糖尿病は糖質摂取量の減少によって起こる

糖尿病研究の鉄人ヒムスワ−スの研究をみよ!

その1 高炭水化物(糖質)食によってインスリン感受性と耐糖能がよくなる
 
耐糖能におよぼす食事の影響
  インスリン感受性(効き目)におよぼす食事の影響

その2 インスリン感受性の低下によって発生する糖尿病

その3 糖尿病の発生要因(患者ー対照研究)
 
「定性的方法」の結果
 
「定量的方法」の結果

その4 糖尿病の記述疫学
  データの概要
  糖尿病の発生率と食事との関係
  糖尿病死亡率の年次推移と食事内容の変化

 
食事の変化と糖尿病死亡率の変化
  経済と糖尿病の関係
  全般的な考察

参考文献


その1 高炭水化物(糖質)食によってインスリン感受性と耐糖能がよくなる

ヒムスワ−スは耐糖能とインスリン感受性を支配している食事性因子を見極めるために次のような実験を行った(1)。この実験は、家族歴に糖尿病のない健康な若い男性を用いて行われた。被験者を入院させ、病院で調理したいろいろの食事を与えた。食事の摂取は看護婦がチェックした。被験者は、午前と午後に散歩に出かける以外は他の患者と変わらない入院生活を送った。決まった食事で1週間過ごした後に一回目の糖負荷試験を行い、さらに1週間以上前とは異なる食事を摂った後に二回目の負荷試験を行った。

糖負荷試験の日には、被験者は朝食を摂らず、検査が始まるまでベッドに横たわっていた。それから被験者は検査室に向い、そこで30分間椅子に腰掛けて安静を保った。検査はすべての被験者について午前10時15分の数分以内に行った。検査中は読書で過ごし、喫煙は禁止した。このようなことをくどくどと述べるのは、ヒムスワ−スは常に細心の注意を払っての研究を行ったということを知っていただくためである。

グルコース50グラムを300ミリリットルの冷水に溶かし、クエン酸とレモンエッセンスで香りと味をつけた。糖負荷前に採血し(耳朶血)、空腹時の血糖値を測定した。被験者がグルコース溶液を飲んだあと3時間にわたって、10分毎に採血して血糖値を測定した。

耐糖能におよぼす食事の影響

ヒムスワ−スは、総摂取エネルギーとタンパク質含有量が同じで、炭水化物(以下糖質という)と脂肪の含有量だけが異なる7種類の食事が糖負荷試験におよぼす影響を観察した。これらは、いずれも低糖質/高脂肪食あるいは高糖質/低脂肪食で、糖質と脂肪の割合が異なっている。総エネルギーとタンパク質量も変えた食事も用いた。総エネルギーとタンパク質摂取量を一定に保つと、糖質あるいは脂肪の摂取量によって耐糖能が大きく変化した。耐糖能は、総エネルギーとタンパク質摂取量に関係なく、糖質あるいは脂肪の摂取量によって一意的に決まることが判明した。すなわち、高糖質/低脂肪食から低糖質/高脂肪食に変化するにつれて耐糖能が悪化した。図1はある被験者の血糖曲線を示す。上方の曲線はこの被験者が低糖質食を摂っていたときのもので、下方の曲線は高糖質食を摂っていたときのものである。これら2種類の食事の総エネルギーとタンパク質は同じである。低糖質食を摂取した場合には耐糖能の著しい低下(糖負荷後の血糖値が高い)が見られる。一方、高糖質食では耐糖能が著明に増大(糖負荷後の血糖上昇が少ない)している。

ここで、耐糖能を支配する因子は3つにしぼられる。1)糖質摂取量、2)脂肪摂取量、3)糖質摂取量と脂肪摂取量の比である。そこで、糖質/脂肪の比が異なる2系列の食事を用意した。一つの系列は低糖質/高脂肪食(脂肪/糖質=1.96)で、他の系列は高糖質/低脂肪食(脂肪/糖質=0.68)である。耐糖能は、脂肪/糖質の比が変わっても、糖質が減ると悪化し、糖質が増えると改善した。さらに、糖質の含有量を一定にして、脂肪の含有量を増やすという第3系列の食事(当然、総エネルギーは多くなる)を与えて耐糖能を観察した。耐糖能は脂肪の摂取量によってほとんど変化しなかった。糖質の摂取量が耐糖能の決定因子であることは明らかである。

これらの研究によって、健康者の耐糖能は糖質の摂取量によって一意的に決まることが明らかになった。1日の糖質摂取量が50 gから150 gに増えると耐糖能が改善(血糖曲線下面積の減少)する。糖質の摂取量が150 gから350 gに増えても耐糖能の改善は軽度でったが、350 gを越えると再び耐糖能の改善が高度になった。この現象が実験の誤差でないことは別々の被験者から得られた耐糖能曲線がみな同じような形状を示すことから明らかである。

一般に、1日の糖質摂取量が100 g以下になると耐糖能が急速に悪化し、50 g以下になると糖尿病型の範疇に入ってしまう。糖尿病患者では糖負荷試験における高血糖とその持続が特徴であるが、それはこのような患者では糖がうまく処理されないからである。

「糖質を増やして脂肪を減らすと耐糖能が改善する」という現象の最初の発見はヒムスワ−スによってなされたわけではない。アドラースバーグ(Adlersberg)とポルジ(Porges)が、1926年、糖質の少ない食事によって健康者の耐糖能が悪化し、糖質の多い食事によって改善することを観察している。その翌年には、スウィーニーが、絶食あるいは脂肪のみからなる食事が健康者の耐糖能を障害し、糖質のみからなる食事が耐糖能を改善し、タンパク質のみからなる食事はその中間に位置するという報告を行っている。上記二編の報告はいずれも、糖質の摂取量が耐糖能と深い関係にあることを確認したものであった。グルコースの繰り返し投与によって血糖曲線が低下するという現象を最初に発見したのはハマンとヒルシュマンで(1924年)、この現象は今ではStaub-Traugottの効果と呼ばれていることは先に述べた。

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・インスリン感受性(効き目)におよぼす食事の影響

ヒムスワ−スはこの論文を発表する前にも、耐糖能を改善するような食事は同時に身体のインスリン感受性を高め、耐糖能が悪化するような食事はインスリン感受性を低めるという内容の論文を3編ランセット(英国の有名な医学雑誌)などに発表している(1932-1934年)。

インスリンを注射すると当然血糖値が下がる。図2にその一例を示す。高糖質食を摂っていたときの方が低糖質食を摂っていたときよりインスリンによって血糖値が早期にかつ速やかに低下する。この血糖低下曲線を解釈するのに二つの目安がある。一つは反応時間で、インスリン静注後から血糖低下が始まるまでの時間である。二つめは血糖値の低下速度である。反応時間と低下速度を決定づけるのは、そのひとのインスリン感受性である。したがって、インスリンの作用(=インスリン感受性)を、反応時間、血糖値の低下速度、および血糖低下面積で表わすことができる。反応時間と低下速度によって血糖低下面積が決まるから、この面積がインスリン感受性の良い指標となる。

ヒムスワ−スは、食事がインスリン感受性に与える影響を、上記の7種類の食事を与えて調べた。糖質摂取量が増えるほど、反応時間が短くなり(早くインスリンの効き目が現れる)、血糖値の低下速度は大きくなり、インスリンによる血糖低下面積が大きくなった。糖質による耐糖能の改善率とインスリン感受性の改善率には直線関係が認められた(図2)。

インスリン投与量がある一定量(5単位)に達すると、血糖値低下が始まる反応時間の短縮も、血糖低下速度の増大もすでに最大限度に達してしまう。それ以上のインスリンを与えても低血糖の持続時間が延長するだけである。5単位以下のインスリンでは、増量によって反応時間が短くなり、血糖の低下速度が加速される。投与量が一定であれば、反応時間と低下速度は組織のインスリン感受性によって決まる。そしてこのインスリン感受性は糖質の摂取量によって一意的に決まる。

糖負荷によってもたらされる血糖上昇がインスリン分泌を刺激し、このインスリンの作用によって血糖値が下がるというのが糖負荷試験の一般的な理解である。高糖質食によって耐糖能が改善するのは、日頃の糖質による刺激によってインスリン分泌能が高まっているからではなく、個体のインスリン感受性がよくなったために、血糖値の上昇が抑えられるのである。別の言葉で言えば、高糖質食によって組織のインスリンに対する感受性が上昇するために糖が利用されやすくなり、血糖値が高くならないのである。

糖質の摂取量が減るとインスリン感受性が低下する。糖尿病によってインスリンの分泌が減少すると、糖が有効に利用されなくなる。糖が利用されなくなるとインスリンに対する感受性が低下する。ここに、[インスリン分泌の低下]→[インスリン感受性の低下]という悪循環が始まる。糖質の摂取量が1日当たり50グラム以下になると、インスリン感受性は急速に低下し、糖尿病は急激に悪化する。糖質の摂取量が少ないと、残存するインスリンがその作用を十分発揮できないのである。糖質の摂取量が増えると、少ないインスリンがその働きを最大限に発揮して糖を利用するようになる。

ヒムスワースが登場する前には、糖尿病のインスリン療法におけるパラドックスが大きな問題になっていた。糖質を1日50 gに制限してインスリンで血糖のコントロールを行っているときに、糖質の摂取量を3-4倍にしてもインスリンの必要量は増えないばかりかかえって小量のインスリンで血糖のコントロールができた。糖質を50 gから200 gにするととくにインスリン感受性の増大が著しい。糖質を200 gから350 gにしてもインスリン感受性はあまり高くならない。したがってそれに見合うインスリンの増量が必要となる。しかし、糖質を350 gから450 gに増やすと、インスリン感受性の第二の亢進が起こり、インスリンの極くわずかな増量で血糖コントロールが可能であった。

エリス(Ellis)は、大量のインスリンを必要としていた糖尿病患者にグルコースを経口的に与えるとともに小量のインスリンを1時間毎に与える実験的治療でインスリン作用の著明な亢進を観察している(1932年)。つまり、大量のグルコースを与え続けたところ、血糖を正常域にとどめるのに必要なインスリン量が次第に減少したのである。この結果がすべての糖尿病患者に当てはまるかどうかは別として、高糖質食が糖尿病患者においてもインスリンの感受性亢進をもたらすことを示すものであった。高糖質食は、糖尿病患者のインスリン分泌細胞を疲弊させるどころか、この細胞からわずかに分泌されているインスリンあるいは注射で与えたインスリンの働きを増大させるのである。糖質摂取が増えると単位インスリンが処理する糖質量が増える。このことは、膵臓が分泌するインスリンを有効に活用することになり、組織の要求するインスリン量が減り、さらにはランゲルハンス島に対する負担を軽減することにもなる。

糖尿病性昏睡に陥っている患者に数百単位のインスリンを与えても血糖値が下がらないことがよくある。昏睡状態に陥いるような糖尿病患者ではインスリンに対する感受性が著しく低下しているものが多いからである。このようなときには大量のグルコースを与えるとよい。この治療法はヒムスワースが最初にランセットに報告したものである(1932年)。

ヒムスワース以前には、食事がインスリンの作用に与える影響はあまり注目されていなかった。しかし、彼より前にアブデルハルデン(Abderhalden)とヴェルトハイマー(Wertheimer)(1924年)やベインブリッジ(Bainbridge)(1925年)は動物に澱粉の多い食事を与えるとインスリンに対する感受性が高まり、脂肪の多い食事を与えたり絶食にしたりすると感受性が低くなると報告している。また、チーツオ(Tiitso)(1925-26年)は、餌を食べている動物では絶食中の動物よりインスリン投与後の血糖低下が速やかに起こるという報告を行っている。また、1931年には、ハインドとポッターが、インスリン投与後に起こる低血糖症状の発生時間がその前の食事内容によって決まっており、糖質の多い食事を摂っている動物では脂肪の多い食事を摂っている動物よりインスリンによる低血糖の症状が早く現われるという報告を行っている。

これらの結果はいずれも、耐糖能と組織のインスリン感受性が食事によって左右されることを示すものである。このように、ヒムスワースの前にも食事とインスリン感受性の関係を示唆する研究は報告されていたが、動物およびヒトにおいて、糖質が組織のインスリン感受性を高めることによって耐糖能を改善することを見事に立証したのはヒムスワースをおいて他にいない。

ヒムスワースの研究成果によって、アレンの膵臓摘出犬での観察結果を説明することができる。アレンの観察結果は「糖質の投与量を増やすほど、血糖上昇を抑えるのに必要なインスリン量が減少する」というものであった。このアレンの結論は、ヒムスワースの「高糖質食によってインスリン感受性が増す」という結論と一致する。アドラーブルグとポルジやスイーニーの「糖質の多い食事が血糖管理に有効である」という見解も本研究によって説明できる。Staub-Traugotの効果(糖負荷試験を繰り返すと次第に血糖曲線下面積が減少する)は、グルコースの繰り返し投与によって個体のインスリンに対する感受性が増すからである。

ここに紹介したヒムスワースの研究は、インスリン感受性の増大が摂取する糖質の増加という単一要因によってもたらされることを明らかにした点で重要である。またこの研究で明らかになったことは、「ある個体におけるインスリンの作用はその個体のインスリンに対する感受性によって決まる」ということである。現在では常識になっているが、糖尿病と呼ばれる病態のなかには、インスリン分泌不全によるものと、インスリンに対する感受性の低下によるものがあるという仮説を初めて提案したのもヒムスワースである。現代人に多い糖尿病は、インスリン分泌は量的に正常あるいはそれ以上であるが、インスリン作用が低下することによって糖尿病の臨床像を呈するものが多い。ヒムスワースは65年も前にこの仮説を検証する臨床的証拠を論じている。その慧眼に驚くばかりである。

インスリン感受性の決定因子は現在に至るも依然として不明である。ヒムスワースは、他の論文で、インスリンの活性化因子を想定し、この活性化因子が高糖質食によって刺激されるという仮説を提案している。この活性化因子は依然として解明されていない。

その1

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その2 インスリン感受性の低下によって発生する糖尿病

糖尿病の中には、インスリン分泌不全が原因ではなく、インスリン感受性の低下が原因となって起こる糖尿病(現在の2型糖尿病、以前はインスリン非依存性糖尿病と呼ばれていた)が存在することを世界で初めて明確に指摘したのもヒムスワースであった(2)。ヒムスワースは、このような糖尿病の場合にはインスリン分泌は量的に正常であるが、身体組織のインスリン感受性低下のために臨床的に糖尿病と同じような病態を招くと述べている。

彼によると、糖尿病には2種類あって、一つはインスリンの欠乏によって起こる糖尿病であり、他はインスリンの欠乏ではなくインスリンに対する感受性の低下によって起こる糖尿病である。動物でも、健康者でも、インスリンによる血糖低下はその個体のインスリン感受性によって支配されている。ヒムスワースはインスリンとグルコースの同時負荷試験を糖尿病患者に用いた。糖尿病患者にこの試験を行うと、血糖値が大きく低下するものとほとんど下がらないものがあった。「インスリン+グルコース」によって血糖値が下がるタイプを「インスリン感受性糖尿病」、下がらないタイプを「インスリン非感受性糖尿病」と呼んだ。

臨床的にみると、「インスリン感受性糖尿病」は若年者に多く、痩せているものが多い。血圧は正常で動脈硬化も進んでいない。糖尿病は急激に発症する。適切な治療を受けないとケトン血症を起こしやすい。インスリンが適量を越えると低血糖発作を起こす。一方、「インスリン非感受性糖尿病」は中高年で、患者は太っていることが多い。病状は軽度で、発症は極く緩やかである。高血圧と動脈硬化を伴っていることが多い。ケトン血症の発生は稀である。過剰のインスリンが与えられても、低血糖発作を起こすことは少ない。この分類は、1997年まで世界的に用いられていたインスリン依存性糖尿病(現在の1型糖尿病)とインスリン非依存性糖尿病(2型糖尿病)の分類に似ている。しかし、ヒムスワースの分類はあくまで彼が導入した「インスリン+グルコース」の同時負荷試験に対する反応性から糖尿病を2つに分類したのであって、必ずしも現在の1型と2型の分類に一致するわけではない。

「インスリン+グルコース」負荷試験において、インスリンの作用を長時間にわたって観察すれば、トータルな作用は両タイプの糖尿病の間で差はない。大きな差はインスリン作用の速度に見られる。この2群では食事に対する反応も異なっている。「インスリン感受性糖尿病」は糖質の多い食事に対して良好に反応する。このタイプの糖尿病患者が高糖質食を摂ると、最初の2-3日は尿糖が現われるが、しかしその後速やかにこの状態は改善される。高糖質食を摂っていても、尿糖は増えないし、空腹時血糖値は上昇しないし、耐糖能は改善する。一方、「インスリン非感受性糖尿病」では、糖尿病患者の高糖質食に対する反応はあまり芳しくない。尿糖が増え、空腹時血糖値が高くなり、耐糖能は改善されないし、インスリンに対する感受性も向上しない。

しかし、ドウェッセロウ(de Wesselow)とグリフィス(Griffiths)は、「インスリン+グルコース」負荷試験によって、すべての糖尿病患者を「インスリン感受性型」と「インスリン非感受性型」に分類できるわけではなく、その中間型が存在し、糖質の多い食事を摂ることによって「インスリン非感受性型」が「インスリン感受性型」に移行することがあると述べている(1938年)。

インスリンが糖尿病の治療に用いられるようになってから、インスリンがすべての糖尿病患者に同じような効果を示すわけではないことが経験上わかっていた。このような経験を踏まえて、ファルタ(Falta)はヒムスワースに先立って、糖尿病には「インスリン感受性型」と「インスリン抵抗性型」の2種類のタイプがあることを報告していた(1931年)。この分類はヒムスワースの分類に似ている。ただ、ヒムスワースは「インスリン抵抗性」の代わりに「インスリン非感受性型」という言葉を用いた。というのは、「インスリン抵抗性型」という言葉は500-1000単位というインスリンを用いても血糖をうまくコントロールできない糖尿病に対して当時使われていたからである。また、「抵抗性型」という機序を暗示する言葉よりも、その機序が不明な時点ではその現象を素直に表現する「非感受性型」という言葉の方がよいのだ、とヒムスワースは述べている。
現在でも高インスリン血症にもかかわらず、耐糖能異常を呈し、インスリンに組織が抵抗性を示す病態を「インスリン抵抗性糖尿病」ということがある。大部分はインスリン拮抗物質(成長ホルモン、副腎皮質ホルモン、グルカゴン、カテコールアミン、甲状腺ホルモンなど)の過剰分泌や抗インスリン抗体の生成による。インスリン非依存性糖尿病(2型糖尿病)の一部にこのような病態がみられる。ヒムスワースの「インスリン感受性型糖尿病」はこれら病態を含んでいるものと思われる。

高糖質食あるいは低糖質食が糖尿病にどのような影響を与えるかということは臨床的に重要である。後に述べるように、糖尿病患者に高糖質食を勧めるかどうかに関しては現在でも議論が別れている。ある研究者は、そのような食事は尿糖を出現させ、空腹時血糖を高め、血糖コントトールがうまくいかない、という。しかし、他の研究者は、高糖質食によって尿糖も出現しなくなるし、血糖も高くならないし、インスリン必要量はかえって少なくなる、という。この点に関してヒムスワースの研究は一つの説明を与えている。ヒムスワースは、高糖質食が有効か否かは糖尿病のタイプによって異なるという。高糖質食が有効なのは「インスリン感受性型」の糖尿病であって、「インスリン非感受性型」の糖尿病には有効ではない。しかし、ヒムスワースは「インスリン非感受性型」の糖尿病患者の症状が高糖質食で改善されないからといって、糖質を制限すべきだといっているのではない。ヒムスワースの研究は今から65年も前になされたものであるが、糖尿病患者における高糖質食の有効性に関する論争が今でも続いている(後述)。

ということは糖尿病という病気の本体が現在でも依然として未解決のままであるということにほかならない(現在では、大腸菌の遺伝子組み換え法で産生されたヒトインスリンが用いられいるが、ヒムスワースの時代にはブタインスリンが用いられていた。ブタインスリンはヒトインスリンと1つのアミノ酸が異なるだけであるが、患者によっては抗インスリン抗体ができて、注射されたインスリンが効かなくなることがあった。ヒムスワースのいう「インスリン非感受性型糖尿病」の中には抗インスリン抗体によって「インスリン非感受性」となった糖尿病が含まれているだろう)。

「インスリン非感受性型」の糖尿病は、健康者が低糖質食を食べているときに示すような血糖曲線とインスリン曲線を示す。違いはただ一つ、健康者の耐糖能とインスリン感受性は高糖質食によって改善するのに、「インスリン非感受性型」の糖尿病では必ずしも改善されないということである。

インスリンは肝臓や筋肉へのグルコースの取り込みを促進する。「インスリン感受性型」の糖尿病はインスリンの欠乏によるものだから、インスリン注射が末梢組織へのグルコース取り込みを促進する。しかし、「インスリン非感受性型」の糖尿病では末梢組織がインスリンに対して感受性がないために注射したインスリンが働かないのである。

脳下垂体がインスリン感受性に関係があることがヒムスワースの別の実験によって明らかになった(1937年)。正常のウサギでは糖質制限によってインスリン感受性が低下する。しかし、脳下垂体を切除したウサギでは、正常ウサギと異なり、糖質を制限してもインスリンに対する感受性は変化しない。しかし、この脳下垂体切除ウサギに脳下垂体の抽出物を与えると、糖質制限によってインスリン感受性の低下が起こった。このことから、ヒムスワースは、糖質の少ない食餌が脳下垂体からある種の糖親和性物質(glycotropic factor;インスリンの作用に拮抗して高血糖を起こす物質で、現在の副腎皮質刺激ホルモンに相当する)の分泌を促し、糖質の多い食餌がその分泌を抑制するという仮説を提案した。

前述のように、「インスリン非感受性型」の糖尿病は糖質の多い食事を与えてもよくならない。したがって、「インスリン非感受性型」の糖尿病では脳下垂体からこの糖親和性物質が過剰に分泌されいるためにインスリンが機能せず、高糖質食を与えてもインスリン感受性の亢進が現れないと考えると一連の現象をうまく説明できる。因みに、クッシング症候群の患者は「インスリン非感受性」の糖尿病状態を示すことがある。
1932年にアメリカの外科医クッシング(Cushing)によって記載された疾患で、コルチゾール(副腎皮質から分泌される糖代謝に重要な役割を果すステロイドホルモン)の過剰分泌によって起こる一連の病態。副腎皮質刺激ホルモン産生性脳下垂体腺腫(クッシング病)によって起こることが多い。下垂体腺腫によって副腎皮質刺激ホルモンの分泌が多くなると、副腎皮質からコルチゾールの過剰分泌が起こり、クッシング症候群(肥満、高血圧、高血糖、多毛症、骨粗鬆症など)を呈する。

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その3 糖尿病の発生要因(患者ー対照研究)

ヒムスワースの研究によって、炭水化物(糖質)が耐糖能を左右する唯一の食事要因であり、健康人の耐糖能は食事中の糖質の絶対量によって決まることが明らかになった(1)。さらに、糖質の多い食事によってインスリンの作用(インスリン感受性)が強くなり、糖質の少ない食事によってインスリン感受性が低下することも明らかになった。すなわち、糖質の摂取量が少ない→膵臓から分泌されるインスリンに対する組織の感受性が低下する→耐糖能の低下、という流れになる。したがって、糖質摂取量の少ない食生活はインスリン欠乏と等しい状態(=糖尿病)を招く
最近の研究によると、糖質の少ない食事によって、膵臓のインスリン分泌能も低下する。

このことから、ヒムスワースは、糖尿病の一因は長期間にわたる糖質の少ない食生活であるという仮説を導き、この仮説を検証するために、糖尿病患者の糖尿病発症前の食事を調べて、対照者(健康人)の食事と比較した(3)。この研究は非常に重要な研究であると考えるので詳しく紹介する。

ヒムスワースが調査対象とした糖尿病患者は143人である。これらの患者に対して糖尿病を発症する前の食事を調査した。糖尿病が肥満と密接な関係のある病気であることを最初に指摘した研究者はジョスリン(Joslin)であるが、ヒムスワースの研究対象となった糖尿病患者もその60.1%は肥満者であった。

若年者の糖尿病は発症が急激であるためにその発症時期の推定は比較的容易であったが(月単位)、老年の患者では病気の進行が緩徐であるため、発症時期を特定することは困難であった(年単位)。糖尿病の発症時期の推定にあたって重視したのは、尿糖、夜間頻尿、外陰炎(女性)であったが、口渇、視力低下、体重減少によって発症時期の推定を行った症例もあった。

質問に対する回答の信頼性を高めるために、糖尿病患者のうち16歳未満と75歳を越えるものは研究対象から除外している。さらに75歳以下でも早老性痴呆のため回答に信頼のもてないものを除外した。

この当時でも、糖尿病は臨床的2群に分けられていた。一方はは45歳未満に発症する若年性糖尿病で、急激に発症して重篤な症状を呈するが動脈硬化を伴うことが少ない糖尿病で、他方は進行が緩やかで動脈硬化を伴うことが多い糖尿病である(必ずしも、現在の1型と2型の糖尿病分類とは一致しない)。このために、糖尿病と対照群をそれぞれ45歳未満の群と45歳以上の群に2分し、性別に集計した。

糖尿病でない人々からなる二つのグループを対照群として採用した。第一の対照群は131人からなり、その食事内容を「定性的」に把握した。137人からなるもう一つの対照群は、食事内容を「定量的」に把握するのに用いた。対照群のほとんどは大学病院の入院患者である。患者は、主として外科、産科婦人科の入院患者であるが、慢性関節炎、感染症の回復期、高血圧、動脈硬化、代償不全のない心臓病の患者も含まれていた。ただし、食欲に影響を与える消化器系の疾患をもつものは対照群から除外されている。対照群の年齢は糖尿病群の発症年齢にできるだけマッチさせた。このマッチングは必ずしも完璧ではなかったが、両群の年齢分布は比較的一致していた。

ヒムスワースは、対照群の食事内容と糖尿病群の発症前の食事内容を比較するために二つの手法を用いた。便宜的に一つを「定性的方法」、他方を「定量的方法」と名付けている。糖尿病の発症が食生活に影響を与えたかどうかを知るために予備的質問を行った。数人の患者は非常に甘いものが欲しくなったと答えた。たとえば、ある患者は、甘いものは嫌いであったが、糖尿病になってから1週間に3ポンド(約1.4キロ)のジャムを食べるようになったと答えている。このような変化は、糖尿病が急激に発症したものに限られていたが、糖尿病がゆっくり発症・進行する場合にも、食べ物の好みが気付かないほどゆっくり変わっている可能性がある。したがって、糖尿病患者から得られた数値は糖質の摂取量を過大評価している可能性がないわけではない。以下に述べることによって、栄養調査の客観的評価がいかに困難な作業であるかがお判りいただけるであろう。

「定性的方法」の目的は、個人がどんな食品を好んで食べるかということを明らかにすることにあった。そのために、まず131名の糖尿病でない人たち(対照群)に好んで食べる食品を聞き、その回答を記録して、大多数の人が食べている食品のリストを作成した。糖尿病群にも同じ質問をしてその回答を記録し、最終的に両群の食品群を比較した。

まず、調査対象者に、家族あるいは友人が彼の食べものの好みについて感想を述べたことがあるかどうか尋ねた。すなわち、甘党、肉に目がない、脂っぽいものが大好き、などと言われたことがあるかどうかである。次いで彼自身のそれぞれの食品に対する好き嫌いを尋ねた。この方法ではあまり特徴のない食品の好みを推定することは不可能であった。そのため、明確な表現で回答の得られる、特徴のある食品に質問を限定した。

糖質に関して最もはっきりした情報の得られた食品は「甘いもの」に対する好みであった。被調査者にジャムあるいはマーマレードが好きかどうか質問し、一日に何回どのくらい食べたかという質問に対する回答によって、およその摂取量を推定した。砂糖そのものの摂取量に関しては確実な情報は得られなかったが、紅茶に砂糖を何杯入れるか、他の人が満足する程度に甘味をつけたミルクプデイング、煮た果物、果物パイなどにさらに砂糖をかけて食べるか、などの質問によって砂糖のおよその摂取量に見当をつけた。多くの人が昼食にサンドイッチを食べていたので、パンに対する好みについての情報は不十分なものしか得られなかった。しかし、一回の食事に鶏卵大のジャガイモを何個食べるかという質問によって、ジャガイモの好みに関する情報は比較的手応えのあるものであった。

タンパク源となる食品に関しては有用な質問を用意できなかった。しかし、肉の消費に関して、「あなたはどんな肉が好きか、脂身の多い肉か、少ない肉か」という質問は有用であった。この質問に対する答えははっきりしていて、どの人の答えでも必ずどちらかに分類できた。

脂肪に対する好みは糖質に対する好みにくらべると数段容易であった。このことは多分、糖質とは違って脂肪分の多い食品を食事以外に摂ることは少ないということによるものと思われる(現在ではこのように簡単に割りきることはできない。フライドポテト・ポテトチップスなどは総エネルギーのほぼ半分が油脂由来である)。さらに、脂肪分の多い食品の摂取量は各人の好みによって決まっていた。バターが好きかどうかはパンにのせるバターの厚さによって判定できた。予めバターが塗ってあるパンにさらにバターをつけて食べるという人はバター大好き人間である。

大勢の人々に上記のような質問をしていると、人々の「標準的な好み」が浮かび上がってくる。そして、この「標準的な好み」からはずれた人の存在は簡単に見分けられるようになった。こうして、対象者を「普通」「脂肪好き」「糖質好き」の3群に分類した。このような分類に当てはまらない人はほとんどいなかった。ただ、注意すべきは、この手法は特殊な食品に対する好みを用いたものであって、他の食品の摂取量を無視しているということである。このような限界があったが、ヒムスワースはこの方法は好みから対象者の食生活を推定するという点で有効であると考えた。

・「定性的方法」の結果

調査結果の概要を表1に示した。糖尿病患者が脂肪の多い食品を好む割合は対照者の2.25倍多かった。同様に糖尿病患者にはバター・クリームなどが好きだと答えたものが、対照群より2.33倍多く、赤身の肉より脂肉を好んで食べるものは対照群よりほぼ3倍多くみられた。その反面、糖質を好むものは患者群にくらべて対照群の方が多かった。

ある20代前半の糖尿病患者の語ったところによると、彼は、子供の頃、肉の調理前に脂肪分を切り取って生で食べるのが好きで、よく両親に叱られたという。また、26歳の女性の糖尿病患者は、糖尿病になる前、肉の脂肪だけを切り取り、これを焼いて彼女だけの特別のご馳走として食べ、非常に美味しかった、と語っている。さらに、相当数の糖尿病患者がパンと一緒に食べるのではなく、バターだけ食べたいという誘惑にしばしば抗しきれなかっと述べていた。しかし、対照群の中にはこのような脂肪分の偏愛者はひとりもいなかった。

極端に多量の甘いものを摂っていた糖尿病患者は一人もいなかったが、対照群131名中13名がジャムとマーマレードが大好きでいつも沢山食べていたと告白している。

「定量的方法」の目的は、個人の食品摂取量を量的に把握しようとするものであった。大きさと厚さの異なるパン、バター、ジャム、脂肉、赤身肉、ジャガイモ、果物、各種のプデイングなどの図柄とスプーン、カップなどの計量器からそれぞれの食品の摂取量を推定した。対象者に図柄を示しながら、朝食、昼食、夕食、あるいは間食として普段食べているものを挙げてもらい、これを記録した。普段食べているもので図柄に示されていない食品があるかどうか尋ね、あった場合にはその種類と量を尋ね、その結果を記録に加えた。この記録に基づいて、食品分析表から1日のタンパク質、脂肪、糖質の摂取量を算出した。

最初、このような方法で行う食品摂取量の推定には誤差が非常に大きいと考えていたので、同一人に2回同じ調査を繰り返してみたところ、その結果は驚くほど一致していた。ある個人が選ぶ食品の種類は異なっていたが、1日当たりに換算したタンパク質、脂肪、糖質の摂取量は驚くほど一定であった。一例をあげると、最初の調査におけるある女性対象者のタンパク質、脂肪、糖質の摂取量はそれぞれ45 g、58 g、219 gであったが、4ケ月後に行った二回目の調査の数字は56 g、50 g、213 gであった。また、ある女性の糖尿病患者の数値があまりにも異常であったので、もう1度翌日調査を行って別の献立を作らせたところ、蛋白質、脂肪、糖質の摂取量は第一回目とほとんど同じで、それぞれ35 g、158 g、156 gであった。このようなことから、ヒムスワースは、この調査の結果は対象者の食事習慣を適切に反映しているものと考えた。

その3

・「定量的方法」の結果

男性の総摂取エネルギーは女性よりも多かったが、男女とも年齢とともに減少した。糖尿病患者群の総摂取エネルギーは、性と年齢を問わず、対照群より多かった。

男性の糖質、脂肪、タンパク質の摂取量はいずれも女性より多く、男女ともに年齢が上がると摂取量が減少した。摂取量でみる限り、性と年齢を問わず、患者群の摂取量は対照群より多かった。

性、年齢に関係なく、患者群における糖質の%エネルギーは対照群より小さかった。これとは対照的に、すべての性と年齢において脂肪の%エネルギーは患者群に多かった。一方、すべての性と年齢において、タンパク質の%エネルギーには患者群と対照群の間で差が認められなかった。すなわち、糖尿病患者は、この病気に罹る前に、高脂肪/低糖質食を摂取していたということができる。

図3と図4は以上の結果を別の方法で表わしたもので、それぞれ、糖質と脂肪の%エネルギーに対する患者群と対照群の度数分布曲線を示している。たとえば、図3で、糖質が47-50%を占める食事(低糖質食)は143名の糖尿病患者のうち24名(16.8%)が食べ、137名の対照者のうち9名(6.6%)が同じような食事を食べていたことを示す。

図3をみると、患者群における糖質の%エネルギーの最頻値(モード)は53%で、対照群におけるモードは58%である。すなわち、糖尿病患者の大多数は、この病気の発症前に、糖質の少ない食事を摂る傾向が強かったといえる。

患者群における脂肪の%エネルギーのモードは38.5%で、対照群のモードは32.5%である(図4)。糖尿病患者には脂肪の多い食事を摂っていたものが多いといえるだろう。

この研究の意義を論ずる前に、この種の研究につきまとう誤差要因を考えてみる必要がある。まず第一に考えられることは、調査者が無意識的な予断をもって患者群と対照群に異なった言葉づかいで質問したのではないかということである。ヒムスワースの研究がそうではないことはつぎの点で明らかである。もし食事が糖尿病の発生に何らかの役割を果たすとしたらそれは長期にわたる食習慣であろうから、若い糖尿病患者の食習慣は対照者とあまり変わらないだろうとヒムスワースは考えていた。しかし、驚いたことに、糖尿病患者は、年齢に関係なく、対照者とは際だって異なる食事を好んでいた。

食事内容を比較可能な数値で表わし得るのは「定量的方法」である。しかし、摂取量そのものは食欲に左右される。ある時点での告知摂取量は、それがいつのものであれ、調査時の食欲に左右されるものである。身体の調子が悪いときは食欲が落ちているのが普通であるから、ヒムスワースは身体の不調を訴えるものはこの調査の対象から除外している。

元気なときの食欲は調査の直前にその人が摂った食事量によって左右される。調査前に腹一杯食べた人はどうしても自分の食事要求量を過小評価しがちである。一方、数日間でも食事制限をしていた人は、そのときの空腹感によって、普段の食事量を多く見積ってしまう。後者の例は糖尿病患者にあてはまる。ヒムスワースが対象にした糖尿病患者は街の開業医から紹介されて大学病院を訪れたので、来院時にはすでに食事制限をするように指導されていた。したがって、ヒムスワースが食事調査を行ったときには、患者たちは多少とも空腹感を覚えていた。

飢餓感は糖尿病の典型的な症状の一つである。その飢餓感の故に、糖尿病になる前はもっと沢山食べていたと錯覚してしまう。糖尿病患者の回答から計算された総エネルギーは対照者のものよりかなり多かったが、以上の理由で、総エネルギーの値は信頼性に乏しいと考えられる。糖尿病患者は、糖尿病と診断される前に過食気味であったかも知れないが、それは結果であって原因ではなかったのかもしれないし、あるいはただ単に調査時点で飢餓感に悩まされていたためであったのかもしれないからである。

ヒムスワースの調査における対照群の総エネルギーの平均2,500 kcalは少な過ぎるようにみえる。この当時の記録によると、健康者の一日の総摂取エネルギーは3,000 kcalである。これは、「定量的方法」につきまとう基本的な欠陥によるものと考えられる。普段なら食間の空腹感によってもっと沢山食べているのに、いろいろの食品の中から朝食、昼食、夕食、間食として何を食べるかとある一時点で訊ねて献立を作らせたので、全体の食事量が少なくなってしまったのであろう。このように総摂取エネルギーの数値は額面通りには受け取れない。さらに、本研究の対照者は入院患者である。日常の活動をしている健康者に比べて食欲が落ちて当然である。

ヒムスワースが述べているように、間食に主として糖質が用いられていた当時では糖質の摂取量の推定は難しかったであろうが、脂肪摂取量の推定は比較的容易であった。患者群と対照群で一番きわだった違いは脂肪の摂取量にみられている。したがって糖尿病になる人は脂肪分が好きな人という結論は間違っていないと思われる。

上に述べたように、食事の摂取量は調査時点での食欲の多少によって左右されるので問題が残るが、これを総エネルギーに対する比率で表わした%エネルギーを用いると患者群と対照群の食品の好みについてもっとはっきりしたことがいえる。朝食に脂身のベーコンとフライドポテトを食べる人は、夕食に脂肉を食べ、バターをたっぷり添えたパンを食べながらクリームを入れた紅茶を飲むことが多いことは容易に理解できる。このような好みは生来のもので簡単に変わるものではないからである。

対照群は平均して55.9%の糖質、31.8%の脂肪、12.3%のタンパク質を摂っていた。この数値は、もっと時間をかけて行われた食事調査における健康者の平均的な食事(糖質57.0%、脂肪32.7%、タンパク質10.3%)に近い。

糖尿病患者の食生活はそうでない人に比べてある特定の方向に偏位していることは間違いないが、果たして糖尿病がある特定の食事習慣によって発生するのかという問には簡単には答えられない。糖尿病の発生原因は食事だけにあるのではなく、糖尿病の発生に遺伝が関与していることは明らかだからである。ヒムスワースが対象にした糖尿病患者にも糖尿病の家族歴をもつものが30.0%いたが、対照群のそれは1.5%であった。

遺伝要因と食事要因が重なって糖尿病が発生するという考えは、現在の知識に照らして妥当である。しかし、ヒムスワースの調査では、遺伝的負荷をもつ糖尿病患者は、負荷をもたない糖尿病患者に比べて、対照群に近い食事をしていたという事実はなかった。すなわち、遺伝的負荷のあるものはどんな食事をしていても結局糖尿病になるというわけではなく、また、負荷のないものはどんな食事をしていても糖尿病にならないということでもない。あくまで遺伝と環境(食生活と運動)があいまって糖尿病が発症するのである。

ジョスリン(Joslinn)の研究(1935年)を嚆矢として、糖尿病と肥満の間に密接な関係があることは論をまたない。ヒムスワースの患者も来院時には60.1%が肥満であった。糖尿病患者には肥満が多いということと、糖尿病患者は脂肪分の多い食事を好むということを考え合わせると、脂肪の多い食事が肥満と糖尿病の発生の両方に関係している可能性が大きい。ヒムスワースも、「糖尿病の素因をもつ人が脂肪の多い食事を摂ることによって肥満をきたし糖尿病になるという仮説は魅力的である」と述べている。

ヒムスワースの研究結果は以下に述べる点で重要な意義をもつ。将来糖尿病になるような人の食事は糖質の%エネルギーが少ない。もし、総摂取エネルギーが同じであると仮定すると、糖質の摂取量が少ない人が糖尿病になるということができる。総摂取エネルギーを3,000 kcalとすると、糖尿病になった人は1日平均382 gの糖質を摂っており、対照者の420 gに比べるとかなり少ない。ヒムスワースは、健康人の耐糖能と対インスリン感受性が糖質の摂取量によって一元的に支配されていることを実験的に確かめた(131)。ヒムスワースの提案する「糖質摂取量ムインスリン感受性ム耐糖能」の関係によると、糖質摂取量382 gにおけるインスリン感受性と耐糖能は糖質420 gに比べると約20%低い。20%という低下は大きな問題ではないように思われるが、糖尿病の素因をもつ人がこのような食事を摂り続けたらどうなるだろうか。インスリン感受性と耐糖能が次第に低下し、最終的に糖尿病という結末を迎える可能性を否定できない。

その3

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