女性を対象にする栄養疫学研究は真実を見逃す

女性は自分の食べているものを正直に答えない

栄養調査における大きな問題は、女性が自分の食べた食品の種類と摂取量を正直に申告しないことにある。食べたものの量を訊ねられて、女性が実際より少なめに答えるのは洋の東西を問わない。とくに、脂肪が多い乳製品や乳製品をたっぷりつかったスウィーツの摂取量を少なく答える。先進国の女性の多くは脂肪の多い食品を食べると肥るという知識をもっていて、肥満につながるような食品をたくさん食べていること他人に知られたくないのだ。それやこれやで自己申告に頼る栄養調査(食品摂取頻度調査・24時間思い出し法)では女性の乳・乳製品の摂取量が大幅に過小評価されている*。
*Olafsdottir AS et al. Comparison of women's diet assessed by FFQs and 24-hour recalls with and without underreporters: association with biomarkers. Ann Nutr Metab 2006;50:450-460.

栄養調査における乳・乳製品の摂取量の過小評価は、乳がんなどの病気と乳・乳製品の関連を追究する栄養疫学の研究の信頼性を著しく貶めている。それは、第一章で述べたように、疫学研究で採用されている栄養調査が乳・乳製品の摂取量を適切に評価できない(=過小評価する)という致命的な欠陥を有しているからである。ここでは食物と病気の関係を追究する疫学研究で広く用いられている「食物摂取頻度調査」について、坪野吉孝・久道茂『栄養疫学』(南江堂、2001年4月)に基づいて解説する。

ほとんどの調査は、あらかじめ配布(郵送)された食物摂取頻度調査票への「自己記入」で行われるが、対象者が少ない場合には「面接」で行われることもある。調査票は数十から百数十の食物が並ぶ「食物リスト」、1週あるいは1日に何回食べるかという「摂取頻度に関する質問」、量の多少をたずねる「目安量に関する質問」の3要素から構成される。一般に用いられる調査票には「過去1年間の食事を思い出して,平均的な回数や量を記入してください。季節により回数が違うものは、一番多く食べる季節の回数を答えてください」とあり、「食品名」にはご飯・五目ご飯・釜飯、中華丼、うな丼、カレーライス、チャーハン、カツ丼、すし、魚のひもの、焼き魚、煮魚、刺身などの食物が並べられ、「摂取頻度」として(1)食べない(月1回未満)、(2)月に1〜3回、(3)週に1〜2回、(4)週に3〜4回・・・(7)毎日2〜3回、(8)毎日4〜6回、(9)毎日7回以上と並び、「1回あたりの目安量」は茶わん1膳、どんぶり1杯、1皿、1人前、あじ中1枚(魚のひもの)、切り身1切れ(煮魚)、さしみ5切れなどと表現されている。乳・乳製品とされているのは、低脂肪牛乳、普通(脂肪)牛乳、濃厚(脂肪)牛乳、カルシウム強化牛乳、スキムミルク、乳酸菌飲料、ヨーグルト、チーズ、アイスクリームである。

通常、この「食物摂取頻度」と「目安量」を既知の食品成分表に照らし合わせて栄養素の摂取量を算出する。「研究などといいながら、すいぶんいい加減なものだなあ」という印象を受ける方が多いだろう。しかし、この調査はこれで「科学的」とされている。この「科学的」栄養調査によって「乳がんと乳・乳製品」、「前立腺がんと乳・乳製品」の関係が研究されているのである! 牛乳・ヨーグルト・チーズ・アイスクリームだけが乳・乳製品としてカウントされるに過ぎないことをふたたび強調しておく。

あてにならない栄養・疫学研究が世間を惑わす

前節で述べたように、とかく栄養調査は当てにならない。男女のいずれにも当てはまることだが、とくに女性を対象にした食事と病気に関する研究(栄養疫学研究)は真実から遠い。それどころか、疫学研究が真実とは逆の結論を導いてしまうことすらある。その理由は、前にも述べたように、女性が自分の食べているものを正直に答えてくれないからである。女性は、体重と同様に、自分の食事について本当のことを言いたくないようだ。

2000年に発表された、プラント教授(Prof. Jane Plant)の「乳がんの乳製品原因説」(Jane Plant 『Your Life in Your Hands』、日本語版『乳がんと牛乳―がん細胞はなぜ消えたのか』)に対して、単なる推理で疫学的な証拠がないではないかという声があった。それと云うのも、今までに行われた乳製品と乳がんに関する疫学研究には、乳製品によって乳がんが増えるという研究、減るという研究、関係がないという研究があって、研究結果が一致していないからである。

なぜ、こんなことになるのか。第一の理由は、疫学研究で用いられる栄養調査が個人の乳製品の摂取量を正確に把握できないことにある。タバコを1日に何本、いつ頃から何年間吸ったかというような単純な質問とは違う。紙巻き・葉巻き・パイプであれ、嗅ぎタバコあるいは水タバコであれ、タバコはタバコ以外に使い道がない。ところが乳製品は、牛乳として飲まれるだけではなく、バター・クリーム・チーズ・粉ミルク・練乳・発酵乳などが多種多様の料理・食品に使われている。そのため、個人の乳製品の摂取量を推定することは至難である。難しいというよりは、現在の栄養調査では不可能である。現代人は、乳製品を食べているという自覚なしに、大量の乳製品を口にしているからである。

女性を対象にする栄養疫学研究がうまくいかない第二の理由は、再々の繰り返しになるが、女性には自分の食べているものを少なめに答える性向があるからである。現代の女性はたくさん食べると太るという知識をもっているから、実際食べている量より少なめに答えてしまう。太っていることは恥ずかしいことだとする現代人特有の心理状況によるもので、たくさん食べている女性ほど「少ししか食べない」と答える傾向にある。身体状況(肥満か痩せか)によっても答える内容が実際と異なる。太目の女性ほど少なめに答える傾向が強い。だから女性を対象にした栄養調査は当てにならない。ときに、栄養疫学の研究は真実とは逆の結論に達してしまうこともある。

乳がんと前立腺がんは日本で急激に増えているが、それでもアメリカに圧倒的に多い

乳製品の摂取量の多いアメリカのような国では、ごく一部の人(たとえば動物性食品を一切口にしないビーガン)を除いて、ほとんどすべての人がかなりの量の乳製品を食べている。非常に多くの加工食品が乳製品を含んでいるから乳製品と無縁な生活を送ることはできない(最近の日本もそのようになりつつある)。このようなところで行われる乳製品に関する疫学調査が惨憺たる結果に終わることは目に見えている。しかし、平均的な日本人(乳製品摂取量100〜200グラム)とアメリカ人(600〜800グラム)の間には乳がん・前立腺がんの発生率にはっきりした差がある。 

上の二つのは、乳がん(上)と前立腺がん(下)の発生率を日本とアメリカで比較したものである。データは国際がん研究機関(IARC)が各地域のがん登録に基づいて発表している「五大陸のがん発生率」に基づいている。乳がんと前立腺がんが日本に比べて圧倒的にアメリカに多いことは一目瞭然である(ただし、日本女性の45〜49歳までの乳がん増加がアメリカ型に近づいていることに注目して欲しい)。なぜこんなに日本とアメリカで違うのか。プラント教授も述べているように、この違いは人種の差によるものではない。アメリカに移住した日本人の乳がん発生率は、三世ともなると、アメリカ人の発生率に近づく。日本とアメリカで生活が根本的に違うのだ。何が違うのか。食べているものが違うのだ。昔からアメリカにあって、日本になかったものはただ一つ、乳・乳製品である(一般の日本人が牛乳を飲むようになったのはもっぱら第二次世界大戦後のことに過ぎない)。

乳がん・前立腺がんの多いアメリカでは牛乳消費量が圧倒的に多い

1964年以降の乳・乳製品の消費量を日本とアメリカで比較してみる(下図)。

この図は国連の食糧農業機関(FAO)のデータ(FAOSTAT Database Collections)から作成された。アメリカ人の1日当たり平均摂取量は700グラムで、日本人の140グラムに比べると圧倒的に多い。前に述べたように、アメリカではいろいろな料理と加工食品に日本より多量の乳製品が使われているから、一般のアメリカ人はそのことを知らずに乳製品を食べている。アメリカは乳文化の国だ。アメリカで乳がんと乳製品の関係を調べてもうまくいかないのである。アメリカで乳製品とがんの関係を明らかにしようと思ったら、乳製品を含めて動物性食品を全く摂らない人たち(ビーガン)と動物の肉は食べないが乳製品は摂るというラクトベジタリアン*の間で乳がん・前立腺がんの発生率を比較してみる以外にない。
*ベジタリアンは殺した動物(肉)を食べない人たちである。ミルクは動物を殺さずに得られるから、乳・乳製品を食べるベジタリアンがいる。この人たちをラクトベジタリアンと呼ぶ。乳がんや前立腺がんになるベジタリアンがいる。このような人はラクトベジタリアンであることが多い。 

コラム アドベンティストの乳がんと前立腺がん

酪農業界にとっては一大事なので、プラント教授の「乳製品主犯説」を撃破するために多くの知識人が動員された。この際、反対論者が強力に援用したのはハーバード大学の乳製品と乳がんに関する研究*であった。その理由は、この研究が、ハーバード大学という超一流の研究機関が8万8691人もの看護師の乳がん発生を16年にわたって追跡した大規模疫学研究(Harvard Nurses’ Health Study; HNHS)で、しかもその成果が『アメリカがん研究所雑誌』(Journal of the National Cancer Institute)というがんに関する一流の学術誌に掲載されたからである。その研究結果は、プラント教授の主張とは正反対の「低脂肪の乳・乳製品をたくさん摂る更年期前の女性は乳がんになりにくい」というものであった。
*Shin MH, Holmes MD, Hankinson SE, Wu K, Colditz GA, Willett WC. Intake of Dairy Products, Calcium, and Vitamin D and Risk of Breast Cancer. Journal of the National Cancer Institute 94, 1301-11, 2002.

ハーバード大学の大規模疫学研究の誤り

この論文を批判的に読んでみよう。ハーバード大学の研究者は、1980年の自己記入式食品摂取頻度調査から得られた乳製品摂取量とその後の乳がん発生の関係を検討した。1980年から1996年までの16年間に、更年期前の女性に827件、更年期後の女性に2345件、計3172件の乳がんが発生した。  

この論文では、1980年ごろの乳・乳製品の摂取量が3〜5段階に分けられ、摂取量別に乳がんリスクが計算されている。摂取量の最も少ない人の乳がんリスクを1・00として、摂取量が増えるとリスクがどうなるか計算したのである(相対リスクという)。相対リスクが1・00を上回れば、乳製品が乳がんの発生を促し、1・00を下回れば乳製品が乳がんに対して予防的に働くという結論になる。ハーバード大学の研究では、乳製品の摂取量によって更年期後の女性の乳がん発生率は変わらなかったが、更年期前の女性の乳がんは低脂肪の乳製品をたくさん摂っていた人に少なかった(相対リスク<1・00)。つまり、この研究では、更年期前の女性が低脂肪ミルクと低脂肪の乳製品を多く摂ると、乳がんが予防されるということになった。

この研究で、乳製品の摂取量が多い人あるいは少ない人というのはどんな人なのか。この論文は、牛乳(全乳+低脂肪乳)の摂取量に基づいて、調査対象を少量群(2万2180人)、中量群(2万7330人)、多量群(1万8446人)の3群に分けて、各群の特徴を開示している(上表)。これを見ると、乳がんの発生が少なかった牛乳の多量飲用群(平均身長166・6センチ)は、カロリー摂取量が1日当たり1841kcal、脂肪のエネルギー割合(脂肪カロリーの総摂取カロリーに占める割合)が32・0%(脂肪摂取量65・5グラム)というアメリカでは普通の女性集団である。ところが、乳がんの発生が多かったという牛乳の少量飲用群(平均身長163・6センチ)の1日当たりの平均摂取カロリーはたったの1398kcalである。身長164センチメートルの看護師が一日1400kcalの摂取カロリーでまともな看護労働ができるだろうか。しかも、この人たちの脂肪のエネルギー比は47・1%(脂肪摂取量73・1グラム)である。総摂取エネルギーのほぼ半分を脂肪から摂取していたという女性はいったいどんなものを食べていたのだろうか。この研究の牛乳飲用量の少ない集団は平均的なアメリカ人女性とはかけ離れた人たちである。おそらく、食品摂取頻度調査の質問票に正直に対応しなかった女性が牛乳の少量飲用群として集計されたのだろう。

ハーバード大学の研究班が乳・乳製品として取り上げたのは、低脂肪牛乳、全乳(脂肪がそのままの牛乳)、クリーム、サワークリーム、シャーベット、アイスクリーム、ヨーグルト、チーズ(カッテージチーズ・ハードチーズ・クリームチーズ)である。バターはその成分のほとんどが脂肪であるという理由で乳製品にはカウントされていない。また、この研究の「低脂肪乳製品」は低脂肪牛乳、シャーベット、ヨーグルト、カッテージチーズである。このように、ハーバード大学の栄養調査は乳製品の分類がほんの少し細かくなっただけで日本で行われている栄養調査と大差がない。パン・ケーキ・クッキーや電子レンジで暖めるだけの加工食品に含まれている乳製品は全く考慮されていない。栄養疫学の研究は概して、基礎となる食品摂取量のデータが不十分であるから、いかに詳細な統計学的分析を加えてもその結果は不十分なものにならざるをえない。

ハーバード大学の大規模疫学研究で採用された栄養調査(食物摂取頻度調査)は質問票の郵送による自己記入式調査であった。郵送による食物摂取頻度調査には致命的な欠陥がある。回答者が食品の摂取頻度を正確に記入しているという保証がない。小規模の食物摂取頻度調査なら、対象者に面接して食品モデルを示しながらどのくらいの量をどのくらいの頻度で食べるか尋ねることができる。あまりにも摂取頻度と量が少なくて、これでは一日の平均摂取カロリーが1000kcalにも満たないと面接者が感じれば、その場で訂正を求めることができる。面接者が体型を観察しながら質問するから、被検者も普段の食生活からあまり隔たった摂取頻度を回答できない。もちろん、面と向かって調査員に訊ねられるとかえって実際とは異なる食品・頻度・量を回答する女性がいないわけではないが。

食物摂取頻度調査で問題になるのは女性の摂取頻度と摂取量の過少申告である*。とくに、肥満傾向にある女性が摂取頻度と量を少なめに申告することはよく知られた事実である。ハーバード大学の研究で、乳がんになるリスクが高いと判定された「乳製品の少量摂取群」には食品摂取頻度を過少申告せざるを得なかった肥満者が多かったのかもしれない。本来、乳製品の消費量が多い国でこのような調査を行うことは無理である。ほとんどの人が「乳製品」の自覚なしに、乳製品が含まれている食品を食べているのだから。
*Olafsdottir AS et al. Comparison of women's diet assessed by FFQs and 24-hour recalls with and without underreporters: association with biomarkers. Ann Nutr Metab 50, 450-60, 2006.

大きな研究対象集団が一度確保されると、あらゆる病気の原因を探る疫学研究が可能となる。複雑な統計学の計算はコンピューターソフトがやってくれるから、ハーバード大学の「乳がんと乳製品」のような研究は誰にでもできる。しかし、結果の解釈が難しい。疫学が提案する仮説は世の中で実際に起きている現象を矛盾なく説明できるものでなくてはならない。乳製品をたくさん摂ることが乳がんの予防になるというハーバード研究の結論は、乳製品をたくさん食べるアメリカに乳がんが多くあまり食べない日本に乳がんが少ないという事実と矛盾する。このような研究は「世紀の大発見」もしくは「ジャンク研究」のいずれかである。 

国際比較研究

世界40カ国で、国ごとの乳・乳製品の消費量と乳がんの発生率の関係を調べた研究がある*。この国際比較研究は、個人の消費量を正確に把握できない、通常の疫学研究では分からない乳製品と乳がんの関係を明らかにしてくれる(下図)。この図では横軸に一人1日当たりの乳・乳製品の消費量(FAO)が、縦軸に乳がん発生率(IARC)が国ごとに目盛られている。乳・乳製品の消費量の多い国では明らかに乳がんの発生が多い(相関係数=0・817)。国際比較研究は乳製品と乳がんの関係を個人のレベルで検討するものではないが、不十分な栄養調査に基づくコホート研究よりずっと明確に日本女性に乳がんが増えている理由を明らかにしてくれる。
*Ganmaa D, Sato A. The Possible role of female sex hormones in milk from pregnant cows in the development of breast, ovarian and corpus uteri cancers. Med Hypoth 65, 1028-37, 2005.

もちろん、これらの国々で異なっているのは乳製品の消費量だけではない。日本とアメリカでは人種が違うではないかとお思いの方もおられるだろう。しかし、後述のように、昨今の日本で乳がんが急激に増えている。このことは、乳がんの日米差が日本と米国の人種の違い(遺伝的差異)によるものではないことの何よりの証拠である。

さらに、空気も水も、住居も衣服も、日米で違うだろう。しかし、ブラジャーの材質、サイズなどで乳がん発生率の違いが説明できるだろうか。乳がん発生の日米差を矛盾なく説明できるのは食生活をおいて他にない。 

上図の横軸に、乳製品消費量の代わりに脂肪・タンパク質・カルシウムの摂取量を目盛っても、縦軸の乳がん発生率との間に有意な正の相関が観察される。脂肪・タンパク質・カルシウムをつなぐものは何か。ミルクである。また、肉類の消費量を横軸に目盛っても同様な関係が認められる。しかし、肉類と乳がんの因果関係を論理的に説明することはできない。乳製品と乳がんの因果関係には下に述べるような蓋然性がある。肉の消費量が乳がんに関係しているように見えるのは肉をたくさん食べるような国では乳製品の消費量も多いからである。酪農と牧畜が一体であることはすでに述べた。 

乳製品を多く摂るとどうして乳がんや前立せんが増えるのか。乳・乳製品に含まれているインスリン様成長因子−1(IGF−1)と女性ホルモンが乳がんを誘発するのである(このことについては「現代牛乳の魔力」で詳しく述べる)。乳がん・前立腺がんがアメリカに多く日本に少ない現象を矛盾なく説明できるのは乳・乳製品の消費量をおいて他にない。アメリカ人は日本人より多量の乳・乳製品を消費する。だから、日本人と比べて、アメリカの女性は乳がんになりやすく、男性は前立腺がんになりやすいのである。

牛乳ががんの発生に促進的にはたらいている証拠を他の側面から眺めてみる。「乳糖不耐症者(牛乳が飲めない人)には乳がん・卵巣がん・肺がんが少ない」をお読みいただきたい。

厚生労働省も「乳がん急増の原因は乳・乳製品である」ことを知っている

厚生労働省が主管する「がん対策推進基本計画」に、「食生活の欧米化によって欧米型のがん(乳がん・前立腺がん)が増えた」という主旨の表現が再三にわたって登場する。「食生活の欧米化」とは何か。欧米人と日本人の食生活での最大の違いは乳製品摂取量の多寡で、食生活の欧米化とは日本人がバタ臭いものを食べるようになったことをいうのである。

厚生労働省はすでに、乳製品と乳がん・前立腺がんの関係を十二分に承知している*。しかし、日本の社会・経済に与える影響があまりにも大きいから口を閉ざしているのである。現在の日本のように乳・乳製品が広まっている社会をミルクのない社会に戻すなどということは不可能であるし現実的でもない。肺がんとの関連を知りながら、タバコを吸い続けるひともいる。同様に、乳がんや前立腺がんなどの危険性が高まることを承知したうえで、個人が好きで乳・乳製品を飲み・食いすることは一向に構わない。問題なのは、政府(文部科学省と厚生労働省)が「身体によいものだから飲みなさい・食べなさい」と日本人に乳・乳製品を強要していることである。
*2008年4月、厚生労働省の研究班(国立がん研究センター)が「牛乳やヨーグルトなどの乳製品を多く摂取すると、前立腺がんになるリスクが上がる」という研究結果を報告した**。研究班は、95〜98年に全国各地に住む45〜74歳の男性約4万3000人に食習慣などを尋ね、04年まで前立腺がんの発生を追跡した。摂取量に応じて四つのグループに分け、前立腺がんとの関係を調べたところ、牛乳を最も多く飲んでいる人が前立腺がんと診断されるリスクは、最も少ない人に比べて1・53倍だったという。牛乳と前立腺がんの関係はすでに知られているが(男は女にくらべて食品摂取量を正直に答える)、主務官庁の研究班が「乳製品と前立腺がん」の関係を公表したことは極めて重要である。驚き慌てた厚生労働省の発表差し止め要請が聞き入れられなかったのだろう。 
**Kurahashi N, Inoue M, Iwasaki S, Sasazuki S, Tsugane S; Japan Public Health Center-Based Prospective Study Group. Dairy product, saturated fatty acid, and calcium intake and prostate cancer in a prospective cohort of Japanese men. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 17, 930-937. 2008.

「人間はみな母乳で大きくなった。あの純白の牛乳が身体に悪いなんて信じられない!」という人もたくさんいらっしゃるだろう。しかし、「牛乳は健康によい」という想念は文部省と厚生省による長年の洗脳によって植えつけられた思い込みに過ぎない。塩野七生さんは『ルネサンスとは何であったのか』(新潮文庫、新潮社2008年3月)で「誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」というユリウス・カエサルの言葉を紹介している。ローマの昔からほほとんどの人間は自分が見たいと思うものしか見ていない。乳製品と乳がん・前立腺がんの関係にも当てはまることである。


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