMBAを投与してから8週後であった。牛乳群とエストロン群における腫瘍の発生は時とともに増え、他の2群と1線を画するようになった。DMBAを投与してから20週後の腫瘍発生率は、牛乳群85%(20匹中17匹)、人工乳群50%(20匹中10匹)、エストロン群75%(20匹中15匹)、水群45%(20匹中9匹)であった。乳腺腫瘍の発生率(図5A)、腫瘍の発生数(図5B)、腫瘍の大きさ(図5C)のいずれを見ても、DMBA乳がんの発生は牛乳群=エストロン群>人工乳群=水群であったことが分る。

DMBAを投与してから20週後に行った剖検の結果を図6に示す。剖検では触診で観察されなかった小さな腫瘍も発見されたが、発生率、腫瘍数、腫瘍重量ともに、DMBA乳がんは牛乳群=エストロン群>人工乳群=水群で、牛乳群と人工乳、エストロン群と水群の間には統計学的に有意の差があった。低脂肪乳によるDMBA乳がんの発生・生長促進は100 ng/mlの硫酸エストロンによる促進作用にほぼ等しい。

剖検時に得られた血液を用いて、血漿中のエストロン、エストラジオール-17b、insulin-like growth factor-I (IGF-I)*、プロラクチンの濃度を測定した(図7)。血漿エストロン濃度は牛乳群とエストロン群で高かった。また、エストロン群の血漿エストラジオール-17bは他の3群に比べて有意に高かった。経口的に与えられた硫酸エストロンが体内でエストラジオール-17bに変換されるのだろう。牛乳群のエストラジオール-17bは水群より有意に高値であったが、人工乳群と有意のある差ではなかった。特筆すべきは、牛乳群のIGF-I濃度は他のいずれの群より高かったことである。体重が大きくなった牛乳群と人工乳群では、プロラクチン濃度がエストロン群と水群より高かった。

次に、乳腺腫瘍の発生したラット(担がんラット)と発生しなかったラット(非担がんラット)の間でホルモン濃度を比較した(図8)。乳腺腫瘍の発生の多かった牛乳群とエストロン群で、担がんラットと非担がんラットで差が認められたのはIGF-Iだけであった。体重が大きくなった牛乳群と人工乳群ではプロラクチン濃度が担がんラット>非担がんラットであった。ただし、プロラクチン濃度は個体間のバラツキが非常に大きい。すべてのラットを担がんラット(51匹)と非担がんラット(29匹)に分けて血漿ホルモン濃度を比較した(図9)。担がんラットで高かったのはIGF-Iとプロラクチンであった。有意ではあったが、担がんラットのプロラクチン濃度はバラツキが極めて大きかった。牛乳中の硫酸エストロンは、直接あるいはIGF-Iを通して間接的にDMBA-乳がんの発生と生長に関与しているものと思われる。

最後に、乳がん、子宮体部がん、卵巣がんなどの女性特有のがんの発生に牛乳が関係していることを示す間接的な証拠をお目にかけよう。世界42ヵ国において、乳がん、子宮体部がん、卵巣がんの発生率(1)と食品摂取量(FAOSTAT Database Collections. http://apps.fao.org/cgi-bin/nph-db.pl?subset=nutrition/)の関係を調べた。その方法の詳細は牛乳と男性生殖器のがん(前立腺がんと精巣がん)をご覧いただきたい。

乳がんの発生率と最も関係の深い食品は肉(r=0.820)、次いで乳・乳製品(r=0.790)であった(図10)。子宮体部がんと最も関係の深い食品は乳・乳製品(r = 0.789、図11)で、卵巣がんと最も関係の深い食品も乳・乳製品であった(r = 0.745、図12)。

重相関分析でも乳がん発生に関係があるとして選択された食品は肉と乳・乳製品であった。肉の消費量の多い国では乳・乳製品の消費量も多く、両者の乳がんに対する影響度を分離することはできなかった。しかし、低脂肪乳と硫酸エストロンがホルモン依存性のDMBA-乳がんの発生・生長を促進するという実験結果からして、乳がん発生の主たる要因は乳・乳製品であると考えて間違いないだろう。同じく、ホルモン依存性の子宮体部がん(頚部がんではない)の発生に、重相関分析で、最も貢献度の高い食品は乳・乳製品であった。子宮体部がん(図13)と卵巣がん(図14)の日米比較をお目にかける。乳がんに見られた傾向が子宮体部がんと卵巣がんにおいても観察される。 牛乳は、女性の乳がんのみならず、卵巣がん、子宮がん(頚部がんは減ったが、体部がんは増えている)の発生にも深く関与していることを留意していただきたい。「あなたの健康を損なうおそれがありますので牛乳の飲みすぎに注意しましょう」

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