糖質の効用 その1


肝臓は人体最大の臓器でいわば大化学工場である。血液中のグルコースが少ないときには、自らの細胞内に貯えているグリコ−ゲンを分解して、脳にグルコースを供給する。グリコ−ゲンが枯渇したときにはアミノ酸などからグルコースを造る(糖新生という)のも肝臓である。体内に入った異物を排除する機能も担っている。肝臓における化学物質(身体に吸収される=細胞膜を通過する物質は脂溶性が大きい)の代謝の本来的意義は脂溶性の物質を水溶性の代謝物に変換し、腎臓からの排泄を促すことにある。したがって、一般的には肝臓における代謝は解毒であるが、物質によっては代謝によってその毒性を発揮するものもある(代謝活性化という)。その代表的なものに、ジメチルニトロソアミンなどの発がん物質、四塩化炭素など工場や実験室で使われる有機溶剤、アセトアミノフェンなどの医薬品がある。

体内に入った脂溶性の物質を水に溶けやすい物質に変換する酵素が肝薬物代謝酵素(チトクロム P-450、cytochrome P-450、CYP)と呼ばれる一群の酵素系である。この酵素の一つにCYP2E1という酵素があり、低分子量の有機化合物の代謝を触媒している。

四塩化炭素の肝毒性は有名で、肝障害のモデル物質として動物実験に繁用されてきた。四塩化炭素による肝障害は、四塩化炭素そのものによって引き起こされるのではなく、体内(肝臓)で生成した反応性に富む中間代謝物(ラジカル)によって招来される。この活性代謝物は肝細胞内の滑面小胞体に局在するCYPによって生成する。

一晩、ラットを絶食状態におくと、CYP2E1の活性が著しく亢進する。四塩化炭素はCYP2E1によって代謝されるので、一晩絶食したラットに四塩化炭素を与えると極めて強い肝障害が起こる(1)。前の晩に普通に餌を食べたラットでは血清GPT(肝障害の指標)は数百で、肝臓も軽度の脂肪変性を示すのみで肝細胞の壊死はみられない。ところが、一晩絶食のラットでは、血清GPTは数千となり、肝中心葉に広範な細胞壊死が認められる。一晩の絶食による代謝亢進はいろいろな化学物質(有機溶剤)について確かめられている(2)。絶食ではすべての成分(タンパク質、脂肪、糖質、ビタミン、ミネラル)の摂取量がゼロである。どの栄養素の欠落が絶食によるCYP2E1の誘導に関与しているのであろうか。

かつて、個体の抵抗力が低タンパク栄養で低下するから、タンパク質の摂取量が少ないと化学物質の毒性が強まるだろうと、漠然と信じられてきた。イギリスのMcLean夫妻はこの通説に反論した(3)。高タンパク食(タンパク質50%)は、四塩化炭素やヂメチルニトロソアミンの代謝活性化を促進することによってその肝障害を増強し、低タンパク食(タンパク質5%)は逆に肝障害を軽減することを見いだしたのである。ここに、肝薬物代謝酵素(CYP)の活性を支配する栄養素はタンパク質であり、高タンパク食によって活性が亢進し、低タンパク食によって低下するという「タンパク質説」が誕生した。その後、この説を支持する報告が次々となされ、「タンパク質説」は深く広くその根をおろした。

しかし、わたくし達は、絶食(=すべての栄養素の欠落)がCYP2E1を誘導するという実験結果を得ていたので、増加する栄養素(タンパク質)がCYPの活性に影響を与えるという報告に疑問を抱いていた。このような視点からMclean夫妻や他の研究者が用いた高たんぱく食を眺めてみると、その高タンパク食は、総カロリーを一定に保つために、タンパク質と糖質を相互に置換することによって調製されていた。すなわち、高タンパク食とは低糖質食(糖質20%)のことであり、低タンパク食は高糖質食(糖質65%)に他ならなかったのである。

そこで、わたくし達は、液体飼料(成分を変えるのに便利である)中のタンパク質・脂肪・糖質を単独あるいは交互に変えた飼料でラットを飼育し、肝臓のCYP2E1の活性を測定した(1)。その結果、肝臓におけるCYP2E1の活性が、タンパク質や脂肪ではなく、糖質の摂取量によって一元的に支配されていることを発見した。すなわち、タンパク質や脂肪の摂取量とは関係なく、糖質の摂取量が増えれば活性が低下し、逆に摂取量が減れば活性が亢進したのである。糖質の含有量をタンパク質あるいは脂肪と置き換えて総摂取エネルギーを一定に保った場合でも、タンパク質と脂肪の含有量を一定に保ちながら糖質の含有量だけを変えた場合(したがって、総摂取エネルギーは糖質含有量に伴って変動する)でも、糖質摂取量の減少(増加)によってCYP2E1の活性が亢進(低下)した。糖質摂取量が等しい場合には、たんぱく質や脂肪の摂取量が大きく変化してもこの酵素の活性には有意の変化は認められなかった。

糖質の少ない飼料で飼育したラットでは、タンパク質と脂肪の摂取量に関係なく、四塩化炭素の代謝が亢進し、激しい肝障害が起こる。障害の程度は四塩化炭素の代謝(活性化=毒性)とよく対応していた(図2)。とくに、糖質を全く含まない餌(タンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラルなどは十分含まれている)で飼育すると、完全絶食の場合と同程度の極めて高度の肝障害が起こった。

わたくし達の「糖質が化学物質の代謝と毒性に影響を与える」という説は、日本の学会ではなかなか認められなかった。この説は、ある毒性学の大家から、「あなた、代謝酵素は本質的にタンパクですよ。糖が酵素の活性に影響を与えるなんてことはあり得ませんよ」と一蹴されてしまった。私たちは、論文を掲載してくれる学術雑誌がなく、困惑していた。その最中に「タンパク質説」のMcLean教授が来日した。1980年、東京で開催された国際薬理学会にシンポジストとして招かれ「栄養と毒性」に関する講演を行った。その際に、McLean教授にお会いして「同じ現象を観察して、あなたはタンパクだといい、私は糖質だといっている。しかし、あなたの高タンパク食は低糖質食、低タンパク食は高糖質食である。糖質が同じであれば、タンパクの増減は四塩化炭素やニトロソアミンの毒性に影響を与えない」と説明した。私の話をじっと聞いてくれたMcLean教授は「どうもお前のいっていることの方が正しいようだ。論文を送りなさい。私が関係している雑誌に掲載しよう」とおっしゃってくれた。その結果、McLean教授の説を否定する私たちの論文が、彼が編集している雑誌Biochemical Pharmacologyに掲載された(1)。真の研究者というのは、自分の説に反対する論文であっても正当に扱うのだ、と深い感銘を覚えた。

糖質と化学物質の毒性に関する面白い例をもう一つ紹介する。a-glucosidase inhibitorという糖尿病治療薬(糖質吸収阻害剤)がある。食前にこのくすりを服んでおくと、食後の過血糖が起こらない。このくすりの副作用は、通常では、下痢、お腹が張る、お腹が鳴る、ガスが出るなどの軽い消化器症状が飲みはじめに現われるだけである。しかし、時に重症の肝障害を起こすことがあった。日本でも、旧厚生省の発表によると1998年までにこのくすりを服用した57名の2型糖尿病患者に肝障害が起こり、うち2名が激症肝炎で死亡した。糖質の吸収阻害を起こすということは低糖質食の摂取と同じことである。そこで、a-glucosidase inhibitorを与えたラットにアセトアミノフェン(よく用いられる鎮痛薬で、市販の鎮痛薬、風邪ぐすりなどに含まれている。大量を服用すると肝臓での代謝活性化によって肝障害を起こす)を与えてみた(4)。a-glucosidase inhibitorによってラットのCYP2E1の活性が亢進し、アセトアミノフェンの肝毒性が増強した。動物実験からひとにおける毒性を云仝することは慎重でなければならないが、糖質の摂取量を減らしたり、糖質の吸収を阻害するくすりを服むことが思わぬ結果を招くことがありうることを示す例証だろう。

以上の結果をまとめると、肝臓のCYP2E1の活性は、タンパク質、脂肪、ビタミンなどの摂取量に関係なく、糖質の摂取量によってのみ大きな影響を受ける。ラットに糖質の少ない食餌(低糖質食)を与えると、CYP2E1の誘導によって低分子量の有機化合物の代謝が亢進する。そのため、代謝活性化によって毒性を発揮する化学物質(四塩化炭素、クロロホルム、アセトアミノフェンなど)は、低糖質食によって激しい肝障害を招来する。

参考文献

1. Nakajima T, Koyama Y, Sato A. Dietary modification of metabolism and toxicity of chemical substances - with special reference to carbohydrate. Biochem Pharmacol 31, 1005-1011, 1982.

2. Sato A, Nakajima T. Enhanced activity of liver drug-metabolizing enzymes for aromatic and chlorinated hydrocarbons following food deprivation. Toxicol Appl Pharmacol 50, 549-556, 1979

3. McLean AEM, McLean EK. Diet and toxicity. Br Med Bull 25, 278-281, 1969.

4. Wang P-Y, Kaneko T, Wang Y, Sato A. Acarbose alone or in combination with ethanol potentiates the hepatotoxicity of carbon tetracjoride and acetaminophen in rats. Hepatology 29: 161-165, 1999.

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